第13話B『ジャンヌとアークロイヤル』

###第13話『ジャンヌとアークロイヤル』



 6月6日は午前中が雨だった事もあり、ジャンヌも姿を見せなかった。

アカシックワールドは屋内でも展開されているが、彼女にとっては都合が悪いのだろうか?

「アークロイヤル――やはり、あなたは何かを隠している」

 あるARフィールドでアークロイヤルを発見したヴェールヌイは声をかけるのだが――あまり反応を示さない。

ヴェールヌイもアークロイヤルが意図的に何かを隠していた事は、調べ物をしている際に偶然発見した。

彼女が過去にネット炎上の被害にあった事はまとめサイト等にも記載されており、そこは知っている。

しかし、隠していると考えたのは――起きたきっかけだ。

「ネット上では、一部プレイヤーの暴走と書かれていた。しかし、実際は――」

 ヴェールヌイの一言を聞き、彼女は震えた。数日前にも拡散したのだが――。

やはり、コンテンツ市場を変える為にも――そこに向き合わないといけないのか? 黒歴史として封印した――トラウマを。

「それ以上は言わないで。分かってるから――こういう使われ方をするのは、後に風評被害を起こす元だって」

 アークロイヤル自身はヴェールヌイの方を振り向く事無く、一言だけ――。しかし、そのまま去ろうとした彼女をヴェールヌイは引き留めようとする。

「一部勢力の暴走――正しい意味でコンテンツ流通が行われていない証拠。二次創作や三次創作――更には――」

「それこそ――今更なのよ。彼らは超有名アイドル商法とは違った意味で自分を表現できると思う題材を探す。それこそコラ画像とか――SNS映え、承認欲求、かまってちゃん――そう言った意味で」

「ネガティブワードを嫌悪して、それを体現するような勢力を徹底排除する――詳細は言わないが、君がVRゲームでやろうとしていたのは――」

 ヴェールヌイは、何かを察する。彼女が意図的に特定の単語を使いたがらなかった事――それはトラウマにも由来しているのかもしれない、と。

それ以上に――アークロイヤルが被害にあったのは、そうした単語を振りかざして悪目立ちしようとする勢力である。

アークロイヤルを一方的に敵対した勢力とは――承認欲求や自己満足、ストレス発散等でネット炎上させて、それこそ特定コンテンツに対して損害を出そうとした事。

これを裏で行っていたのが、芸能事務所AとJのアイドルファン――そう考えていたのが、アークロイヤルだった。その当時の名前は――ウォースパイトである。

「私は他者の評価は一切気にしない。しかし、特定芸能事務所の――」

 アークロイヤルは何かを言おうとしたのだが、ヴェールヌイは右手を出して話を強制的に止める。

これ以上の議論をしていたとしても――ジャンヌ・ダルクの言うコンテンツハザードの進行は止められないし、それ以上に――別のまとめサイト等が更なる炎上を行いかねない。

「今の我々に必要なのは他人の評価や承認と言ったような物ではない。そうした評価にドラッグ並の依存をしていき、ネット炎上を加速させるまとめサイトを一斉駆逐することだ」

