第2話

 白き空が黄昏に染まる頃、疲れた体を奮い立たせて砦に戻ったリーフは、協力関係を持っているとも言える、相方のそばへと寄った。

 いや、相手の方が迷わず寄ってきたという表現が正しいだろう。


「おっ、戻ってきた。お疲れさん」


 埃と泥にまみれながらもあからさまな笑顔を向ける彼女はメリアといい、自分と同じく生き延びているだけの存在だ。

 実質的な管制の役割をしている人物であり、この砦でほとんど動くことなく毎日を過ごしている、自分らにとってはキーマンであり情報を統制している人物だ。

 そんな彼女はポイと金属の容器に密封された食料を投げ渡す。


「首尾はどうだ?」

「悪くない、かな。敵が多かったとはいえ、今のところ死者は三人。いつもの死亡率に比べればなんてことは無いよ」

「それは上出来だ」


 パカリと器用に蓋を開けると、リーフは飲み込むようにして中身を喉の奥へと放り込んだ。味わって食べる暇が無いというのも一点だが、もとより味がないという根本的な問題があるため、このような食べ方になる。

 腹を満たす、それさえあれば食事は意味を為す。そう覚えたのはいつだったか、きっと物心つく前だったのかもしれない。


「まーた飲み込んで、少しは噛まないと胃に悪いよ」

「どうでも良い、それより他の奴らは?」

「キリは南、エルクとフレッドは西側で死亡。まだ帰ってきてないのは北側に向かったアーレンとフリーシカ、他数名だね」

「そうか、神の加護があらんことを」


 死んだ同胞、彼らもまた協力関係にあったもの達だ。戦力としてなくすには惜しい奴らではあるが、死んだことを恨んでも悔いても仕方が無い。自分さえ生き延びていれば良いし、奴らは単に運が悪かっただけだ。

 願わくば再び相まみえることのないよう。


「ねえ」

「なんだ」


 リーフは自分の得物を入念に点検しながら、目もくれずにぶっきらぼうに返した。


「あと、何日持つかな」

「食料なら一年分は備蓄されている。それまでに突破できれば生き延びれる」

「そうじゃなくて」

「じゃあなんだ」


 腕を止めて一瞥を投げるも、彼女はこちらを向いていなかった。

 今にも崩れそうな大きくひびの入った天井をか細い目で眺めては、何かを悟るように少し寂しげにぼんやりとしていた。


「この調子で戦い続けたら何日後に全滅するかなって」


 それは考えてはいけない疑問である。

 確かに当初から比べると人数は日に日に減っていき、今では全員の名前を覚えられるくらいの人数までに減ってしまった。

 ここまでくると、もはや死ぬか生きるかの話ではなく、いつまで生きられるかという話に変わってくる。それは誰もが口に出さなくても分かっていることだし、考えたくもない現実である。


「……」

「ごめんね、変なこと言って」

「……いや」


 だがリーフの胸の内にはなんとしてでも生き延びるという鋼よりも固く、弾丸よりも真っ直ぐと貫く頑固な意思がある。

 それを話したところで助かるわけでもないので口にはしないが、彼の中ではその意思だけが自分に希望をもたらす動力源であることを重々承知している。

 他の人がどう考えているのかは知らない。聞いたところで嘘かも知れないし、真実だとしても聞く価値もあまりない。


「そうだ! ここにずいぶんと昔に書かれた本があるんだけど読む?」


 気分を変えたかったのだろうか、明るく振る舞いながら、彼女は片手に持つと意地悪そうにちらちらと見せつける。


「いい、いつ敵が襲ってくるかも分からないからな」

「少しは息抜きしないと、いざというとき息が詰まるよ」

「それで死んだなら、その時は後悔も出来ないだろうな」

「むっ」


 見事なまでの反論潰しをくらわされたメリアは、それ以上言葉を繋げることは出来なかった。至極単純な話、彼は話をする気がほとんど無い。

 砦内に静けさが戻ろうとした時、外へと繋がる扉のうち一枚が開く。


「おーっす、疲れた」


 反射的に銃を構えているが、撃つべき対象でないと分かると、すぐに銃を下げる。

 現れたのはアーレンやフリーシカを含めた北に向かった一行だ。

 入ってくる数を数えるに死者はいなさそうだが、一応尋ねておく。


「戦況はどうだった」

「おっ、リーフか。こっちは無傷だったぜ。いつもより数が多くて時間はかかっちまったけどな」


 ほれ見ろと言わんばかりに、まだ煙の匂い漂う銃を手に持ちながらアーレンは両手を広げる。確かに傷は見受けられないようだったが、服は赤黒く染まっている。


「接近戦したのか?」

「少しな、お前の方はどうだったんだよ」

「戦局は安定、死者も負傷者もなし、特に話すこともない」

「そりゃよかった」


 アーレンは笑顔で話してはいるものの、瞳の奥には複雑そうな心境がうかがえる。

 おそらく厳しい戦いではあったのだろう、浮かび上がる疲労感や絶望感は隠し切れていない。

 それでも笑顔で入ってくるのは、皆にそのことを感知されたくがないためだろう。また気分的な問題として士気をこれ以上低くしたくないという思いもあるのかもしれない。

 皆でわさこさお祭り気分だ、などと馴れ合うつもりは一切合切ないが、生き延びる術として味方が多いというのは断じて悪いことではない。


「食料ならいつも通りだ、今晩の見張りは俺らが行う」

「おっ、今日はリーフの日か、じゃあよろしく頼むな」


 いつも通り手早い情報交換だけを済ませると、話も切り伏せるように終わらせる。

 アーレンはその性格故か、目に付く人に一人ずつ話しかけていっているが、この調子なら食料庫に到達するまでにもうしばらく時間がかかることだろう。

 そうして銃の点検に戻ろうとすると、今度はその後ろの人物が話しかけてくる。


「ふふふ、相変わらずですのね」

「何がだ、フリーシカ」

「いえ、変わらない調子で結構なことですと、言ったまでです」

「なら話しかけるな。作業の邪魔だ」

「そういうところが変わらないと言っているんです」


 つまりはもう少し話して欲しいと言っているのだが、ただの堅物であるリーフには彼女の思いは伝わらないようである。

 今日も話せないと知るや否や、フリーシカは小さく手を振りながら薄い微笑を浮かべ、トクトクと立ち去っていった。

 諦めの早いことだが、その方が険悪な関係にならないで済むことくらい誰だってわきまえているはずだ。

 生き残るのが難しくなる現在、味方陣営内で揉め事を起こすのはタブーだ。だからこそ敵であろうと味方であろうと、引き際というのが一番大事になる。

 もっとも、リーフがそれを分かっているせいで、遠ざけ方まで分かってしまったのが痛い点ではあるが。


「全く、フリーシカちゃんにもっと優しくしないとダメだよ?」

「うるさい。お前も少し口を閉じろ」

「はあ、あなたって本当に容赦が無いのね」

「当たり前だ」


 彼女はそれ以上言葉を紡ぐことは出来なかった。

 彼がこういう性格であると知っている以上、態度は変えないだろうからだ。

 そのため大部分が静まりかえった砦内は、自然と解散の流れへと変わる。

 あるものは交代で見張りを行うために力の限りと尽くした体を動かし、それ以外は明日のために睡眠を取るために。

 こうしてまた一日を終えるのだ。

 

 戦い、

 報告をし、

 食事を取り、

 明日に備えて睡眠を取る。

 意識的に、機械的に、ループとも取れるような暮らしを続ける。

 いつか戦いが終わると信じて、そう辿り着く日まで。

 物寂しくもこれが日常だ。

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