第4話

 吹き抜ける風。

 夜ほどに気持ちよくなく、負の気に満ちた生温かいものだ。


「よっしゃ、現れおったな、行くぞリーフ!」

「言われなくても」


 建物の影から飛び出した二人組は、魔術式を起動させながら標準を定める。

 突然現れたリーフらに驚いたのか、反射的に身を引いた敵は進む足を止めた。

 それは敵達にとってほんのわずかなひるみだっただろう。

 しかし、その隙は例え一秒であろうとも長いアドバンテージとなる。

 動かぬ的となった自我を失った人々は、連続する銃声と同時に身を崩した。


「いいぞリーフ、お前の腕はさすがだな」

「口は良いから体を動かせアーレン。死ぬぞ」

「ははは、気休めもなしか」


 数人が死んだため、戦力調整を含めて昨日とはメンバーが替わり、リーフはアーレンと共に南側で戦っていた。

 今日は南側から来る数は少ないと見て、戦うのはたった二人と心許ないが、リーフからしてみれば逆に気を遣わなくて良いのでとても戦いやすいものだった。


『ナイス、二人ともいつも通りだね……。次の集団はおよそ十数人程度、射程範囲まで一分くらいと言ったところ……かな?』

「了解、引き続き監視を頼む」

『うん……』


 一分もあれば長すぎるほどの休憩時間だ。

 砲身の冷却や弾丸装填、次の魔術式の起動準備などやるべき事がまんべんなく行える。


「へっ、確かに今日は南側少ないみたいだな。これは楽勝かもしれないな」

「ああ、だが油断はするな。敵が少なければ別のところで多くなる。メリアの目はあまり向けられないかもしれない」

「そうだな。十分注意するか」


 正直、武器らしい武器を持たない人々は、遠距離射撃出来る近代武器を持った自分たちにとって敵ではない。それは遠くから脳天を貫くのと、近くにいる蟻を踏み潰すのが同じくらいなほどだ。

 しかしそれでも味方が死んでいってしまうのは、圧倒的な数の差による暴力によるものがほとんどだ。いくらこちらが強くても、数百、数千と同時にやってこられてしまえば、倒しきれずに近くまで寄られてしまう。そうなれば近くの敵に対処しづらい武器を持つ味方がどうなるのかは一目瞭然だろう。


「にしても今日のメリアちゃん、元気なかったな」

「そうか?」


 思ったより時間が余ったのか、アーレンが唐突な話題を持ち出す。


「ああ、いつもよりメリハリがないというか、はっきりしないというか、なんかこう、奇妙な感じだった。リーフは理由とか知らないか?」

「身に覚えない。興味も無い」

「……お前らしいな」

「そろそろ来るぞ」

「おうよ」


 比較的遮蔽物の多い南側は、裏を取られなければとても倒しやすい。

 そのせいで見逃してしまうこともあるが、複数の道があるところに陣取っていれば、少なくとも敵の来る範囲の予測と、いざという時の逃げ道は確保できる。

 高いところに登るのも手だが、逃してしまうと追えなくなるので、特に人数の少ない今日は地にて防衛戦を張っている。


「んっ? 聞いたより数が少ないな」


 顔だけを覗かせたアーレンが、目を細めながら確かめる。

 続けて、より目立たないように半面だけを出したリーフが確認を取る。


「ああ、どう見ても数人しかいない。少ないなら見逃したというわけではないはずだ」

「もう一度確認を取ろう」


 そう言って、アーレンは通信機を繋げる。

 敵が寄ってくる中、三回掛けたところでようやく出て、説明をする。


『……あっ、正面側と東側の二手に分かれてる!』


 返ってきたのは何とも間の抜けた声だった。

 呆れ果てる前に通信を切ると、二人は目配せをする。


「俺はこのまま正面を叩く。アーレンは東に回っている奴らを頼む」

「分かった、気をつけろよ」


 即座に掛けだしたのを横目に見送ると、リーフは呼吸を整えるまでもなく、正面の敵へと姿を惜しみなく現した。


「展開、魔術式起動、対象を追尾捕捉ロックオン!」


 立ちながら構えられた得物が光を帯び、熱を吹く。

 耳を壊すような振動と、筒から飛び出す火花が五感をくすぐる。

 その弾道は曲がることなく、真っ直ぐと敵の一人に向かうと、赤い花火を見せつけながら仰け反るように頭から倒れる。

 リーフはその光景を途中までで見切るや否や、すぐさま次の標的に狙いを定める。

 ほとんど狙いを定めないようなやり方だったが、それもまた外すことなく敵の脳天を貫き、地に沈めさせる。

 振り回すように撃っては殺し、目が合えば殺す。

 数十秒も経たないうちに響いた、十発にも満たない破裂音は、正面にいた全ての敵を撃破し、彼の足下に天を仰いで動かなくなっていた。


「神の加護があらんことを」


 軽く祈りを済ませると、リーフはそこから更にその先を眺める。

 新たな敵勢力がいないかの確認だ。

 どうやら、見える限りの範囲何もいなかった。


「どうやらしばらく敵は来なさそうだな。アーレンの方へ向かうか」


 これまで倒れた無数の死体があるだけで、ここら辺に生けるものの気配はない。

 即座に踵を返すと、リーフはまた駆けだした。


 だが、先ほどアーレンと別れたところまで戻った時である。

 ふと飛び出して向かおうとすると、そこには敵の集団がいた。


「っ! なぜここにいる」


 アーレンが道を間違えたのか、すれ違ってしまったのか、考えられるのはそれくらいだが、東側に回ったもう半分の敵であることは確かだ。

 そして敵である以上やるべき事は一つだ。


 迂闊に姿を出してしまったため、こちらを感知されてしまったが、距離は十二分にある。慌てることなく装填と魔術の起動準備を行うと、一番近くまでやってきている敵から狙いを定めていく。

 空薬莢が滑り落ち、敵の一人も倒れ落ちる。

 その距離およそ十メートルほどとギリギリのラインだったが、すぐには終わらない。

 スコープを覗くと座標が定まらなくなるため、勘と自身の目だけを頼りに砲身を敵の頭に向けると、魔術と共に発射する。

 運良く、放った全弾は狙った通りに当たり、一発も無駄にすることなく戦闘は終了した。

 内心、冷や汗が出ていたことに少し驚いているが、大きく息を吐き出すと、自然と早まっていた心臓の鼓動はおとなしくなる。


「ちっ、アーレンの奴を探すか」


 通信を掛けるもメリアは別のところを指示しているのか出てこない。

 仕方なしに注意深く敵を探りながら、リーフは歩き出した。

 向かった方向としては間違っていないはずだ。横目の数コンマとはいえ、自分の目は確実に別れた時を捕らえている。

 動いているであろうアーレンの音を耳で見つけるため、なるべく足音を立てないようにしながら、神経を集中させる。


(おかしい、確かにこちらにむかったはずだ)


 お世辞ではないが、リーフは耳の良さと勘の鋭さには自信がある。そのため神経を尖らせると、動いているものがいれば大体は当てを付けることが出来るのだ。

 けれども今回は全くといっていいほど聞こえない。


 その理由は簡単だった。

 角を二カ所曲がったところ、そこでアーレンは息絶えていたのだ。

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