 ヴェールヌイの言う事も一理ある。しかし、それを実行しようとした人間は次々とネット炎上の被害にあったと聞く。

「アークロイヤル、君の力を借りたい。コンテンツ市場の正常化をする為にも――力を貸して欲しい」

 ヴェールヌイは頭を下げる。それこそ――。

その姿を見たアークロイヤルは、これ以上の意地をはり続ける事――それには限界があった。

何のためにガジェットを受け取ったのか、何のためにアカシックワールドを始めたのか――彼女は改めて考える。

「分かったわ。あなたに協力する――」

 そして、アークはヴェールヌイの作戦に協力する事を決めた。今度こそ――VRゲームで起こした過ちを正す時である。

その後、作戦のメンバーにはレーヴァテインがいる事を告げられると、アークの表情は変わったと言う。

何故、そこで表情を変えたのかはヴェールヌイにはいまいち判断に困ったようだ。



 午後1時からは雨が止み始め、屋外のフィールドも解放されつつあった。

しかし、屋外よりは屋内のフィールドにプレイヤーが集中しているのは――仕方がないと言うべきか。

路面がスリップして転倒するという懸念は、レースゲームであれば中止確定の案件だが――アカシックワールドでは関係ない。

逆にサバゲ―系列だと雨と言う気象条件も利用してしまうほどだからだ。特に気象条件は関係ないだろう。

 問題があるとすれば、強豪プレイヤーが混雑している屋内よりも屋外を選び出したことである。

そのメンバーの中には、ミストルティンの様な下位プレイヤーだが強豪、斑鳩(いかるが)のようなランカーも存在した。

さすがに――ランカー相手に自分達が勝てるわけがない、その心理状態が屋内を選んでいる原因だろう。

極めつけとしては、蒼風凛(あおかぜ・りん)というプロゲーマークラスも参戦していたのもある。

「まさか、屋内でのバトルで思わぬプレイヤーがいるとは」

 実際、彼女は雨が降っている状態の屋内ARフィールドでのバトルで10戦9勝と言う成績を残していた。

1敗したのは自身の油断もあるが、相手がレーヴァテインではわずかな油断が敗因につながる。

彼女も――レーヴァテインが積極的に参加してきた事には驚きを隠せない。しかし、この試合は予想以上のギャラリーが視聴していた。



 その一方でメーカー側も思わぬ反応には驚きを隠せないでいた。

ここ数日の動画視聴者も増え始め、エントリーの再開を希望する声もあったほどである。

しかし、サービス終了を告知した関係もあって――エントリーの受け付けは再開しないとも告知していた。

「これはどういう事だ?」

「サービス終了を惜しむ声があるのは事実。そうしたプレイヤーによる、最後の思い出作りでしょう」

「それなのに、これだけの10万再生オーバーのプレイ動画が増えているのは、どういう事だ?」

「こうした傾向も、ソシャゲのサービス終了近くにおける駆け込みと同じです。しばらくすれば――落ち着くでしょうね」

 会議室でも話題に上げない予定だったアカシックワールドの話で持ちきりだ。

こうなる事を、神原颯人(かんばら・はやと)は予言していたのか?

大きなヒットでなかったソシャゲが何かをきっかけにスマッシュヒットとなるのも珍しくはないが――。

「神原は? この状況を知っているのか?」

「残念ですが、神原は不在のようです。既に草加へ向かっているとの事ですが――」

 神原の所在を聞いた幹部は、スタッフに不在だと言われるとすぐに連れ戻すように指示をしようとするが――。

「ジャンヌの一件で話題になったのは、ある意味でも炎上マーケティングと言われかねない」

「しかし、神原がそれさえも承知で何かをしようと考えていたら――」

 スタッフが驚きの発言をする。それに対して幹部からも動揺の声が聞こえるが――。

それを本人が聞いている訳はない。一体、神原は何処へ向かったのか?



###第13話『ジャンヌとアークロイヤル』その2



 午後2時辺りになると――屋外でもプレイヤーの数は5:5位の割合になりつつあった。

その中でアカシックワールドのプレイ出来るアンテナショップでは、遂にあの人物が姿を見せたという事でセンターモニターが――。

「あれは、もしかして――!」

「本物のジャンヌだと言うのか?」

「便乗ジャンヌも、未だに出てくる中で――本物と言えるのか?」

 モニターを見ているギャラリーは疑問に思う。本物のジャンヌである証拠はどこなのか――と。

その中継を見ている人物――それは神原颯人(かんばら・はやと)だった。

どうやら、彼は色々な場所へ向かって様子を見ていたらしい。自分の足で確かめる事も――手段の一つなのだろう。

「あなたが、ここにいる事が想定外でしたが――」

 別所でアークロイヤルとあったと思ったら、今度は神原である。ヴェールヌイにとっては、好都合なのだろうか?

