赤く焼き付く


「……よかったの?」


 彼女が追って来ないのを振り返って確かめながら、市街地へ出た所で僕は言う。


「分からなくはないよ。あいつにも言ったが」


 依然僕の手を引いて、前を歩く一番合戦さんは言った。


「あいつがつまらない理由で言っている訳ではないのも分かってる。あれで真面目だからな……。きっと、剣一辺倒いっぺんとうなんだろう。常時帯刀者とは、才能だけでなれるようなものでも、余所見よそみをしていてなれるようなものではない事も、分かってる。赤嶺あかみね家の子だから、なれたなんて言わないさ。あれだけの若さでなれたんだ。もう本当に、剣しか無いんだろう。あいつには」

「……一番合戦さんは、違うの?」

「正直な」


 一番合戦さんは、前を向いたまま言った。


「そりゃあ、私だって努力はしたが……。それは、単なる目標として設定したもので、剣が上手くなりたいとか強くなりたいとか、そういうのを目指していた訳じゃないんだ。どうせ鬼討をやるなら何か、長く打ち込めるような理由が欲しいと思っただけで……。頑張り過ぎて、思いの外早く取れてしまったが。なんて言ったって、どうせ天才の感覚は分からないって言うんだろ?」


 ちょっと拗ねたように振り返ると、そこで初めて足を止め、ばしっと僕の手を離した。


「いや、そんな事……」

「図星って顔をしたぞ」

「いやいやいや……」


 じっと睨まれ、思わず手を振りながら目を逸らす。


「言っておくがな。世の中に成功者と呼ばれる奴がいる限り、やってやれない事は無いという実例は消えない。人がどうたら言って何もしないお前らのそれは怠慢だ。こちとら凄いから出来たんじゃなくて、出来るまでやっただけなんだよ。人を天才だ才能だ持ち上げてないで、そんな時間こそ何かに励む為に当てるんだな!」

「すいませんっ!!」


 胸がいたぎて土下座しそうになった。何で怒られてるのか分からないけれど。

 でも何かを成し遂げる人って、やっぱりそれだけ努力をしてるもんな。


 でもやっぱり、努力しても上手くいかない人と、努力しなくても上手くいく人っているし、やっぱり才能ってあるんじゃないかって、考えてしまう。それが全てを決める訳では決してないと、分かってはいるけれど。運だってあるし。って言ったら、とうとう本気の怒りを買ってしまうのも、分かってはいるけれど。結局何かをやる人は、そんな事分かってて進むんだし。


 だから要は、才能や運のあるなし以前に、決断出来るか出来ないかなんだ。夢を叶えた人の人生って、たったその一点さえ抜いて見てしまうと、本当に何も無い。叶ったからよかったけれど、もし叶っていなかったなら、悲惨以外の何物でもなかったと。

 うん。だから、自分にはこれしか無かっただけなのに、苦労も知らないで褒め千切られるのは、確かにムカつく。でも決断出来ない所か、目標すら無い僕には、やっぱり眩しく見えてしまって。

 隣の芝生、なんだろうな。何も知らないのに、こうも瑞々しく見えてしまうのは。


 隣の芝生は青く、隣の花は赤い。


「……まあだから、そこまで懸けてやっているものを、極めたいという気持ちは分かるがな。分からなくはないが、私は乗らない」

「……何でそんなに頑なに? 気持ちが分かるなら、何か方法を考えるとか……」

「お互い派手な炎刀型えんとうがただからなあ。それが最大の理由と言ってもいいよ」


 そう言うと、一番合戦さんは歩き出した。

 僕も続く。


「周りへの被害が大き過ぎる。まあ大規模なおはらいにもなるがな。見方を変えれば。高火力の炎刀型の神刀しんとうを二本も振り回したら、嫌でも土地が清められるだろ? 周囲に潜んでる百鬼も、こぞって逃げ出すかもしれない。焼死は勘弁だろうしなあ……。私もあいつも、餓者髑髏がしゃどくろぐらいなら簡単に焼き飛ばせる火力はあるし……」

「はは……。そういう……」


 引きった笑みが零れた。

 一番合戦さんが二人いるって事なのか。そりゃあ断る。


「まあ、何とか説得させよう。無鉄砲ではあるが、本当の馬鹿ではないし。今日一日置けば、頭も冷えるだろ。明日会いに行って、話をするさ。……何か悪いな。私の知り合いの所為で……。黒犬が延びてしまった」


 一番合戦さんは、疲れたように嘆息した。


「それは別に、一番合戦さんの所為じゃ。向こうも一番合戦さんがいた事、知らなかったみたいだし。こっちの事は何とかやってみるからさ、一番合戦さんは彼女をどうするか考えて?」

「んん……。まあそうだな……。ぶちぶち言っても仕方が無いか……。と、お前は、この辺りだな」


 一車線しか無い交差点の前に着くと、信号で足を止める。

 正面には古鶴台こづるだいがある山が、濃い影となって夜の中を浮かんでいた。


 古鶴台がある山は町の東端にあり、県境にもなっている。西に向かう程土地は平らになって、やがて海にぶつかる形だ。 この海は東側に建つ 僕らの学び舎から、微かに臨む事が出来る。


 一番合戦さんは古鶴台がある山に沿うように、南側に伸びる道を指した。


「私はあっちだから」

「そう言えば一番合戦さんって、どの辺りに住んでるの?」

「私? んー……。特徴が無いからなああの辺りは。丁度町の真ん中辺りにある、平地の一軒家。お前が住んでる所程新しくは無いが、昔は新興住宅地だったんだぞ」


 一番合戦さんは懐かしむように、どこか得意げにそう言った。


「ん? もしかして一番合戦さん、元からここの人じゃないの?」

「いや?」


 ぽかんとされた。


「え、そうなの?」


 てっきり、生まれも育ちもここの人かと。


 ……何でそう思うようになったんだっけ? ああ、あの人狐ひとぎつねから、一番合戦さんの話を聞いて。でも今思えばあいつの言葉なんて、どこまで本当か分からないじゃないか。そもそも全部嘘かもしれない。

 そうだ……。そう思うと僕、一番合戦さんのイメージや認識を支えてる情報って、全部あの人狐から聞いた話が元になってる。その土台が怪しくなった今、僕の中の一番合戦さんと、本当の一番合戦さんの姿は、違うかもしれない。あいつに騙されているかもしれない僕が、知った気になっているだけで。


「青だぞ?」

「っああごめん」


 いつの間にか、青になっていた横断歩道に踏み出す。


「じゃ、また明日な」


 つい我に返った勢いで動いてしまって、ひらりと手を振って僕を見送る、一番合戦さんに振り返った。


 この、急激に胸を蝕み始めた不安を表す言葉は。

 横断歩道の真ん中辺りで立ち止まりそうになるけれど信号に急かされて、結局その時には見つけられなかった。

 この時の事も、僕は後悔している。


 なんて言ったら流石の彼女も、いい加減にしろと呆れたかもしれない。だから、今更僕が何をしても、大した変化を生む事は出来なかったのだと。

 そうだったとしてもほんの少しぐらい、何とか出来た可能性があったなら、やっぱり僕は考えてしまう。あの時本当に、やれる事は無かったか。


 横断歩道を渡り切る。


 笑顔で手を振っていた一番合戦さんは、車の往来に掻き消されつつ歩き出していて、すぐに闇に見えなくなった。


 ジャージと鞘が、赤い残像になって、未練がましくまぶたに焼き付く。

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