第一章:胸に空いた穴
1.5人の高校生
ぽっかりと空いた胸の穴。
暗い穴から伸びている白い骨には肉がこびりつき、赤い血がポタポタと滴っている。両腕は緑のフェンスにワイヤーで括りつけられ、上半身の服はすぐ脇に脱ぎ捨てられていた。
歪んだ顔には汗と涙にまみれた痕があるが、水分は完全に乾ききっている。
喉仏からへそまで一直線に入れられた傷は中身をさらけ出し、日光に当たっててらてらと臓器が輝いていた。
その輝きの中に別の物を見つけた為、胸の穴の中に手を突っ込んでみると指先に固い感触を感じる。
引っ張り出すと、それは小さなフォークとナイフだった。
「でもまだこの人の失くしものは見つかってないそうですねー」
タブレットで死体の鑑識画像を何枚もスライドさせながら少年はニヤニヤと呟いた。
失くしものとはつまり、その穴に収まっているべき臓器だ。
「あ、申し遅れました。僕、
顔色がすこぶる悪く、伸び放題の癖っ毛は目を見え隠れさせる。半袖のパーカーから伸びる腕はもやしのようだ。
「因みに影浦君と同じクラスなんですけど、僕のこと知ってました?」
(当たり前だろ)
とは口に出さずに影浦は無視を決めた。
正直彼はクラスでもかなり浮いている変わり者で、結局彼と関わろうとする者は一学期が終わりを迎えても現れなかったのだ。
無論影浦にとってはどうでもいいことなのだが、やはり変わり者に間違いはない。
「……その写真どうやって手に入れたの? 朝撮ったとか?」
「いえいえ、警察のデータファイルから拝借してますよ~」
「……」
「そんなドン引きしなくたっていいじゃないですか、
月城と呼ばれた女子生徒は影浦の近くに座っていた女子生徒だ。
顔は見たことがないが、凛としたその佇まいから委員長を任されたり積極的に人を引っ張っていけるようなリーダータイプだとうかがえる。
肩までの黒髪と夏服がよく似合っているが、影浦は彼女を見る度にどうしても目を反らしてしまった。
彼女自身もそのことに気付いていると思うが、何も聞いて来ないのは今だけだろう。
「それとあちらが
「宜しくお願いします」
笑顔で挨拶をしたのは百合。
色白でお淑やか、更に大変美人で魅力的な二年生だが……その長い灰髪はどうしても目立っている。
今日は比較的暑いはずだが露出を許さない服装もやや気になるところだ。
「んな写真どーでもいいだろ。早く捕まえてぶっ殺そうぜ」
発言も態度もガラの悪い方が不死原だ。
赤髪を長く伸ばし、目つきの鋭さが余計に人相を悪くしている。
ピアスと頭髪が明らかに校則に引っ掛かっているが、そんなことを気にするような人物には見えない。何か怪我でもしたのか首には包帯を巻いている。
「不死原さん、殺すなんていけませんよ」
「はあ? じゃあ何の為に捕まえんだよ。善良な市民ぶって大人しく警察に渡すのか?」
「警察にすぐ引き渡されても困ります。せめて、……せめて私を殺して頂いた後でないと……」
「……キモ」
頬を赤らめる百合に対する意見としては同意だが、どちらの意見にもコメントしがたいものがあった。
片方は殺人鬼を殺したく、片方は殺人鬼に殺されたい……なんて。
「でも百合先輩パイ。殺してもらうのは彼の方がいいんじゃないんですか?」
「あっ、そうですね……私ったら。命は一つしかないことをすっかり忘れていました……」
(何回殺されるつもりだったんだよ)
ふざけているのか何なのか知らないが、影浦は呆れて相手にする気も起きなかった。
隣にいる月城もぎこちなく笑うことしか出来ていない。
この調子だと話が進まないし、それよりも重要なことを置き去りにしたままだ。
面倒だが影浦は話を切り出すことにした。
「おい、綾子」
「何でしょう?」
「お前、何で俺達を集めたんだ?」
その一言に月城、百合、不死原も綾子へ視線を向ける。
「そうだった。綾子君とあたし、初対面のはずだし……」
「『殺人鬼』という言葉を出されてすっかり忘れていました」
月城と百合が次々と疑問を口にしたおかげでようやく聞き出せそうだ。
「お前、どこで俺達が『
向こうで不死原が眠たげに大きなあくびをしたが、一応興味はあるようでまだこちらを向いている。
四人に囲まれた綾子だったが、相変わらずへらへらと笑うばかりで何を考えているか全くわからない。
ただ、まともじゃない奴だということは見てわかる。
「どうやって僕が皆さんのことを知ったか……ですか? そんなの簡単な話ですよ」
綾子は楽し気に笑うが、その笑みは人をイラつかせるものだ。
「あのですね、普通の高校生がですよ? あんな死体を目撃して冷静でいられる方がおかしいんですって」
――だから僕等皆、きっとおかしいんです。
綾子は愉快に笑った。
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