色々な意味でもご都合主義を思わせる展開に――彼女はまとめサイト等に誘導されている可能性すら感じていた。

「巨大な力が物語を完結に迎えている――そう言いたそうな表情だな」

 しかし、神原は見破っていた。ヴェールヌイが懸念している事を――。

それを把握した上で、彼は彼女が行おうとしていた作戦を聞く。

「便乗ジャンヌと言う炎上要素を残したまま――実行するつもりか?」

 事情を聞いたうえで、神原はヴェールヌイに尋ねた。

「ネット炎上勢力とジャンヌ・ダルクは利害の一致等で動いている訳ではない。分離と言うよりも、元々は別物だ」

「つまり、炎上勢力の偽ジャンヌは放置すると?」

「向こうは――自分がやっている事の重大性を理解していない――要するに発言には責任を伴う事を知らない」

「どうするつもりだ?」

「私は――ジャンヌ・ダルクの言うコンテンツハザードは止める。そして、まとめサイト等を――」

 2人の会話は続いた。センターモニターでは偽ジャンヌが本物のジャンヌに倒されるシーンも写し出されているが――それに視線を移す気配はない。

そして、ヴェールヌイは本題に移った。今回の作戦で使う会場を――確保して欲しい、と。

「確かに、アイディアとしてはナイスアイディア――と言いたい所だ。しかし、サービス終了が迫っているゲームに割ける予算があるとでも?」

 神原は遠回しにナイスアイディアと褒めつつも、協力に関しては否定する。

「ARゲームはソーシャルゲームの様なアイテム課金制度を禁止している事は――把握している。しかし、メーカーの指示で協力出来ない訳ではないだろう」

「痛い所を突くが、いくらゲームスタッフだからと言って特定プレイヤーを優遇する様な事をすれば――」

「自分の保身を理由に協力拒否――そう言う事か」

「保身とは違うな。あくまでも守秘義務だ――こちらとて、慈善事業をしている訳ではない。ソシャゲでも同じじゃないのか?」

「確かにソシャゲのアイテム課金システムは――そう言う事だろう。しかし、ARゲームはゲーセンのゲームスタイルの延長と――」

「そこまで別の方法論などで水掛け論をしたいわけではない」

「では、ブラック企業ではないのであれば――それなりのご協力を願いたい」

 神原は協力の否定に関して、ヴェールヌイから保身と言われた事には傷ついていた。

ヴェールヌイのいつもの口調もあってか、何処を強調して発言しているのかも分かりづらいのだが――。

「そこまでARゲームメーカーはブラック企業やそれに類する企業ではない。むしろ、ブラックなのは芸能事務所AとJのやっていること全般だろう」

「今のネット炎上等の状況を見て、あなたが言うのか? それを――」

 さすがのヴェールヌイも、今の発言をスルー出来るほど甘くはない。自分からネット炎上するような発言をするとは――話す人物を間違えたのか?

しかし、神原も理論などを語りたいだけの理由で言っている訳ではないのは――ヴェールヌイも分かっているつもりである。

「自分は、あくまでもメーカー側の人間だ。上層部の言う事には絶対従う――」

「ゲームの終了は自分の意思ではなく、メーカーの指示、と?」

 これ以上は平行線と考えたヴェールヌイは、別のエリアへと向かう事にした。結局、ここでの話は時間の無駄だったのか――。

「こちらとて、アカシックワールドと言うゲームを生み出した事は――自慢できることだろう。しかし、それその物を広めるのにはメーカー側が拒否した」

 神原は――このタイミングで本音を話し始めた。何故、このタイミングなのか――?

「アカシックワールドの世界観は、インパクトがない、権利関係でもめる可能性が高い――それ以外にも様々な事情があるのだろう――。こちらも、メーカーの賢者の石にも似たような――」

 モニターの方では、偽ジャンヌが今度はレーヴァテインにあっさりと倒される映像が流れている。

その歓声で、神原の途中の発言は周囲に聞こえなくなっていた。そして、その話を聞いたヴェールヌイは――初めて涙を流した。

 


 それから数日が経過した6月10日、ヴェールヌイは新規オープン待ちとなっている施設の前にいた。

この施設はARゲームのフィールドとしては規模が大きい物となり、屋外フィールドを含めて複数機種に対応するとの事。

それ以外でもショッピングモールやイベント会場等も兼ね備えており――その規模は有明の大型イベント会場にも匹敵するだろう。

 形状に関しては、複数のビルが合体したようなショッピングモールを思わせるが――この辺りは草加市が定める防災マニュアルに従った結果だ。

新規で工事を行う施設は、基本的に大型地震にも耐えられる強度、避難施設としての利用を前提としたデザイン、更には太陽光や自然エネルギーを使用する自家発電――非常にハードルが高い。

