3.共通の目的
「まさか……今朝のあの騒ぎの中で俺達のことを見てたってことか?」
「皆さんを見ていたというより、死体を見てどう反応するか全員を見て回っていたんですよ」
得意げに笑う綾子だったが、そんな悪趣味なことを進んでやる人間がいるなんて思いもしなかった。
野次馬より質が悪い。
「怖いもの見たさに近寄る野次馬、たまたま視界に入ってしまって慌てて目を反らす女子……スマホのカメラを向けていた人も何人かいましたが、皆さんはそのどれにも当てはまらなかったんです。自覚ありませんか?」
影浦は何のことかさっぱりわからなかった。
月城も百合も疑問符を頭の上に浮かべていたが、その空気に水を差したのは不死原の笑い声。
「アッハッハッハ! マジでオマエら自覚ねーのかよ? オレより重症なんじゃねぇの? なあアヤコ」
「いえ、不死原先パイは唯一笑ってた方なんですが……。ていうか、そのイントネーションで呼ばれると女の子の名前に聞こえるので……その」
「うるせぇな。テメェがそんな苗字だから悪ぃんだろ」
どうやら不死原だけは自分達の違いを理解しているようだったが、それでも影浦達にはわからない。
「そんなにわからねぇなら教えてやるよ。さっきもコイツが言ってたじゃねぇか、『死体を見て冷静でいられるのはおかしい』ってよ」
綾子の言葉を思い出した。
――あのですね、普通の高校生がですよ? あんな死体を目撃して冷静でいられる方がおかしいんですって
「……冷静だった? 俺達が?」
「まぁ僕も死体を見て何とも思わないので大概ですが、影浦君も月城さんも百合先パイも不死原先パイも……死体を見ても動じてなかったんです」
「それだけ?」
「それだけでも十分なんですって月城さん」
死体を見ても動じない?
何を言っているんだ、そんな訳ないだろう。
誰だって死んでいるヒトを見たら動揺するに決まっている。
自分に聞かせるように影浦は心の中でそう唱えたが、それが言い訳だということは自分でもわかっていた。
綾子がタブレットを再び手にし、続ける。
「死体を見ても何とも思わない、それはつまり麻痺しているということです。普通の人なら道端で猫の死体を見つけてしまったら『かわいそう』だと思い、人が死んだ事故のことを耳にすれば『ひどい』『かわいそう』だと思うものなんですよ。そしてそれは絶対、顔に出ます」
綾子は青白い自分の顔を指した。
「よくドラマや漫画でもあるじゃないですか。殺人事件によく居合わせる探偵や刑事がどんなに惨い死体を見ても、怖がらずに現場検証を進める場面。いわば皆さんもアレと同じなんですよ」
「俺達はただの学生だ」
「その学生が死体を見て顔色を変えないんです。だったら過去にもっとヒドいものを見たと考えるしかないですよ」
反論を試みたが即座に否定されてしまった。
随分理屈的な考え方だが、綾子の言葉を覆せる人間はいない。
全員、図星なのだから。
「今の時代はネットでほぼ全ての情報が得られます。なので僕は皆さんの顔をしっかりと覚え、データの海から皆さんの過去を調べ尽くしました。そしたらですよ、僕含め五人全員が『捕食者』の被害者だったんです! 凄いことですよこれは!」
何が凄いんだ。と口にするのはやめた。
また綾子の理屈話が始まってしまう。
しかし興奮していた綾子はそれ以上まくしたてるのはやめて、落ち着きを取り戻してから改まった。
「それでは、皆さんの共通点のお話と同盟の賛同を得たところで自己紹介を改めて……」
「同盟って、そんなの組んでないでしょ」
「えっ」
月城がピシャリと言葉を遮ると綾子はオロオロと困り始める。
すっかり同盟を組んだつもりでいたのだろうが、恐らく彼以外の誰一人としてそれには賛成しないはずだ。
「と、とにかくですね! 協力関係にあるんですから、ちゃんと腹の中は見せておかないとと思いまして……!」
「開き直るんだな」
「いいじゃないですか! 僕だってそういう同盟とか憧れるんですよ!」
話が進まないのでもう誰も突っ込まなかった。
「とにかく、皆さんのことを僕は知っていますが、僕が全て話すのはプライバシーの問題になってしまいます。なのでまずは僕から自己紹介をしますからね、いいですか?」
全員がはいどうぞと頷く。
まるで手のかかる赤子にするように。
すると綾子は一つ咳ばらいをして、話し始めた。
「皆さんにお声がけした時にも言いましたが、僕は友達四人を『捕食者』に殺されました。二年前、深夜に肝試しに廃墟に入った時襲われ、僕も捕まったんですが何故か見逃してもらったんです」
二年前の新聞で『肝試しに行った中学生五人の内四人が殺された』という記事を読んだのを思い出した。
その時の生き残りが彼なのだろう。
「以来僕は〝殺人鬼〟に興味を持ち、あらゆる殺人鬼を調べています。僕は『捕食者』にもう一度会って、彼のことを知りたいんです」
