第6話『アークロイヤルの敗北』

###第6話『アークロイヤルの敗北』



 5月16日午前10時30分頃、アークロイヤルは偶然だが――ファルコンシャドウを発見する事が出来た。

谷塚駅近辺のARフィールドで、ファルコンシャドウはアイドル投資家と思わしきプレイヤーを容赦なく叩く様子が見える。

心理的な意味ではなく、文字通りの物理的な意味で――。

何故、そのような行為に走っているのか――最初は見ている方も分からずじまいだった。

 ARゲームの様子はARバイザーを初めとした対応ガジェットでしかARアーマー等を確認する事は出来ない。

その為、ガジェットを持たない人間からすれば喧嘩に見えなくもないのだが――。

『こっちとしても、お前達の様な存在がARゲームの価値を下げているのかと思うと――』

 ファルコンシャドウの声は、どちらかと言うと男性の様に聞こえる。しかし、ボイスチェンジャーかもしれない。

怒りに我を忘れて攻撃をしている訳ではなく、どちらかと言うとプロレスで決着のゴングが鳴ってからも攻撃を続けるレスラーを連想する。

『お前達としては、芸能事務所AとJのアイドルの商品価値が上がれば都合がいいのだろうがな。FX投資やマネーゲームのように――』

 ファルコンシャドウはARウェポンではなく、ナックル型のガジェットでリアルに殴っているようにも――見える。

まるで、ネット炎上を誘っているかのように相手は全く抵抗をしていないし、反論もしない。

これが――何を意味しているのか? おそらく、ファルコンシャドウは百も承知だが。

 相手プレイヤーがログアウトし、ファルコンシャドウは何かの手ごたえを感じる。

力を手に入れたことで――アイドル投資家を黙らせることが出来る、と。

「ファルコンシャドウ! 貴方は――間違ってる!」

 私服姿のアークロイヤルは鞄からARガジェットを取り出し、それを右腕に装着する。

ファルコンシャドウの方は、アークロイヤルの声がする方向を向いたのだが――そこから喋る等のリアクションはない。

『いいだろう。こちらのパワーを試すには――絶好のサンプルになる!』

 この言葉を聞き、アークロイヤルはカチンと来た。これは、手段を考えている時間を与えてくれそうにない、と。

『今こそ、禁忌の扉を開く! アカシックレコード、遊戯開始(フィールドアクセス)!』

 2人同時にログインワードを叫ぶ。

ファルコンシャドウの方は、最初からARバイザーを装着していた関係もあり、バイザーとインナースーツにアーマーが装着されるタイプらしい。

アークロイヤルの方は、あれからアーマーカスタマイズを行い、ビームライフルと一体化した1メートルほどのロングソード、ブレードバックパックの2種類を装備している。

 ちなみに、カスタマイズパーツは市販品やレンタルがメインだが、お互いにワンオフのカスタマイズパーツがメインとなっていた。

これはアカシックワールドがワンオフをメインにしているのも理由らしいのだが――。



 今回のマッチングは、手まわしが早いと言われそうな展開でアカシックワールドに対応したセンターモニターで中継された。

これに関しては、メーカーのビル内で見ていた神原颯人(かんばら・はやと)も驚いている。

「ファルコンシャドウの放置は危険だが――誰が、今回の中継をセッティングした?」

 アカシックワールドの中継はビッグバトルと呼ばれる有名プレイヤー同士の対決などでセッティングされるように――神原が設定している。

しかし、今回のバトルはアークロイヤルとファルコンシャドウ――どちらもバトル回数が少ない。

アークロイヤルはジャンヌ・ダルクとのバトルもあるが、アレはノーカウントという認識である。つまり、事実上の初バトルだ。

「あのバトルはログを含めて向こうになっているはずだが――?」

 神原も若干焦りの表情を見せている為、このバトルは彼も知らない所でセッティングされた可能性が高いだろう。

だとすれば、どの権限を持つ人間が勝手に中継をスタンバイしたのか?