あくまでもARゲームのアンテナショップやARゲームフィールドを建てる際のガイドラインであり、それ以外では一部のみしか適用されないが。

「オープンするのは7月か――」

 しかし、入口近くのインフォメーション掲示板には7月オープンと書かれている。この掲示板はそのまま、イベント会場の掲示板としても使用されるらしい。

この施設を上手く利用できない物か――とも考えたが、アカシックワールドのサービス終了は6月末日と書かれていた気配がする。

結局――何もできないで終わるのか? そう考えていたヴェールヌイは、ある場所へ尋ねる事にした。



 その日の午後1時、ヴェールヌイが向かった場所――それは草加市役所だった。

市役所の混雑具合は――さほどではないが、役所は相変わらず忙しそうに見える。駐車場には、テレビ局と思われる車も――。

「ARゲーム課に――」

 ヴェールヌイは、自動ドアの先に見えた受付で用件を尋ねられたので、ARゲーム課の人物に会いたいと――。

しかし、周囲は困惑の表情を見せており――この様子にヴェールヌイは場所を間違えたのか、と思った。

「ARゲーム課は草加市役所にはない。それは――パワードフォースとは違う別の作品だろう」

 ヴェールヌイの目の前に姿を見せたのは、レーヴァテインだった。

彼が草加市役所に来ていた理由を尋ねようとも考えたが――彼女は野暮と考えて言及はしない。



###第13話『ジャンヌとアークロイヤル』その3



 ヴェールヌイが草加市役所に到着した時、まさかの展開が起こる。

彼女はARゲーム課に用事があって来たのだが――そこにいたレーヴァテインはそんな課はないと言う。

「ARゲーム課は草加市役所にはない。それは――パワードフォースとは違う別の作品だろう」

 ヴェールヌイは何を勘違いしていたのか――草加市の一部エリアも地図とは違う場所があると言うのか?

彼女は何を――勘違いしたと言うのか? 周囲の人間は違いに気付かないのだが、レーヴァテインは気づいていた。

「ドラマの撮影か?」

「様々な特撮番組が埼玉県でロケを行った前例もあるが、そう言う話はネット上にないぞ」

「じゃあ、一体――」

 ヴェールヌイが姿を見せた時には、このような会話もあったと言う。

それ程に市役所であの姿は目立ち過ぎたのだろうか。過去に警備員が駆け寄った事もあったのだが――あの時は、別勢力の罠である。

 5分後、市役所をでたヴェールヌイは疑問に思った。何故、ARゲーム課はないのか?

偽のまとめサイトでは存在は示唆されておらず――炎上目的の勢力に利用された訳ではないはずなのに。

しかし、レーヴァテインは『パワードフォースと違う作品』と言った。もしかして――?

「そう言う事か――」

 タブレット端末を取り出し、ヴェールヌイがWEB小説サイトをチェックすると――その答えはあっさりと出た。

つまり、情報を調べていく内にARゲーム課も実は存在するのではないか――と思ったのである。

草加市は実在する都市なので、もしかするとARゲーム課も――と先入観を持ったのが原因らしい。

「現実とフィクションの見分けも出来ないような人間が増えた事が――まさか?」

 ヴェールヌイは思う。精巧な程に作り込まれた設定は、さりげなく現実の世界と融合する事で――思わぬ化学反応を起こす。

あるいは――想定もしないようなコラボが生まれたり、更にはネット炎上に利用される事もあるのかもしれない。

それを自らが体感した一瞬――そうとも思えるような事が、先ほどの5分間にあったのだろう。

「では、あの場所を使う許可を得るにはどうすれば――」

 完全に打つ手なしと思っていたヴェールヌイだが、それにわずかな希望を与えたのは――ARゲームのイベント会場関係を扱うサイトだった。

そして、そのサイトへアクセスすると――案の定、あの会場の情報もある。それに、他にもオープン予定の会場もいくつかピックアップ出来た。

「やはり、あの場所以外では――遠いかもしれない」

 7月前にオープンする場所は横浜市、葛飾区、足立区の西新井、春日部――近場と言える場所ではない。

西新井や北千住辺りであれば――何とか電車で行けなくもないが、アカシックワールドは草加市限定なので会場としては使えないだろう。



 翌日、改めてヴェールヌイはサイトの問い合わせメールを待った。

その時には――お昼におでんが具になっているおでんうどんを食べている。

はんぺん、ちくわぶ、こんにゃくと言ったような物も乗っているが――アンテナショップではなく、自宅で食べていた。

 彼女の自宅はマンションと言う訳ではないが、2階建て耐震タイプの一軒家である。

しかし、そこに誰かと住んでいるかと言われると――彼女以外には、メイド服の斑鳩(いかるが)が姿を見せているが、他には誰もない。

一人暮らしと言う訳ではないが、今は一人と言うべきなのかは――不明だが。

「そう言えば、ジャンヌの正体って――」

 斑鳩がジャンヌの正体に関する話を切りだそうとするが、ヴェールヌイはうどんを食べているのに集中している。

テレビではニュースが流れているが、そちらに視線を合わせてもいない。よほどの集中力か?

