乱雑


「…………」


 残された僕は、取り敢えず彼女の方に向き直る。

 僕の視線に気付いた彼女は、ぴくりと肩を揺らすとはにかんだ。


「…………」


 それだけ見れば、確かに可愛い女の子なのだが。

 可愛いだけで、かなりぶっ飛んでいるのだが。


「え、えーっと……」


 情報を整理しよう。


 彼女はあの炎刀型の名門、赤嶺家のご令嬢。一番合戦さんとは同じ日に審査を受け、同じ日に常時帯刀者に。それは二人で打ち立てられた、最年少記録保持者として語られる。……という事は、僕とも同い年になるのか。

 一番合戦さんとは不仲らしい。確かに妙に息が合っている時もあるが、噛み合っていない時間の方が遥かに長い。安い嘘を信じた傾向から、疑い深くはない性格と推測出来る。この町には修行の為に立ち寄ったそうで、引っ越しの目的もその間の拠点作り。

 強烈だ……。修行って言葉を日常会話の中で使う人なんて、ジャンプの主人公ぐらいしか僕は知らない。って待って修行中って事は、もし僕が半百鬼ってバレたら退治されてしまうのでは。

 元ブラックドッグと元鬼討のハイブリッドなんて希少性、長く鬼討をやっていてもそうは出会えるものじゃない。自分で言うのもなんだけれど、危険度も並みではないだろうし……。指名手配までされていたあの人狐を、跡形も無く殺したんだから。

 はらう力が強い炎刀型には気を付けろと、黒犬からも言われている。幾ら死神の子分でも、相性が悪いと。

 ……これ、どうやり過ごすとかじゃなくて、今すぐ逃げ出した方がいいのでは。


 僕は心の中で頭を抱えた。


 ……何で置いて行ったの一番合戦さん……!

 君も中々の向こう見ずだ……!


「あ、あのっ、一番合戦とは親しいの!?」

「は、はいっ!?」


 絶対彼女と口を利くのが面倒になったから時間も無い中わざわざ遠くに行ったんだとも考えた瞬間、彼女に声をかけられる。

 しまった職務質問された不審者みたいな返事を。怪しまれていないだろうか。

 ていうか彼女何でさっきから、僕と話す時は辿々たどたどしいんだろう。一番合戦さんとはあんなにハキハキというか、強気なぐらいに振る舞ってるのに。思いなしか、顔も赤くなってる気がするし……。


 人見知り……とか? 不仲とは言っていたけれど、一番合戦さんとは面識がある。あんなに勝ち気な態度も、それがあっての事かもしれない。


「あ、ああいや、そうだね……! 去年から同じクラスだし……!」


 一番合戦さん僕の事何て言ったっけ又従兄弟?


「そ、そうなんだ……! あたしはあいつと、一回しか会ってないんだけどね……! 常時帯刀許可審査を受けた、中三の夏以来……!」

「あっ、そうなんだ……! よく覚えてるね……! まあ一番合戦さんって、年の割に大人っぽいって言うか落ち着いてて、他の同世代より目立つし……」


 彼女は突然重りでも乗せられたように、ずぅんと肩を落として猫背になった。


「あはは……。そうよね……。落ち着いてるわよねあいつ……。本当に同級生なのか、疑っちゃう時があるわ……」


 何何何何何やったの僕。


「いやでもっ、元気な子も好きだけどね!? 一緒にいると明るくなれるって言うか! 一番合戦さんといると頭が上がらないって言うか、しっかりし過ぎてて息が詰まっちゃう時があるし……!」


 僕はどさくさに紛れて一体何を言っているのか。


「そう!? ありがとう!」


 両手を胸辺りで組んで感激された。

 彼女のキャラクターが分からなさ過ぎる。


 まあ元気になってくれたからいいけれど……。


「――それと、調査依頼を受けた際の情報提示が無かった理由は何だったのでしょうか。引き受ける以上、万全の態勢で事に当たるのは当然の……。……? あの、それってつまり、相手が赤嶺家で、かつ常時帯刀者だったから断れなかったという事ですか?」


 後ろから一番合戦さんの声が近付いてくる。

 何とか捕まえたらしい。


 助かった。安心した僕は、思わずそちらへ振り返る。


「あ、一番合戦さ……」

「貴様、それでも国の為に勤めている役人か。赤嶺から依頼を受けた際対応をしたのは誰だ。どうせ課長だろう。早く出せ。もう帰った? なら後日抗議をしに行くと伝えろ。名家ではないが、奴と同じく常時帯刀者でこの地を担当する鬼討、一番合戦が出向くとな。貴様ら役人共の常套手段で、私が会いに行く日にわざと予定を入れて時間稼ぎでもしてみろ。常時帯刀者らしくお前らの好きな権力者に報告して、揃ってその首切り落とす。……いつ頃? ハッ。そんなもの、予定が決まれば言ってやる。精進しろ」

「…………」


 女子高生が公務員を恫喝どうかつしていた。


 大体内容は分かったけれど、めちゃくちゃ不機嫌になって帰って来た。


 一番合戦さんは閉じた携帯をスカートのポケットに押し込むと、僕の隣で足を止める。


「……一応依頼は済んだと言うか、本人がもう到着してて不要だと言われたから終わったと言っておいたぞ」

「あ、ああ、うん。ありがとう……」


 一番合戦さんはこちらを見る事も無く、ただ隣に立って腕を組みながら報告する。その何とも機嫌の悪い表情と言えば。


 一番合戦さん、本当に役人が嫌いらしい。確かに怒ったら怖いけれど短気ではないから、今みたいな態度は取らないのに。まあこの場合、状況が状況というのも大きいと思うが。


 ……? じゃああの塗壁ぬりかべは、何に引き寄せられて来たんだ?


 彼女は何も、連れて来ていないって。


「で、お前、これからどうするんだ。引っ越しとはなってるが、実際は借家みたいなものなんだろ」


 気を取り直した一番合戦さんは、まだ若干不機嫌ながらも彼女に尋ねる。


「まあね。狐狩りが済むまで泊まるぐらいのつもりだったし。ここホテル所か民宿も無いでしょ?」

「ラブホならある」

「んんっ」


 思わずせた。


「どこに連れてこうとしてんのよ」


 まさか一番合戦さんの口からそういう言葉が出るとは。

 ていうか彼女の扱いがざつぎる。


「別にお前がどこに棲もうが構わんが」

「『住む』でしょうが」

「その狐はもういないぞ。今はお前の物なんだからどう扱おうが勝手だが、騒ぎを起こすのだけはやめろよ。この辺りはお年寄りしか住んでないんだから、余り遅くまでガチャガチャもするな」

「迷惑かけようなんて思ってませんー」

「抜刀しようとした奴が何を言うんだか……。あといい加減、あの荷物を道の端に寄せるなり何なりしろ」

「ああ、忘れてた」


 覚えてなかったんだ。


はとみたいな頭だな」

「黙りなさい。しっかし田舎って本当に静かね……。誰も住んでないみたい。田んぼの蛙は煩いけれど」


 彼女は一番合戦さんと雑言を叩き合いながら、ずるずると大きなリュックを道の端へ引きっていく。


 ここだけを見ると、やっぱり仲がよさそうに見えるのだが。

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