その一念に


 気付けば太陽は、とっぷりと沈んでいた。


 バチバチと今にも切れそうな音を立てながら、一斉に電柱の蛍光灯が明るくなる。すぐになんかが飛んできて、その辺りだけ賑わい出した。


 その様子を眺めていた一番合戦さんは、彼女がリュックを引きっている隙に、こちらに軽く頭を傾けて小さく言う。


「……今日はやめておくか。黒犬。あいつの目が気になる」

「……いつまでいるのかな?」


 僕も声を潜めて言った。


「さあ……。二学期になる前には家に帰るだろうし……」

「あんたが繰り返すから繰り返すけれど」


 背中向けてリュックを引き摺っていた彼女は、引き返して来ると言った。

 近付いて来ていたのは分かっていたので、一番合戦さんは彼女に覚られる前に、姿勢を元に戻している。


「狐がいないなら、あんたを斬るまでよ」


 足元にリュックを置いた彼女は、一番合戦さんに向かい合ってそう言った。

 その目は矢張り真剣で、本気そのもの。


 一番合戦さんは彼女を見ると、軽く肩を落として、鼻で息を吐く。


「……強さや剣とは、比べるものではないと思うが。既に常時帯刀者という時点で、一流の証は得られてる。現状最速で取得したな。ならもうそれで、十分じゃないか」

「あたしに程々なんて感覚は無いの」


 彼女は呆れられていると分かっていながら依然として、真っ直ぐ一番合戦さんを見て続けた。


「組の運営にも現れている通り、赤嶺あかみねとは戦い続ける者よ。あたしにとっては、剣も強さも競うもの。止まる事なんて有り得ない。あたしより強い奴がいる限り、鍛錬をやめないわ。だから誰よりも早く、常時帯刀者になろうと努力した。きっとそれが叶っていればあんたの言う通り、目指すものには大凡届いていたでしょう。同じ炎刀えんとう使い、同じ誕生日、歳まで同じのあんたが現れるまでね。片や名家と名を馳せ、生まれた時から注目を浴び、期待されて生きて来た家の子と、片や一般家庭から現れた無名の天才。こんなの、白黒付けずに放っておける訳が無いじゃない。常時帯刀者のくせに全然国政には絡んで来ないし外にも出て来ないから、審査日以来ずっと探し回ってた。この千載一遇、逃せと言われても退けないわ。付き合って貰うわよ一番合戦。どちらが本当の、最年少常時帯刀者か決めるまで」


 無名の田舎者に家の名を傷付けられたくないとか、そんなつまらないものじゃない。


 誇りだ。この子を突き動かしているのは。


 当然赤嶺としての誇りもあるだろう。このまま引き下がっては、代々炎刀型の大家として家を繋いできた先人達へ顔向けが出来ない。その家に生まれた者としても、有耶無耶のままでは終われない。そして何より、彼女自身が、許せないと言っている。直向ひたむきに駆けて来たその道を、少しでも曲げてしまうような事は、絶対にやりたくなくて。


 目を向けると、一番合戦さんは困り果ていた。何を言っても、彼女は話を聞かないだろうなと。


「戒める意味で決めたんだが……。因果なものだな。一月一八日とは」

「え?」

「悪いが、無用な剣は振るわないと決めてるんだ」


 作ったようにさっぱりと、一番合戦さんは笑った。


「私は鬼討ではあるが、武人ではないからな。剣の道だとか武を極めるとか、悪いがそういう事に、興味は全く無い。お前のその心意気を馬鹿にする気も無いがな。寧ろ立派な事だと思ってる。私は、鬼討であれば……。――人と百鬼の間に立って、上手く互いのバランスを保てるなら、それでいいと思ってるんだ。帰るぞ九鬼。仕事も無くなったみたいだし」


 一番合戦さんは背を向けると、すたすたと歩き出してしまう。


「え? 一番合戦さ……」

「はァ!? ちょっと待ちな……待ちなさいよ!? ここは乗る所だったでしょうが!」

「のーらーん。修行もいいが、夏休みの宿題ちゃんとやるんだぞ」

「お母さんか!」

「行こう」


 手を取られ、引っ張られるように僕も歩き出した。


 確かに身分上、彼女に近付くのは避けるべきだし、こうしてやっと離れられたのは、胸を撫で下ろしたのも事実ではあるけれど。

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