 しばらくして、タブレット端末の着信音が響く。どうやら、例のメールが届いたらしいが――。

それでもヴェールヌイはうどんに集中している。丁度、食べ終わった辺りで着信音に気付いたようで、タブレット端末に手を付けた。

「なるほど――これならば、大丈夫そうですね」

 ヴェールヌイはメールの文章を黙読し、その詳細を確認した。

どうやら、指定した日程に該当する会場は使えるらしい。完成した一部エリアだけと言う条件付きだが――。

『次のニュースです。夏に行われるアニメ・ゲームサミットの代表コスプレイヤーが決まり――』

 テレビでは次のニュースが流れていたが、その映像を見て二人は目を疑った。

そこに映し出されていた女性は――髪型や眼の色に違いはあるものの、ある人物に似ていたのである。

「まさか――」

「あれは、確かまとめサイトでも言われているジャンヌ・ダルクの――」

 斑鳩が言及したかった人物、それはテレビのニュースに出ていたコスプレイヤーらしい。

名前は表示されていないのだが、ヴェールヌイは急いでタブレット端末を器用に操作してサイトを探し当てる。

そして、先ほどのアニメ・ゲームサミットの公式ホームページに辿り着く――。

「これは――もしかすると、使えるかもしれません」

 ヴェールヌイは別の意味でも驚きの声をあげる。

先ほどのメールで一部エリアと限定されたのは、別のイベントでも会場を使う為だった。

まさか――そのイベントが、このアニメ・ゲームサミットだったとは。これは別の意味でもチャンスである。



 同刻、同じニュースを自室で見ていたのはアークロイヤルである。

既にメイド服へ着替えた後だが、お昼を食べる為に上着だけでも着替えようと考えていた。その矢先で、あのニュースを目撃した。

「彼女は――まさか!?」

 コスプレイヤーの名前がテロップで表示されていない為に名前が――と言うのは、ヴェールヌイと同じだろう。

しかし、アークロイヤルはリアルで彼女に会った事があり、ようやく――謎が解けたような気持ちになっていた。

おそらく――アカシックワールドへ自分を招待するようなつもりで、今回の事件を仕掛けていたのだとしたら――?

「あの時に名乗った名前――そう言う事だったのね」

 アークロイヤルは確信した。VRゲーム時代のギルドパートナーとしても組んだことのある彼女が、ジャンヌ・ダルクの正体で間違いないと。

そうであれば、遠回し的に何かを示そうとしたジャンヌの発言にも辻褄が合う。

「だとすると、彼女の言うコンテンツハザードって――」

 コンテンツハザードをネット炎上と例えていたジャンヌだったが、もう一つ別の意味――ジャンヌも言っていない意味があるとすれば、そう言う事かもしれない。

何としても――ジャンヌを止めなければいけないだろう。長きにわたる物語にもピリオドが打たれるべき――そう考えている人物にとって、儲かるからという理由で永遠にコンテンツが続けられるのは――。

そう言った意味でコンテンツハザードと言う単語を生み出し、一連のコンテンツ業界に警鐘を鳴らそうとジャンヌが考えているのだとしたら――?



