驕っていたのは


「……なら結構だ。てめえは忍耐力が足りねえな。まあ今年でまだ一八年ぽっちしか生きてねえならそんなもんか。――私もこの町が、破壊されるような事は御免でね。折角いい所なのに。銀って赤猫に、私を狩ろうとやって来た赤嶺の常時帯刀者。その二人を一人でやっているような、常時帯刀者兼赤猫。幾ら安定している土地とは言え荒れるよ。空気がピリピリしてるのが分かる。まあ逆に言えば、そんなおっかない怪物が三人もひしめいていれば、ビビッて入り込もうとする百鬼なんてとうとう失せるから結果的には同じだけれど。ていうかいつもより安全。でも何かの弾みで衝突でもされたら、本当に困るんだよね。あの赤嶺さん、鬼討としての一番合戦さんと並ぶんでしょ?  もし銀って人が彼女に見つかって交戦状態にでもなったなら、町の地形なんて簡単に変わるし。まあそうならないよう家族に頑張って貰って、今赤嶺さんの気を逸らしてるんだけどね。それとなく尻尾をちらつかせては、百鬼の気配を醸させて。影の中にいれば安全だから。流石の神刀も、影の中は斬れない」


 つまり今赤嶺さんは、あの赤猫と接触出来ないよう誘導されているという事になる。町の人々は勿論、彼女も人質みたいなものになっているという事か。


「勿論銀って人の方にも、赤嶺さんに向かわせないよう見張ってる。勘弁して欲しいよ久々の里帰りなのに……。あなたもどう出るか気になるでしょ? 一番合戦さんも突然のカミングアウトだし。全く地元民代表として頭が痛い」

「……代表?」

「そこはあなたに話す義理は無いかな。まあだから、新参者達に破壊されかねない故郷をうれい、リハビリも兼ねて出て来た訳。皆これからどうするんだろうなあって。訊ける人にぐらい直接出向こうかと。それで九鬼くん。あなたこれからどうするの? 一番合戦さんと戦う? 赤嶺さんに手伝って貰って。先に居所が分からない、銀って人の方が心配かな? 確かに赤嶺さんは強いでしょう。赤猫である銀って人に、同属性の炎刀型で斬りかかって押し負けなかった。まあどっちも全力って訳ではなかったから、互いの実力は未知だけどね。でも赤猫サイドも強力だよ。仲よしみたいだし。どっちも最低でも三六〇年は生きてる。それだけ力を蓄えているって事だから、単純に例えても神刀三本分の戦力になって、鬼討六人用意してやっとフェアって感じなのかな。かなり大雑把に考えても。まあ片方は鬼討の極みみたいな位置に座しちゃってる剣客でもあるから、その辺の人じゃあ話にならないけれど」

「何でお前にそんな事……」

「考えてない。か」


 飛び出して来たもんね。


 そう人狐は、知っているだろうにわざわざ言った。


「あはは。青いねえ。まあ青春と言い換えましょうか。クラスの女の子と上手くいかなくて、学校を飛び出して来るなんて。でもそれじゃあ困るんだよね。そんなぼーっとしてちゃあ、一番合戦さんが泣いちゃうよ。『折角せっかく頑張って気を遣ったのにこのすかたんは全く……』って」

「気を遣われた覚えなんて無い」


 思わず声を荒げた。


「おや。それはどうして?」

「あいつは嘘をついてたんだ。正体がバレないよう、自分が生き残る為に」

「まあ元は動物だからね。人間みたいに邪魔だからとか趣味だからで他を傷付けない代わりに、食べる為や生きる為なら何でもするよ。ていうかあの人、そんなに勝手? 元はと言えばそちらの所為でしょ?」

「それは当時の話で僕は……!」


 言いかけてやめる。何だかすごく勝手な気がして。


 確かに僕は直接の原因じゃない。でも、同じ鬼討で。


 そういう悲劇を生まない為に、鬼討とはあるのだ。傲慢ごうまんにもそうして過ちを犯した一部の為に、大多数の人間が危険に晒された時、その最前線に立って、妥協点を見つける為に。そんな事をしては化けて出てしまう。だからそんな方法ではなく、真っ当な術が他にある筈だと、人々が道を踏み外さないように。


 当然幕府も悪い。でも、幕府だけが悪じゃない。だっていたじゃないか。誰しも無理だと思っていても、たった一人で是正を訴え続けた鬼討が。


 その皺寄せを受け、何の罪も無い猫が死んだ。


 うみが噴き出すように、数多の物と人を焼き尽くした。


 大昔の事だからって、無かった事なんて出来やしない。風化とは軽んじられていくだけで、何の解決にもなりはしない。かの剣豪、枝野鬼道おにみちも言っていたじゃないか。鬼討とは、化け物に片足を踏み入れた者。傲慢にも人と百鬼の間に立ち、両の仲を取り持つ愚か者だと。


 これは悲劇ではなく、罰なのだ。知っていながらも手をこまねいて、幕府の暴走をいつまでも止められなかった鬼討達への。


 でもだからって復讐を認める事も、騙した事を許す気にもなれない。


 君はまだ八回も長い人生があるかもしれないけれど、僕にとってはこの一度きりで、半百鬼となったこの人生は、死んだってやり直せないんだよ。


「分かり合えないものだよねえ。人間と百鬼とは」


 人狐は言った。


 しみじみとしているがどこか軽薄で、からかっているのか、本心で言っているのかは分からなかった。


 騙す奴のさが。狐らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る