バトルを中止にする事もマスター権限で可能かもしれないが、中継が始まると聞いて駆けつけたギャラリーが増えている以上、後にはひき返せない。

「あの程度の相手に負ければ、その程度だったという事になる――」

 神原は、どちらが負けたとしても――自分の計画に影響はないと考えていた。

そして――バトルは始まろうとしている。



 5分が経過した辺りだが、バトルの方は始まっていない。これはアークロイヤルの方がチュートリアルモードに移行していたからである。

《相手プレイヤーの準備完了まで、しばらくお待ちください》

 ファルコンシャドウのARバイザーには該当のインフォメーションメッセージが表示されたまま、ゲームが始まらない状態だ。

しかし、それで退屈をしているのかと言うと――そうではない。むしろ、時間の余裕が出来たことでガジェットの調整を行っていた。

『こちらのセッティング時間に余裕が出来たのは大きい。先ほどは遠距離型だったが、あの武器を見ると――近距離+中距離か』

 アークロイヤルの持っている装備を見て、中距離までのタイプと考え、自分の持っている武器で対応できそうな武器をタブレットで物色している。

厳密には、武器選択で使用しているのはタブレットと言うよりはリアルで展開された武器コンテナ――と言うべきか。

所有している武器の数もすくないので、あまり選択の幅はないのだが――何処かの距離に対応できない事がないように、満遍(まんべん)なく用意されていた。

 一方のアークロイヤルの方は、チュートリアルに突入していた。システムの大体は、以前のジャンヌ・ダルク戦で覚えているのだが――。

《1ラウンド5分で行われ、3本先取で勝利となります》

《マップで表示される範囲がバトルフィールドとなり、それより外に出た場合はリングアウト判定となります》

《リングアウトは20カウント以内で行えば問題はありません。20を超えた場合は1本を失い、更に20カウント取られればあなたの敗北です》

 自分のARバイザーにリングアウトの説明文が出た所で、アークロイヤルは視線を周囲のオブジェクトに向ける。

ARシステムが展開されているビルと展開されていないビルではカラーリングが異なる為、それを目安にすれば――と判断した。

《故意による相手の負傷、流血等はゲームの強制終了となります。対戦格闘におけるバッティングも同種判定を受けるので注意してください》

《チートの使用は反則です。ゲームのログイン前には判定を行いますが、それ以降でも不正と認識されればゲームは強制中断されます》

 チートに関しては何を今更――と思うが、メッセージを飛ばすにしてもチュートリアルなので下手に飛ばせば重要なメッセージを読み飛ばしかねない。

仕方がないので、一つ一つをチェックしていくしかない――とアークロイヤルは判断した。

《デスゲームは原則禁止です。運営でデスゲームと判定された場合、アカウント停止を含めた大きなペナルティが発生します》

 デスゲームも今更な気配がする。しかし、このガイドラインがあるからこそ、ARゲームが風評被害で大炎上する事はない。

これがなかったら、色眼鏡でWEB小説にあるようなゲームオーバーで消滅と同義なデスゲーム物と同じに見られてしまう。

《ゲーム側で配置されたオブジェクト以外の無差別破壊行為、ゲームと無関係の人間等を巻き込むようなバトルは禁止》

 こちらも、先ほどのデスゲーム禁止を踏まえれば同じだろう。

オブジェクトの方も――先ほどの周囲を見て確認をしてある。問題はないかもしれない。



###第6話『アークロイヤルの敗北』その2



 バトルが始まったのは、更に5分が経過した合計10分後である。

チュートリアルを読み進めていき、何とか内容を把握したアークロイヤルに対し、ファルコンシャドウは武器の選択を迷っていた。

 その結果、チュートリアルが終了したアークロイヤルの3分後、ファルコンシャドウの武器選択が――という、逆転現象が起こっていたのである。

どちらにしても――お互いに準備を手間取った結果なのかもしれないが。

『遅れを取ったが――こちらは問題ない』

 ファルコンシャドウが装備している武器は、近距離、近距離、遠距離のようである。

見た目で明らかに分かる武装が、近距離×2と言う感じだったからだ。近距離を3つにするカスタマイズは出来ない。

そうなると、背中のキャノン砲は遠距離とみるべきだろう。

『まさか、こういう展開になるとは――』

 アークロイヤルの装備は、近距離、中距離、遠距離にも思える。

あのロングソードは近距離で間違いないだろうが、バックパックの武装も――データ不足なプレイヤーだとしても、こちらの敵ではない。

《ラウンド1――セットレディ》

 ラウンドコール後、5秒のカウントが始まる。

厳密にはゲージでの表示だが、ゲージがなくなったと同時に――バトルが始まる形式だ。

『ここが貴様の――』

 まさかと言う行動に出たのはファルコンシャドウである。

ゲージがなくなって――ファイトがコールされてから、ARウェポンは仕様可能となるのだが――。