###第13話『ジャンヌとアークロイヤル』その4



 午前12時30分、自宅で斑鳩(いかるが)と一緒に会場に関して考えていたヴェールヌイは――ある事を思いついた。

それは、作戦で使用する予定の会場――そこで行われるアニメ・ゲームサミットと同日、あるいは前日にぶつけようと言うのである。

その一方で、斑鳩はある懸念を持っていた。イベントに便乗して客を奪う――という風に判断されないか。

「その点は心配ないだろう。向こうも――ジャンヌ・ダルクの存在や知名度は知っている。それに、ネット炎上を防ぐ為にSNSにおける宣伝も控えられている位だ」

 ヴェールヌイは、今回のアニメ・ゲームサミットが別の側面を持っている可能性――それを考えた。

こうしたイベントは開催日前にSNSで宣伝するようなパターンが多いのに、公式ホームページや一部サイトでの告知以外では特に宣伝らしき物が見当たらない。

新作のネタバレ防止であれば、それも一理あるのかもしれないが――イベント内容を見ると新作アニメやゲームに関する記載は一割にも満たない。

ある意味で技術の説明や様々な提案や会議と言う箇所がメインと言う可能性も高いのである。それ程に、出展内容だけを見てもファン向けとは思えないだろう。

コスプレショーや上映会、ゲームのロケテストなども個別で行われるが――この辺りはサブイベントと言う気配も高い。

 では、今回のイベントは何のために開かれるのか? 単純に今回オープンする会場のこけら落としと考えるのには――疑問もあるだろう。

それに――草加市の提言しているARゲームによる聖地巡礼、コンテンツ市場の改革等――従来のファン向けと言うよりは、むしろ他の都道府県関係者や海外に向けている気配さえする。

「それに、この会場でジャンヌがコンテンツハザードを起こす可能性も否定できない。いくらSNSでの拡散を禁止にしているようなイベントでも、ネタバレサイト等で拡散し――それを見たユーザーが拡散する可能性だって高い」

「つまり――ジャンヌがコンテンツハザードを起こすとしたら、ここしかない――と?」

「その通りだろう。ARゲームメーカーのいくつかも参加する以上は、ARフィールドが使用可能になっているはず」

「ジャンヌが現れる可能性も――ゼロではない、と」

「全ては――この会場から発信される。コンテンツ市場を変えるかもしれない一大作戦が」

「でも、他の一般市民は? これでは一部のヲタクやそうした勢力が主導して草加市を変えようとしているとしか――?」

 会話が進んでいく内に、斑鳩はある箇所に気付いた。それは、草加市の一般市民である。

別のWEB小説ではふるさと納税を利用したARゲームの投資と言うのもあった。

更に別の作品では、市が主導になってARゲームを利用した特区を生み出そうとしていた事もある。

「一般市民が、ジャンヌ・ダルクの騒動を知らないわけがない。それに、ARゲームの技術は別の分野でも使われているのは――」

「太陽光発電の技術とか、ARガジェットの転送技術、それに防災等の分野にも資金を投資していたような」

「その通り。ARゲームのプレイ料金で様々な事業を行い、それを利用して一般市民にアピールをしている。宝くじみたいなものと言えば早い」

「まさか、ヲタク文化がここまで地方に貢献するなんて――真相を知ったら言葉に出来ないでしょうね」

 そして、二人は作戦の会議をしつつも色々と情報を整理する。

ジャンヌが破壊しようとしているのは、おそらく――。



 午後1時、アークロイヤルは何時ものメイド服姿でCDショップの店内へと入って行く。

当然のことだが、メイド服でも周囲の客の視線はないので――草加市内のショップである。秋葉原以外でやったとしたら、営業妨害と言われかねないだろう。

店内では様々なアーティストの曲も流れているが、それに対してストレスを溜めたとしても無駄なのは分かっているので、気にしない事にしている。

 これに関しては店側の選曲や営業戦略も入っているので、仮に超有名アイドルの楽曲が流れても即座に退店するような行動はしない。

それを仮にやってしまったら、ブラックリスト入りは間違いないだろう。一般市民の趣味等も無理やり書きかえるようなことは――。

「やはり、この手の店では扱っていないか。WEBアルバムやイベントで見つけるしか――」

 アークロイヤルが探しているアーティストのCDは置いていなかった。1000タイトルは置かれているだろうショップでも、発見できないとは。

相当昔の歌謡曲なのか、それとも演歌、洋楽、クラシック――と言う訳でもない。演歌や歌謡曲の在庫もあるし、カセットテープだって置かれている程だ。

店としては超有名アイドルや若者向けバンドに力を入れているが、それ以外を無視している訳ではない。店の様子を見れば――それが一目瞭然である。

 それなのに、彼女がお目当てとしているアーティストはない。申し訳程度にゲームのサウンドトラックをショップ専用のプラスチックのかごに入れているが――それは本来の目当てとは違う。

「この手の店よりも、ヲタク向けの同人ショップでないと難しいのかな――」

 色々と思う所はあるのだが、CDを1枚だけ購入して――この店を出る事になった。

草加市では、さすがに同人CDを扱う様な同人ショップと言う概念がない。設置されれば自分が行くのに――。

ARゲーム以外の趣味では、音楽を聞く事がある。しかし、アークロイヤルの趣味に合う様なアーティストのCDは一般店舗では置かれていないのが現状だ。

 その状況下で、アークロイヤルは驚きの声を自分で上げたくなるような店舗を発見する。

草加駅から自転車で五分ほど――谷塚駅に近いような場所に三階建ての店舗が入ったビルを発見した。

一般道からは若干離れたというよりか――駐車場も別の場所にあるコインパーキングを利用する形式なので、空き店舗を利用しているのだろうか?

