2.異常の目撃
死体が見つかったのは登校時間だった。
朝練に来た女子テニス部の二人が第一発見をしたらしく、悲鳴と騒ぎを聞きつけ用務員が警察に通報。
警察が到着しビニールシートを覆うまでの間に多くの生徒がその惨殺死体を目撃してしまった。
死体に群がるハエやカラス、酷い異臭のせいもあり今日の保健室の賑わいは一種のパニックだったろう。
男女問わず体調不良を申し出、警察からの勧めもあり結局学校は二時限目の途中で終了。部活も委員会も禁止となり、全生徒は強制下校となった。
また登校時刻ギリギリに来た生徒は死体を目にすることがなかった為、そちらの方の騒ぎも酷かったらしい。
臨時職員会議となり、死体の身元が学生の親族でないことを教師達は祈るばかりだった。
そして、影浦もまたその惨殺死体を目撃した生徒の一人である。
朝学校へ登校してみれば異常な騒がしさが遠くまで聞こえ、何事かと確認すると成人男性の死体があった。
それは放置というよりも装飾の部類になるのではないか? とさえ思える光景だったが、そう思えるのは彼の過去が原因である。
ともかく影浦はそのまま教室に真っ直ぐ向かうことにしたのだが、その時声をかけられてしまったのだ。
「あの、影浦君」
「……」
振り返らずとも声で綾子だとわかった。
彼と話しているところはあまり人に見られたくはなかったが、そのまま無視して立ち去るのも誰かに見られると後々面倒なことになる。
ため息をかみ殺し仕方なく振り返ると、綾子はニヤニヤと笑いながらこちらを見上げていた。
「何だ」
「見ました? あの死体」
開口一番にそれか、というツッコミは綾子には通用しない。
だが死体を見て笑うのも不謹慎極まりないなと隠さずため息をついた。
「それがどうした?」
「え、見てないんですか? もったいないですよ~あと少ししたら警察が来て全部隠して持ってっちゃうんですよ? 死体なんて滅多に見れませんし、ほら。皆に混じって見てみたらどうですか? 貴重な経験に」
と死体の方向を指差す綾子のすぐそばを女子生徒がすれ違った。
口に手を当て、顔を真っ青にして。
「俺はああはなりたくない」
「大丈夫でしょう? 影浦君なら」
「……どういう意味だ?」
引っ掛かる物言いに思わず反応してしまい、綾子はしめたという顔をして詰め寄ってくる。
「見てましたよね? あの死体。僕は見てましたよ、影浦君のこと」
心の中に踏み込むようなその声にゾッとして、思わず後ずさった。
「……俺のストーカーか?」
「いえいえストーカーなんてそんな犯罪行為しませんよ。ただですね、影浦君を見ていてちょーっと気になることがありまして……」
(早く言えよ……)
「『
その単語を聞いた瞬間、血管中の血液が逆流したかのような感覚に襲われた。
頭の隅に追いやっていた記憶が逆流し、フラッシュバックが目の前で繰り広げられる。
白い夏、黒く熱いアスファルト、こびりついて取れない赤色。
光を反射させる美しい銀色と、自分を写す彼女の丸い目……。
「影浦君?」
「!」
綾子の呼び掛けで我に返ったが冷や汗が止まらない。
悪夢から目覚めたような感覚に陥り、足元がぐらついた。
「ね、知ってますよね? その反応だと」
「……だったら何だ」
掘り返されたくない傷口を無理矢理掘り返された。
段々腹が立ってきて今ここで殴り倒してやろうかとも思ったが、綾子の次の言葉で右手が引っ込んだ。
「僕は『捕食者』の被害者です」
「……は?」
冗談も休み休み言え、言おうとすると遮られる。
「僕は目の前で四人の友達を殺されました」
笑って言えるはずのない言葉は、口角の上がった口から吐き出された。
こいつは完全に頭がおかしい。
そう思うのが普通のはずだ。
「それでですね、もし予定がなかったら放課後教室に残ってて下さい」
「……な、何でだ?」
「少しお話がしたいんです、彼について。別に影浦君のことをばらしたりするつもりもありませんし、こうして人目につくところで僕と話したくもないでしょうから……放課後、待ってますね」
それだけ言うと影浦の返事も待たずに綾子はふらふらと人波に飲まれて行った。
校舎とは反対の校門の方へ向かって行ったが、後を追いたくはない。
(……何で、俺のことを知ってるんだ?)
あの事件については誰にも言っていない。
自分と自分の家族、それから彼女の家族と警察しか知らないことだ。
「あいつも、被害者だって?」
どうやって自分の過去を知ったのか知らないが、とにかく高校で初めて会ったことに間違いはない。
理由を知る為、影浦は放課後まで教室で待っていた。
だがそこに現れたのは綾子だけではなく、月城、百合、不死原と予想よりも多い人数だ。
一体どういうことだと綾子の説明を待っていたが、彼は五人全員が揃ったのを確認するとこう言い放った。
「それじゃあ皆さん揃ったので早速始めましょう~。名付けて、えー……『捕食者』被害者の会!」
説明はそれで十分だった。
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