彷徨う罰


「何で」

「国が扱う程の危ない百鬼を退治出来る人って、一般枠からは望みにくいでしょ? ただでさえそんな背景があって不人気なのに、そういう仕事が出来る人って、限られてるから。手配書に載せられる程の百鬼って強いのもあるけれど、一定の場所にとどまらないのも特徴なんだよ。組に属して活動している鬼討じゃあ、追跡に限度がある。土地に縛られない護国衆ごこくしゅうなら、好きに動き回れるでしょ?」

「おまけにちゃんと実力で選ばれた常時帯刀者だから、有効打以外の何物でもねえと」

「そういう事。国を守るって事は地元を守る事にも繋がるから、結局は同じなんだと僕は思うけどなあ……。一番合戦さんももっと動き回った方が、社会の為になると思う。護国衆自体は、別に悪い組織じゃないし。……何で一番合戦さん、あんなに嫌がるんだろう? そのイメージからよく調べてないとか? まあ鬼討には珍しくない話だけれど……」

「明日訊いてみればいいじゃねえか。そういう先の事も、いずれ話し合わねえといけねえんだし」

「まあね。君とも案外ちゃんと話せたよって、報告しないといけないし」

「お前が気が利かな過ぎただけだろボケ」

「悪かったと思ってるよ。そろそろ帰ろう? ここから引き返したら、丁度一時間ぐらいだよ」


 携帯で時間を確かめると、ズボンのポケットにしまいつつ立ち上がった。


「つかお前、姉ちゃんについて行くんだな」


 側に歩いて来た黒犬は言う。


「当たり前でしょ。命の恩人なんだから。危険な仕事に就くなら、一緒に行くよ。普通に就職して、事務員さんになるとからなら別だけど、百鬼が絡むならどこへでも。今の時点で、僕の為に動いてくれてるんだから。まあ一番合戦さんがどう思ってるかで、そこはちゃんと詰めていくけれど。僕と君の存在が世間に受け入れられるまで、一番合戦さんにこの恩は返していかないと」

「そんなにいかんのかねえ。半分人間で半分百鬼」


 黒犬は興味無さそうに言う。


「常時帯刀者が、一般人をそうした形に変えてしまった事が問題なの。プロ中のプロでありながら、人一人の人生を狂わせるような事をしてしまったから。そんな人物に許可証を下ろしてしまった、国の体面とかも傷付くでしょ? ていうか、普通に鬼討としても失格だし。僕が勝手にやっただけなのに、その結果が全部一番合戦さんに向かう形になっちゃってるの」

「あはは。要はどっちが死神か分からねえって事か」

「笑い事じゃないよ……。ていうか、君の人生設計にも関わってるんだよこれ? 一番合戦さんに責任が問われる恐れもあるけれど、僕らも十分厄介な存在なんだからね? 死神の力を持つ元鬼討って、もうそれだけで手配書に載せられても何らおかしくないし」


 本人達でさえまだ未知の存在であるのは勿論、百鬼でありながら、天敵である鬼討を熟知しているのだ。こんなやり辛い相手中々いない。


「いや、だから要は、未熟なお前の行いが、てめえやその周りに全部返って来てるって話なんだろ?」

「…………」


 そうです。


 すごい分かりやすく纏められた。


「俺はこうして散歩が出来るなら、誰の下でもいいし、どう思われようが構わないんでね。寿命は人間サイズになったから相当に短くなったが……。まあこれまでの長い生涯、余生と思えば、俺は何の不満も無いね。早死にされないよう、精々お前の健康を祈ってるよ。ま、頑張れや」


 けけ、と笑うと、黒犬は影に潜って見えなくなった。


 享楽的である。散歩が出来れば、それでよし。


 まあそうか。僕の社会的地位がどうなろうと、こいつに大した影響は無いのだから。あくまで僕らの存在は、死神の力を持った元鬼討の、九鬼助広という形をしている。例え僕がニートになろうと、こいつは何ら後ろめたい事にならない。


「…………」


 帰ろ。


 これこそがあなたを守れなかった罰でしょうか。先輩。


 悲しくなんかない。目が水を零しそうになっているだけさ。そういう事にして公園を後にすると、すぐに足を止めてしまう事になる。


 目の前に、あの塗壁ぬりかべが立っていたから。


「君……!?」


 塗壁ぬりかべは昨日見た時と同じように、短い両手をお腹の上でもじもじしながら、不安そうに小さな目を泳がせている。


「君、何で昨日は現れて――」

「ま、またあの方を……困らせるんですかい?」

「あの方?」


 塗壁は、それはもう心配そうに言った。


「もうあの方を、困らせねえでやって下せえ……。あの方は悪くねえ。優しい方だ……」

「誰の話? 君が現れた理由に、何か関係が」

胡散臭うさんくせえ臭いがすると思えば、そういう事かよ」


 今度は後ろから声がして振り返る。聞き覚えがあると、頭の隅で思いつつ。


 白だったが、今は黒い。ちびだけど、子供じゃない。

 そんな奇妙な猫を探していた、あのお兄さんがいた。親のかたきでも見るような目を、真っ直ぐ僕へ向けて。


「紛らわしい臭いしやがって……。ややこしいんだよ。てめえ」

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