「アレはまずいぞ――」

 ギャラリーの一人が、ファルコンシャドウの行動を見て――明らかにアウトの部類だと気付く。

単純に後ろに下がるだけであれば、遠距離武器の射程を確保すると言う目的もあるだろうが――これに関しては違う。

ファルコンシャドウは相手に背後を見せる事無くバックステップで後ろに下がっていた。

 おそらく、向こうの目的は――。

「狙いは――!」

 モニターで見ていた神原颯人(かんばら・はやと)も何となくだが把握していた。

反則スレスレの戦法を、ファルコンシャドウは使う気である。



 しかし、それよりも明らかにアークロイヤルの方もおかしかった。

こちらは向こうが既に先制攻撃する事を把握したうえで、何かの準備をしている。

《ラウンド1――ファイト!》

 ファイトのコールと同時に、アークロイヤルは背中のブレードバックパックを展開した。

バックパックのブレードは全部で6本あり、それが超高速でファルコンシャドウに向かってくる。

 これを見て、即座に迎撃するのは不可能に近いのに加え――使おうとしていた戦法の関係で、防御が無防備同然だ。

『そんな馬鹿な――あの戦法はネット上でも高確率で――』

 ファルコンシャドウがどのような戦法を使おうとしていたのか不明だが、ネット上では有名な必勝パターンだったらしい。

アークロイヤルの方はネットで類似のパターンを検索した訳ではなく――。

『バックに下がった段階で、何となくやろうとしていた事は分かっていた。それに、その戦法はVRでは通じても――』

 ブレード6本は遠隔操作タイプではない。どちらかと言うと有線式であり――有線部分はビームで出来ていた。

そのビーム部分にもダメージ判定があり、ブレードに補足された段階で決着は決まっていたのだろう。

ワイヤーブレードは相手を補足したと同時に、ブレードからビームが放たれる。

ワイヤーのダメージ判定を含めれば、全部が直撃すれば――決着は容易に付くだろう。

『ARで通じるとは限らない。どのジャンルでも同じよ。システムが異なれば、今までの戦法全てがそのまま使えるなんて――』

 アークロイヤルは分かっていた。この戦法は自分がVRゲーム時代に苦戦を強いられていた事がある。

だからなのかもしれない。背中を向けずにバックステップで移動した段階で――次に取る行動は分かっていたのだろう。



 ラウンド1はアークロイヤルが無傷の勝利を――と思われたが、その後に別の遠距離攻撃を受けたことでパーフェクトは達成できなかった。

パーフェクトになってもスコアボーナスがある訳ではないので、有利だとすれば称号絡みだけだろうか。

 しかし、その後もファルコンシャドウは馬鹿の一つ覚えみたいに同じ戦法を使おうとする。

それ以外でもVRゲームで過去に経験したような戦法を使うのだが、アークロイヤルには全く歯が立たなかった。

『不正プレイをしているのは、お前じゃないのか?』

 証拠もないのに、自分が不利になると相手がチートを使っていると言い放つ。

いつの時代でも、こういった民度を下げるような行為は横行するのか――それが、VRゲームを離れるきっかけになったのだろう。

そして、この発言を受けたアークロイヤルに――過去のトラウマがよみがえる。

 この時ばかりは、アークロイヤルも冷静ではいられなくなった。ファルコンシャドウの一言に反応してしまったのである。

相手の挑発や煽りの類に乗ってしまうのは――明らかに不利な状況に立たされると言うのに。

『自分が不利になれば、チートを使っていないようなプレイヤーもチートプレイとレッテルを貼る――何を考えて、発言をしているのよ!』

 ファルコンシャドウの煽りに乗ってしまったアークロイヤルは、攻撃のタイミングなどが若干ずれ始めた。

これによってファルコンシャドウは接近戦で予想以上のダメージを与える事が出来たのである。

使用している武装は――カイザーナックルタイプのスパイククローだ。クロー部分はビームだが、その威力は――。

『貴様のようなプレイヤーは、リアルチートと言うのだ! 存在するだけでバランスブレイカーになるレベルの!』

 ファルコンシャドウのパンチラッシュは続く。ガード体制を取ってガードをしても、ライフゲージの減りが激しい。

長期戦は危険だろうと判断し、何とかラッシュを振り払ってアークロイヤルはガンブレードを構える。

構え方は剣としての構えではなく、銃としての構えだ。しかし、向こうはそれに気づかない。

『バランスブレイカー? それをこのタイミングでいうべきではない――』

 そして、放たれたレーザーは俗に言う極太系ではない。ホーミングレーザーと言う位に細い物だった。

それでも――ファルコンシャドウに止めを刺す事は容易だったのである。 



 バトルの方は3-0のストレートでアークロイヤルが勝利。

しかし、アークロイヤルに勝利の余韻に浸るような余裕はない。息を整えるにも――苦労しているからだ。

『お前は――根っからのゲーマーだな?』

 ファルコンシャドウの方は、息が荒い事はなく――まだ余裕の表情を見せる。

負けたにもかかわらず、ここまでの余裕は何なのか? まるで、自分が勝負には負けたが――と言いたそうな雰囲気だ。

『私は――違う』

 疲労で思考が追いつかないアークロイヤルは、今の立場も分からず――周囲の様子を見る事も難しい。

ARゲームが、ここまで体力を使う物とは予想もしていなかったのだ。ジャンヌ・ダルクと一戦した時とは――比べ物にならないだろう。

『だが、これだけは言っておく。不正やチートプレイで得た勝利は、何の価値も持たない。単純に時間の無駄だ――と』

 それだけを言い残し、ファルコンシャドウは姿を消していた。

そして、アークロイヤルもログアウトをしてフィールドを立ち去る事になるが、その足取りは――重い物だった。



###第6話『アークロイヤルの敗北』その3



 5月17日、ネット上では案の定という書かれ方をしている記事に対し――チェックするのもレスをするのも面倒だと考える人物がいた。

それは――ファルコンシャドウに勝利したアークロイヤルの方だったのである。

 ファルコンシャドウの方は、記事の書かれ方に腹を立てるのも――と言う事で沈黙を続けているようだが、記事のチェックだけはしていた。

大抵が芸能事務所のアイドルを宣伝する為、巧みにアカシックワールドを炎上させるような書き方をしている。

中には、はっきりと予約受付中のCDのアフィリエイトリンクを追加して、CDを買うように誘導しているのだが――。

「ジャンヌ・ダルク――」

 アンテナショップのセンターモニターでジャンヌ・ダルクの姿を見せている動画を見て、何か思う所があったファルコンシャドウ。

しかし、彼女が――そこから行動を起こす事になったのは、後の話となる。

【ファルコンシャドウのバトルは見たが、手ごわいレベルなのか?】

【あれならば、そこそこのレベルと攻略法があれば楽生だろう】

【しかし、アカシックワールドに攻略本や攻略ウィキ、攻略動画のような物は通じない】

【ソレは分かっている】

【様式美はあっても、退屈になるようなマンネリは通じない――それがARゲームの決まりだ】

 つぶやきサイト上でも、ある程度はファルコンシャドウの動画が発見できるようになった。

しかし、謎の人物と掲示板上で言われていたような時と印象は異なり、ごく普通のプレイヤーと言う事で落ち着いている。

特筆する事があるとすれば、チートや不正に関しては人一倍の嫌悪感を抱く――と言う部分だけ。 



 5月18日、ネット上で様々な書かれ方をしたアークロイヤルは、自分とは無関係な記事でも自分がネットを炎上させていると感じていた。

――ファルコンシャドウに勝利した事が直接的な原因ではないのだが、アークロイヤルは彼女に勝利した事でネット炎上を呼んだと感じている。

草加市内でも、やはりというかアークロイヤルの話題に触れる人間は存在し、アンテナショップに現れたと同時にひそひそ話をするような自分アピール人間もいたほどだ。

「やはり、私がARゲームに関わったことで――」

 表情には見せていないが、明らかに彼女の調子は絶不調と言っても過言ではない。

周囲の人間も、不幸が移ると言わんばかりに彼女に近づこうとはしていなかった。

 この日の天気は雨でもないのに、彼女の周囲には台風が来ているのでは――と言うコメントをつぶやきサイトに写真付きで拡散し、炎上させようという人間もいた。

しかし、こうした人間の行動が――最終的にアークロイヤルを追い詰めるのには、この段階では気付かなかったのである。

【あそこでアークロイヤルを見るとは――】

【しかし、何処かで見覚えのあるような――】

【何処で? まさか、他のARゲームではないよな?】

【ARではない。VRゲームで、彼女と似たようなプレイスタイルを持ったプレイヤーがいたという噂がある】

【VR? それは、どう考えてもおかしいだろう】

【だが、他の格ゲー出身者がARゲームでも実力を発揮したり、ARリズムゲームでも他のアプリやアーケードの経験者が――と言う話は聞く】

【プロゲーマーじゃないのか? それならば、ある程度強いのには納得がいく】

【違うな。プロゲーマーであれば、どんな時でも観客の前で無様なプレイはしない――と言うのが通例だろう?】

 つぶやきサイトだけではなく、インターネットの有名な掲示板でもアークロイヤルの話題に言及されていた。

まとめサイトの中には、彼女がVRゲーム出身者の疑惑があるとスクープと言う形で言及しているサイトもある。



 同日午後1時、メイド服姿の斑鳩はあるマッチングを見て――はらわたが煮えくりかえりそうな状態になっていた。

「あんな、パチモノコスプレイヤーにも苦戦するなんて――」

 アークロイヤルの勝率は3割を切りそうな状態になっている。

勝ったのはファルコンシャドウ以外にも、何人かいるのに――それさえも帳消しになりそうなレベルの負けっぷりだ。

相手はファルコンシャドウではないが、そのコスプレイをしているコスプレイヤーである。それを見て、トラウマが再燃したのか?