それに、駐輪場は三〇台置ける位の広さだが、すぐに満席なので徒歩必須かもしれない。

 ビルの1階はゲーセン、2階が例の店舗らしい――3階は未チェックだが、関係者以外立ち入り禁止なので――お察しくださいと言うべきか。

「ポスターが――?」

 アークロイヤルは店舗の2階へ行く為のエレベーターにポスターが貼られているのを発見する。

このお店は階段が非常階段とエスカレーターに限定され、一般客はエレベーターを利用するように――と言う注意書きがあった。

それに従ってエレベーターに入ると、目に入って来たポスターが衝撃の内容だったのである。

「アニメ・ゲームサミット? しかも、この近くで?」

 思わず声が出てしまった。会場は草加市ARゲームギガフィールドと書かれていたが――あくまで仮名称のようであり、変更の可能性がある事が注意書きにもある。

それに、このイベントではコスプレショーが行われる予定も書かれており――。

「あの時のニュースの――」

 ここで、ようやくアークロイヤルはニュースで見た内容を把握した。

あのイベントのコスプレショーに――ジャンヌ・ダルクと思わしき人物が出るという事になる。



###第13話『ジャンヌとアークロイヤル』その5



 午後1時30分、ヴェールヌイは以前に訪れた工事中の施設へとやってきた。

今回は斑鳩(いかるが)も一緒であるが――服装に関しては私服である。ヴェールヌイは賢者のローブだが、こちらは問題ないと判定されていた。

メイド服はさすがに危険と判断されたのかどうかは不明――。

《草加市ARゲームギガフィールド》

 先日に訪れた際には施設名までは書かれていなかったようだが、ここにきて動きがあったのか?

