甘い君

賑やかな通りを抜けて、路地裏を歩いていくといつものバー。

「BAR spade」だなんて、何処にでもありそうな安直すぎる名のそのバーはこちらの界隈ではなかなか有名なバーだ。


いつもの席はカウンター席のど真ん中。

図々しいって?

これが俺だよ。

それに、この席はなにより彼に気づいてもらいやすい。


「あら、もう来てたの?待たせちゃったかしら。」


しばらくすると隣に甘い香りをまとった君が。


「いや、俺も今来たトコロだ。」


そっと肩を抱き寄せる。

すると君はふふっと笑ってこちらに身を寄せる。


きっと傍から見ればアツアツのカップル。


でも俺たちはそんなんじゃない。


利害関係が一致した関係。

この時間はただの遊びで、くだらない日常を華やかに彩るスパイスである。


それは相手も重々承知していて、これはお互い公認の大人のお遊戯だ。


「ねぇ?今日は彼は来てくれるかしら。」


彼とはこのバーの隠れ名物、ミスターの事だ。


この女はスタイルもよく、大人っぽい雰囲気が魅力なのだが、どうやらマジックや魔法などの類が好きらしい。案外子どもっぽい所もあるもんだ。人はギャップに弱いと言われているが、俺はそういったものはあまり好まない。

何より、俺といるのに他の男の話題をこちらにふる時点で対象範囲外である。


「さぁな、お前がお利口さんにしてたら来てくれるんじゃないか?」

「ふふっ、じゃあ来てくれないかも。」

「どうして?」

「だって、こんな所であなたといるんだもの。」


前言撤回、こんな魔性の女、俺には手に負えない。


甘い瞳、甘い声、甘い香り、全身で俺を誘うこの女は何が良くて俺なんかとのお遊びに興じてるのか、俺の知ったことではないが、とにかく、今はミスターがこの場に来無いことを願うばかりだ。


せっかく二人の時間をど真ん中でアピールしてるんだ、ミスターもこんな二人の間でマジックを披露したって、なんも面白くはないだろう。


「うふふ、楽しみね。」


隣でジントニックに口付ける甘い君はどこか楽しげだった。

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