 しかし、彼女の眼はトラウマで曇っている訳ではない。おそらく、もっと別な理由で調子が上がらないと言うのが正しいのだろう。

このバトルでは何とか偶発的なコンボや相手側の焦りで勝利をもぎ取ったが、その勝利に一喜一憂する訳でもなく――。

彼女は――機械的に勝率を確認し、次のプレイヤーを待っていた。この様子にはギャラリーも動揺する程である。

 アカシックワールドは特殊なガジェットではないと、マッチングは不可能という特殊なARゲームでもある。

斑鳩は、その条件にクリアしているのか――と疑問に思ったが、今はアークロイヤルにパンチをお見舞いしないと気が済まない。

「あれは、斑鳩か!?」

「斑鳩も――アカシックワールドにいたのか」

「公式サイトを見なかったのか? 彼女もプレイヤーだ」

「そうなると、アークロイヤルも名前があって当然のはず」

 公式ホームページを見ていたギャラリーの一人は、斑鳩の名前がランキングに載っていた事に驚きの声を上げる。

しかし、ベスト50の中にはアークロイヤルの名前はなかったと言う。


###第6話『アークロイヤルの敗北』その4



 午後1時5分、アークロイヤルのフィールドへ乱入したのは――斑鳩(いかるが)である。

何故、彼女が乱入しようとしたのかは――理由があるのだが。

『あなた――やる気あるの?』

 斑鳩の方は、フィールド突入前にARアーマーを装着している。

ホワイトのインナースーツに重装甲アーマー、北欧神話的なモチーフをベースにしたARメットというカスタム装備。

所持する武装は特殊な形状の長方形というシールド、持ち手だけで30センチと言う長さのビームセイバーの2つだけ。

他にも武器がありそうだが、それを確認出来る程の思考を現状のアークロイヤルでは持っていないだろう。

『こちらとしては、どうしても――』

 まだラウンド1開始前だが、斑鳩は臨戦態勢を取っている。

《ラウンド1――ファイト!》

 アークロイヤルが我に返ったのは、ラウンド1のコールがかかった直後――。

斑鳩の放った全力パンチは、アークロイヤルの顔面に命中する事はなく、ブレードエッジでギリギリガードをしたという形である。

『アークロイヤル――あなたはARゲームを何だと思って――』

 パンチを防がれた斑鳩は、次にシールドから分離したビット兵器で応戦する。

パンチに関しては命中したら、それまでと考えていたらしく――ガードしたのは計算の内のようだ。

『ARゲームはVRゲームとは違う――そう言いたいのだろう』

 何とか意識を取り戻したかのような表情で、アークロイヤルはブレードエッジで斑鳩を捉えようとしている。

しかし、それでも言葉では強気だが――ブレードエッジの軌道はあっさりと読まれるようなパターン。これで当たるのは、相当アレと言う展開だ。

『それを分かっているなら、何故にネット炎上を自分で起こすような事を――』

 ブレードエッジはあっさりと回避し、シールドから放たれたビットのレーザー射撃であっさりと撃破して見せた。

かかった時間は1分――斑鳩としては最速記録ではないが、そこそこと言う気配か。

周囲のギャラリーが盛り上がる一方で、斑鳩の方は喜ぶようなリアクションを一切見せない。

『私はネット炎上を許さない。それを引き起こすようなネットイナゴ、まとめサイト信者、アイドル投資家――』

 喋っている途中で、斑鳩のシールドから放たれたビットが元のシールドに戻り――大型シールドに変化した。

どうやら、彼女のシールドはビットと合体する事で防御力がアップする物らしい。

『それに――週刊誌の様な利益至上主義を掲げ、後に起こるであろう炎上を放置するような連中も!』

 斑鳩がアークロイヤルの様子に激怒していた理由――それはネット炎上を懸念しての物だった。

一時期、無気力プレイ等が問題視された競技も存在し――それと同じ事がARゲームでも該当すると考えていたのだろう。

『私は――コンテンツ市場が特定芸能事務所の無料宣伝に利用されるのが、一番――』

 他にも斑鳩は言いたそうな様子だったが、これ以上言ったとしてもアークロイヤルに聞こえているのかどうかは疑問に残る。

『そうであれば、こちらではなく芸能事務所にぶつけるべきだろう!』

 アークロイヤルは、斑鳩の言っている事に関して意味が分からないものの、何となく把握した。

おそらく、斑鳩は八つ当たりで今回のプレイに乱入したのだ――と。

『今の状況で芸能事務所に意見したとしても、金の力で都合の悪い事を消されるのは目に見えている』

 バトルの方は決着がついているのだが、斑鳩の方はアークロイヤルをたたきつぶそうと言う――そんな行動を取りかねない。

『金の力――ようするに廃課金か?』

 アークロイヤルの一言を聞いた斑鳩は、本気で叩きつぶそうとも考える。

しかし、それをやったとしたら逆効果になるのは――自分でもわかっていた。

『芸能事務所の金の力は賢者の石と同類よ――ソシャゲの廃課金のレベルではない!』

 怒りを抑えているが、完全に我を失いかけている状態――今の斑鳩の状態も、ARゲームをプレイする際のスタイルとは大きく逸脱する。

まるで、パワードフォースの劇中展開を思わせるような状態だったのだが、斑鳩はそれに気づかない。

アークロイヤルもパワードフォースの視聴者であったが、この展開に気付くような第六感が発動するような状態ではないだろう。



 ラウンド2、ここでも斑鳩の圧倒的な技術は変わらない。

彼女はリアルチートとまではネット上で叩かれていないのだが、裏のプロゲーマーと揶揄される程の実力を持つ。

現状のアークロイヤルでは、どう背伸びしようとも――勝ち目がないのだ。

『ARゲームは本来であれば、誰もがライバルであり――誰もがゲームを楽しめるような物――』

 今ならば、斑鳩の一言も分かるかもしれない。気付くのが遅かった――と言うべきか。

あるいは、ジャンヌ・ダルクと最初に戦い、その後にファルコンシャドウと戦ったのが――。

どちらにしても、今ならば引き返せるような――そんな感じがした。

『ARゲームを人殺しを助長するようなゲームとレッテル張りするようなネット炎上勢力に――ARゲームの価値を語る資格はない!』

 フルパワーではないが、斑鳩の持つビームセイバーから放たれた一撃は――アークロイヤルが回避出来ないようなモーションで放たれた。

ラウンド2も斑鳩が勝利した事で、最終的には斑鳩がストレート勝ちとなった。

 アークロイヤルにとっては――文字通りの完敗とも言えるだろう。

おそらく、ジャンヌ・ダルクと戦う以前の問題――そう言えるのかもしれない。

「こっちも感情論で語っていたけど、言いたい事は分かるよね? ARゲームがどのような経緯で生まれたのか」

 バトル終了後、ARアーマーを解除して元のメイド服姿に戻った斑鳩はアークロイヤルに語る。

感情をむき出しにして暴言に近い発言をしたことには謝罪しつつも、彼女は――はっきりと言った。

「ARゲームはVRゲームと同じような括りで語れば、明らかにネットは炎上する。それは――分かってほしいの」

 その後、斑鳩はフィールドからは姿を消した。一体――彼女は何者なのか?

それを把握する前に、アークロイヤルはARフィールドを後にした。

 

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