そして、掲示板の立てられている場所から数メートル程度の距離には、入口らしきものがある。

 どうやら――仮オープンと言う形で施設の見学が出来るらしい。

正式オープンは7月のようだが、既に会議室やイベント会場、ARゲームフィールドの一部は完成済みのようだ。

その一方で、ショッピングモールの一部、複数フィールドを使うARゲームフィールド、アーケードゲームエリア等は工事が進められている。

「なるほど。施設としては使用可能なエリアは北側エリアではなく南側がメインですか――」

 大型施設は3階建であり、北側と南側で分けられている。その広さはドーム球場約2個分に相当する程の広さだ。

これほどの施設をARゲーム専用で回せるとは――草加市側も考えていないようで、様々なテナントが入っているのが分かる。

ヴェールヌイが見学しているのは入口を入ってすぐの南側エリアと言われる場所だ。アニメ・ゲームサミットも南エリアを使う予定で話が進んでいる。

 現場スタッフの話を聞きながら、ヴェールヌイは使用可能なエリアから自分達が使用できる場所を絞り込む。

さすがにショッピングモールエリアは迷惑になると思われるので、イベント会場だろうか。

ただし、イベント会場は完成している場所限定との事で――サミットの使用するエリアと被らないことを祈るしかない。

作業を急がせるのは不可能と言う事を聞いており、それを踏まえた上で――場所を確保する必要性がある。

「南エリアの方は、現在も様々な工事を行っている関係で7月のオープンには間に合わない可能性もあります」

「間に合わない? でも、掲示板の方では7月オープンと――」

「北側は7月に入る前にもオープン可能です。そこのみを運用していく方向になると思いますが――」

「それ程、草加市や他の企業との交渉がうまくいっていないと?」

「資金的な問題や人員的な問題ではなく、あるものの搬入が遅れているとしか聞いていないので」

「ある物?」

「ARゲームの新作と聞いていますが、ご存知ないのですか」

「こちらでは全く――サミットで発表する作品では?」

「サミットでも、そう言った機種は存在しないと――向こうへの問い合わせで確認済みです」

「一体、誰が何のために――?」

 ヴェールヌイと現場スタッフの男性の会話を聞いていても、斑鳩にはさっぱりである。

ネット上でも新作ARゲームのロケテスト情報は出ているが、どれも公式発表された作品ばかりで、話に出ている機種ではない。

「確か、何とかトランスの新シリーズと言う話は聞いていますが――それ以上は、ちょっと」

「ARリズムアクションのトランスアクションシリーズ――それの新作だろうか?」

 スタッフは、渡されたプレス用資料の入ったタブレットをヴェールヌイに見せるが、タイトルと概要だけでは判断がしづらい。

それに――ARゲームでリズムゲームと別ジャンルを融合させたゲームは複数あり、ARパルクールでも類似機種が存在している。

画面写真のイメージもあったが、使用されるガジェットも違いすぎて参考にならないだろう。

「このデータは、こちらでは特に使用しないと思いますので、お返しします」

 ヴェールヌイは資料をさらりと目を通し、タブレット端末をスタッフに返す。

斑鳩もチェックしたのだが、その内容はさっぱりだった。類似するARゲームとは次元が違っていたからである。



 同時刻、同人ショップを出たアークロイヤルは1階のゲーセンへと向かおうと考えていた。

2階には同人ショップ以外にも、アダルトグッズの店もあるような気配だったが――自分もAV女優の作品には興味がない。

そちらとは違う物もあるのかもしれないが――探す勇気は出てこなかった。ネットが炎上すると言う理由ではなく、関わっても有力な情報がないと言う方が分かりやすいだろう。

そういう関連店舗が、ARゲームの聖地巡礼化を進める草加市でも退去される事無く残っているのが奇跡か?

特定店舗のみを優遇するようなARゲーム聖地巡礼化――それを維持する為の条件で残している可能性も否定できないが。

「ダブルスタンダード――と言うには、違う案件かもしれない」

 アークロイヤルは思う部分もあったが、今はジャンヌ・ダルクとの決着が優先である。

ARゲームの聖地巡礼化を議論するにしても、コンテンツハザードと言うネット炎上要素を残したままでは――VRゲームの時に起きた事の繰り返しだ。

そして、アークロイヤルは思う所がありつつも出口近くのエスカレターに乗り、ゲームセンターのある1階へと向かう事に。



 午後2時、一人の女性が草加市ARゲームギガフィールドの南エリア側に姿を見せる。

『この辺りは工事中――違うな、別の何かを組み込もうと考えている所か』

 工事関係者のいないARゲームフィールドと思われる3階に姿を見せたのはジャンヌ・ダルクだった。

何故、ARゲーム用のフィールドやシステムが起動していないような場所で――と思われるが、その答えは彼女が特殊な透明プレートの窓から見ていた景色にある。

1階と思われる屋外エリア、そこではARゲームフィールドの展開試験を行っていたのだ。つまり、そのおかげでジャンヌのARアーマーが展開する事が出来た――と言える。

これは別の意味でも奇跡に近い。実は、ここへ立ち寄る用事自体は存在し――その休憩時間を使って探索をしていた。

『これだけの大規模施設――避難施設への転用も可能と言う設計思想がなければ、実現不能だっただろうな』

 東京駅や秋葉原周辺にも負けないような大型施設――それを草加市へ誘致するのは非常に難しいだろう。

その状況下で、草加市側にも運が向いてきた。それが、ARゲームの聖地化こと聖地巡礼である。

草加市としては大型の複合施設を作る事が実現し、ARゲームのメーカーとしてはプレイヤーを呼び込める施設を立てられる――お互いにウィンの関係と言える物だった。

 しかし、芸能事務所側がこの施設に関する重大な情報を手に入れ、週刊誌に情報提供したという噂もある。

つまり――草加市ARゲームギガフィールドを舞台にネット炎上させ、自分達アイドルグループの劇場に変えてしまおうと言う目的も見え隠れしていた。

『新たなステージへつなげる為の――仕上げをここで行うのは、何とも皮肉な話だが――』

 ジャンヌは、この場所をコンテンツハザードの最終決戦にする事は否定的である。未完成の場所もあり、ここで行うにはリスクが生じる為だ。

しかし、ヴェールヌイは草加市ARゲームギガフィールドで最終計画を始動しようと考えている。ここならば、コンテンツ流通等を含めて――大きなメッセージを訴える事も可能だったから。

果たして――この最終決戦の行方は、どうなるのか?


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