その言葉を汲むように続けたのは百合だった。
「それでは次は私がお話しさせて頂きます。私も同じく二年前、あの方に兄を殺されました。夜遅く、いつの間にか家の中にいたあの方は私とお兄様の元へ訪れ、何故かお兄様だけを……」
『資産家の邸宅に何者かが侵入し、息子を一人殺害』と、当時ネットでも話題になっていたのは百合家だったのかと影浦は静かに驚く。
やはり彼女は正真正銘のお嬢様らしい。
「ですから、私はもう一度あの方にどうしてもお会いしたいんです。私に愛を教えて下さったあの方に……殺して頂く為」
色っぽくため息を漏らす百合だったが、どうもこのくだりになると本当に『捕食者』のことを言っているのか怪しくなってくる。
どうして殺人鬼に殺されたいんだと誰もが聞きたかったが、聞いたところで理解を求められても困るので誰も口を開かない。
綾子ですらあの薄ら笑いがぎこちなくなっている。
「ハッ、殺されたいって……頭おかしいんじゃねぇの?」
「不死原さんは私とは反対に、殺したいんですよね?」
「当たり前だ。オレも二年前アイツに会った。んで、コレだ」
不死原は首に巻いてある包帯を解いていった。
まるで皆に見せびらかすように、首にかかる長い髪を手で避けてまでそれを晒す。
露わになった彼の首には十センチ程の古傷が刻まれていた。
「オレはオレを殺されかけた。だから、アイツを見つけて今度はオレが殺してやる」
怒りと狂気に満ちた不死原の笑顔は恐怖を感じさせる。
つまり、やられたからやり返す……ということなのだろう。
「よ、よく……首を切られて……」
「よく首を切られて生きてただって? そんな簡単に死んでたまるかよ」
震える声を漏らす月城を不死原は鼻で笑った。
だが普通の人間は首を切られれば確実に死ぬ。
余程の強運か奇跡か……どちらかとしか言えないが、彼を見ているとその意地で生き抜いたようにも思えてきた。
「んで? オマエら二人はどうなんだ? 『被害者』っていうからには誰かを殺されたか、オレみたいに狙われたんだろ?」
首に包帯を巻き直しながら不死原は影浦と月城にそう尋ねる。
しかしいくら協力関係になるからとはいえ、あの事件のことはあまり話したくなかった。
確かにお互いのことを知っていれば誰がどんな目的であの殺人鬼に会いたいかを把握出来るものの、その目的が衝突してしまえば協力も何もなくなるのではないかとさえ思う。
不死原の問いにリアクションを示さない影浦だったが、隣で悩んでいた月城は決心がついたように顔を上げた。
「あたしは……皆とは違うんですけど」
「違う、と言いますと?」
月城の言葉を促すように、百合は優しく問いかけた。
「あたしは、誰も殺されてないんです。綾子君とか百合先輩みたいに……。それに、不死原先輩とも違って……」
「? じゃあ『被害者』でも何でもねぇのかよ」
「いえ、会ってはいるんです。『捕食者』に……誰かを殺しているところを、見てしまって……」
ただ通りがかりに、誰かが殺されているところを目撃した。
ただの目撃者。そう彼女は語った。
「でも月城さんはこの中では一番の『被害者』だと思いますけどね」
綾子の補足にますます首を傾げる一同。
月城は「信じてもらえないと思うけど……」と前置きをして言った。
「『捕食者』を見て、あの人と目が合って……でも何も言わずに立ち去った。けど、次の日からあたしの周りで次々人が……」
「要するに『捕食者』と会ってしまってから、月城さんは死を引き寄せる体質になってしまったわけです」
詳しいことは僕からは言えませんが、と言うと綾子は口を閉じた。
彼の言ったことは間違いないようで、月城も特に訂正はしない。
「だから、またあの人に会えば……戻るんじゃないかと思ってるんです。その為にも、探さなきゃいけない」
「……じゃあ初めに『自分がいた方が見つかりやすいと思う』っていうのは、そういうことか?」
「うん」
死を、殺人鬼を引き寄せやすい体質。
そんな言葉をすぐに信じるのは難しかった。
「あとは影浦君だけですよ。お話してくれません?」
「……」
遂に順番が回ってきてしまい次のバトンをわざわざ渡されてしまった以上、話さないわけにはいかなくなった。
短くため息を吐いてから、影浦は渋々口を開く。
「俺は目の前で幼馴染を殺された。だから、俺はあいつを捕まえたいだけだ」
殺人鬼を追求する為に、再会を望む者。
殺人鬼に殺される為に、再会を求める者。
殺人鬼を殺す為に、復讐を望む者。
殺人鬼に運命を元に戻してもらう為、再会を願う者。
そして、殺人鬼を嫌い捕まえたい者。
動機はバラバラだが彼等の目的は一つだと確認出来た。
ただ、あの殺人鬼に会いたい。
だから彼等は、殺人鬼を探すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます