第十二撃 罰


 

 薄暗い大きなかび臭い倉庫に、様々な部隊のまだ動ける生き残りがすし詰めになっている。古代文明ではバスと呼ばれていたらしい、大きくていやにつるつるした鉄の箱が尻から煙を出して震えると、倉庫全体を揺るがすような唸りを上げた。倉庫内の大型通信子がぼんやりと光を堪える。

 

 『ゼー五番隊は一番、ガーム医癒エメーナァタは二番、魔弾デーテは三番、ゼーの五番隊以外、スェンソは一時待機。繰り返します――』

 

 バスに次々と乗せられていく人の波に、イハは紛れようとした。ダンが見えなくなったのを確認して、最後尾に並んで顔を伏せる。入り口を待っていると、背中越しに声を掛けられた。

 

 「君、ガームかい? 」

 「あっ……はい」

 

 振り返ると、肩まである長さの後ろ髪を上部だけまとめた端正な顔立ちの剣士が立っていた。耐マナ加工された銀の鎧は、光の少ない倉庫の中でも分かるほど磨きあげられている。

 

 「僕はルガシア・ファムト。ゼー一番隊の長だ。この列はゼー五番隊の列だよ。それにそんな怪我で出撃するのかい?」

 「怪我っすか? あー、このくらい大したことないっすよ。列違うなら並び直します」

 

 これ以上深追いされると厄介だ。イハはルガシアと名乗った男を適当にかわして列から外れようとした。チャギ、と鎧を鳴らして大げさに肩をすくめたルガシアは、イハに聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。

  

 「こんな怪我人に出撃許可を降ろすなんて――まったく、拳長ガーマは何をやってるんだか」

 「あっ、ダンさんは違うんすよ!」

 「……どういうことかな?」

 

 しまった。ダンの悪評を立てたくないと反射的に出た一言が、自身の無許可出撃を証明しようとしていることにイハは気づいた。ルガシアは顎に手を当ててほうほうと頷くと、猫に爪をかけられた小鳥を見るような憐れみの目をイハに向けた。

 

 「無許可出撃ね――一週間の謹慎かあ」

 

 

 ――キンシンってたしか、稽古にも出してもらえねえんだろ。冗談じゃねえよ。そんな訳わかんねえ取り残され方してたまるかよ――

 

 

 こうなったらこの男を説得するしかない。小さく息を吸うとイハはまくし立てた。

 

 「ち、違います! 確かに俺は怪我はしてますけど……でも、全然動けないわけじゃない。戦えるんです。誰かを少しでも――助けられるんです。だから、行かせてください!」

 

 必死になって唾を飛ばすイハを面白そうに見つめてから、ルガシアは言葉を吐いた。

 

 「これだから脳筋ばかりのガームは嫌いなんだよ。ただでさえ殴られてからじゃないとろくに戦闘もできない欠陥部隊だってのに、殴られたら死にそうな欠陥品が出撃するだとか笑わせるね」

 「待て、今何て――」

 

 沸騰寸前のイハに冷笑を浴びせるとルガシアは続けた。

 

 「あのねえ、君勘違いしてるみたいだから言っといてあげるけど、出撃したところで欠陥品は邪魔になるだけなんだよ。いったい戦場のどこに君が役に立てる場所があるというんだい?」

 「それはッ――」

 

 イハの言葉を遮って、人間を吸い込みきったバスが自動扉を閉じる。排気を撒き散らしながら、一台、それに続いてまた一台、と庫の外へ走り出る。真っ黒な三つの四角い影が消え去ると、石で舗装された床が差し込んだ朝の日差しをイハの頬にぶつけた。

 

 倉庫の奥からの訝しむ視線を横目で確認すると、ルガシアは光を受けている方の頬肉を上げた。一時待機を指示されたスェンソゼーの者達だ。まあいい。ルガシアはよく通る声を作ってから、台詞を並べ始めた。

 

 「君の気持ちはよく分かった――でもね、ガームは少ないから欠員が響くんだ。君、その怪我が悪化して一生戦えなくなったらどうするんだい? 今日は見逃してあげるから身体を休めなさい」

 

 長い眉を上げて微笑んだ瞳の奥で、ルガシアはイハに分かるよう蔑んだ。イハの右拳が強く握り締められていく。ああ、血の気が滾った馬鹿はどうしてこんなにやりやすいんだろうか。さあ拳を振り上げろ。僕を被害者にするんだ。

 

 

 「イハ・リューソ!!」

 

 

 声変わりで不安定な声が振り上げんとしていたイハの拳を止めた。二人が声のした方に顔を向けると、待機していた戦士たちをかき分けて、息を切らした鋭い目つきの少年が現れた。

 

 「あーあー。これはこれは、フスー君じゃないか。分析シェンシャの君がこんな倉庫に何の用かな?」

 「うるさい。栄誉目当てのハリボテは声帯を震わすな。酸素の無駄だ」

 

 長い髪から覗く整った顔を、フスーは憎悪たっぷりに睨みつける。まだ苛立ちが収まりきらないイハは、低い声を押し出した。

 

 「フスー、何しに来た」

 「僕はうろうろうろうろ動き回る馬鹿も嫌いだ。何メートル走ったと思ってるんだ。早く来い」

 「嫌だ」

 

 フスーが腕を掴んでも、イハは動こうとしなかった。ルガシアは陽に背を向けて笑う。

 

 「残念だな。イハ君。僕が見逃してあげようと言っていた時におとなしく引っ込んでおけば、無許可出撃で謹慎にもならなかったろうに」

 「無許可出撃だと? 誰がそれを証明できる」

 

 背の高いルガシアを見上げたフスーは、筋肉が詰まった固い腕から手を離した。

 

 「イハ君は拳長ガーマから出撃許可を得ていないらしいけど?」

 「君は対魔生物組織トラクイザの規則も理解できないのか?」

 

 くそ。イハは頬肉を噛んだ。ルガシアは得意げな顔でイハの表情を愉しむ。

 

 「まあこれに懲りたらおとなしく――」

 「君には耳がないのか?ルガシア」

 

 空間が凍てつく。チャギ、と鎧を鳴らして、ルガシアは狼狽えた。

 

 「どういう意味かな?」

 「出撃許可を下ろすのは同部門長であるのは確かに慣例だが、他部門長が出している場合でも出撃可能であるのだが――君は他部門長の意向も確認したのか? している訳がない。イハの言葉一つで罰しようとしていたんだからな。ああ、ゼー小隊長がまさかこんな基礎規則を知らないなんてね」

 

 顔色一つ変えずに淡々と述べたフスーに、ルガシアは食いつく。

 

 「じゃあ誰が、誰がイハに出撃許可を出すというんだ!」

 「副分析長シェンシャノの僕で何か不足があるか? 述べてみろ。まあ述べたところで君は誤罰未遂による半年の謹慎になるがね」

 

 言い捨てると、フスーは再びイハの腕を掴んで叫んだ。

 

 「イハ・リューソの出撃を許可する!」


 未出撃部隊の者達がどよめいた。イハは驚いた顔で自分の右腕を持つフスーを見つめた。

 

 「いいのか……?」

 

 目を逸らしたフスーは、イハにだけ聞こえるようにごく小さい声で呟いた。

 

 「……僕に着いてこい。やることがある。馬鹿の相手はしないに越したことはないからな」

 「待て!! 誤罰未遂だなんて僕はしていない!! 待て!!」

 

 こんな、まさか子供に助けられるだなんて。今ひとつ煮えきらないまま、イハは未だざわめく戦士たちをかき分けながら倉庫を後にした。

 

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