戦場のヤルダバオート
館 伊呂波
第1話
貫いた弾丸がまた一人、息をつかせることなく葬った。
溢れた血からはどろりとした脳漿も流れ、ポタリと落ちては地を湿らせる。
やがて朽ちた体は崩れ、腐臭のみを残しこの世界から旅去った。
「神の加護があらんことを」
リロード。空になった薬莢が出されて、新たな弾丸が装填される。
手つきは慣れたもので、素早く、そして目を向けなくても作業を行うことが出来る。
故に目は別の敵を確認するために戦場へと向けられた。
「目視範囲、敵十五ほど。異質なし」
『了解、こちらからもあんたの姿は見えてるよリーフ。中々やるじゃん』
「当たり前だ。でなければ死ぬ。それだけだ」
『緊張を持つのは良いけど、固めすぎないようにね』
「集中しろ、次が来る」
はいはい、という真面目にやっているのかどうかも怪しいひょろっとした返事が返ってきたところで通信は途絶えた。
銃身を持ち構え、スコープに片目を通す。
狙い定めたのは一番近くにいるもの。これまたのそのそとゆっくり、しかし確実に近づいてきている敵である。
ピタリと止まった照準、それはどれだけ銃の扱いに熟練しているか、またいかに精神面が揺らいでいないかを知ることが出来る。
つまり彼はその部分では完璧と言えるほど戦人として出来上がっていた。
「展開、魔術式起動。対象を
言葉と同時、薄く光り輝く複雑な文様が銃の周りを取り囲んだ。
それは三つの輪を作り出し、ゆっくりと砲身を中心として回っている。
描かれた文様には幾何学的な模様も混ざっており、単なる文字配列ではなく対称的に且つ、放射的に並べられた美しい並びになっており、眺めているだけで時間を忘れそうなほど綺麗で繊細だった。
それが三つも重なるとなれば、コンマごとに変わる文様はまるで万華鏡のように鮮やかな重なりの変化を見せつける。
けれども惜しいかな、スコープ越しに覗いた文様はその全てが見えるわけではなく、ましてや撃つときの邪魔にならないようスコープには被らないようになっている。
おまけに見れるのは大気に振動を震わせる時まで。
すなわち目を外せばこの文様は見えなくなっていると言うことだ。
悲しいことに魔術式とはそのようなものなのである。
そして今使っているのは真っ直ぐ飛ばすためだけの魔術である。
単純ではあるが、これがどれだけ楽にしてくれるかと聞かれれば、文句の言いようもないくらいにありがたい機能を発揮してくれる。
なぜならば、風向き、飛距離、重力など銃弾が飛ぶに当たって関わる要素をまとめて考える必要がなくなるからだ。
だから狙うだけ。
ひたすらずれないように細かい修正を加えながら狙うだけで、放てば自然と当たるのである。
「塵芥へと帰れ」
銃声音が乾いた空へと鳴り響く。
放たれた鉛の塊は、空気を切り裂きながら軌道を直線上に走る。
その綺麗さには見るものを魅了するほどの力が確かに存在した。
吸い込まれるように、また自分の意思で向かっているかのように、それは飛ぶ。
血が噴き出すのが先か、銃弾が通り抜けるのが先か。
答えは後者であった。
断末魔は中途半端に嘆き渡り、昼空の青無き寂しい空に赤き華を咲かせた。
しかしその最後の美しい瞬間をも彼は見ることなく、また次の敵へと硝煙の匂い立ち上る鉄の先を向けるのだった。
◇
生き延びるには何が必要か。
知略か、叡智か、はたまた権力か。
否、必要なのは強さだ。
運、技術力、精神、身体、それらを含めた単純なる強さだけを持ち合わせたものが、この果て無き戦いに、ただ生き残ることが出来る。
なぜならば、この世界において自分の身を守ることが出来るのは自分だけなのだ。人を絶対的に信用してはならない、いつ隣で裏切るかも分からぬものに心を許すのは、浅はかとしか言いようがないからである。
そうして生き延びてきたもの、そうすることで生き延びられたもの、その一人がリーフという、まだ年二十にも満たない青年であった。
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