第2話 笑っちゃう健常者

僕たちは、ほとんど車の通りのない、山道を廃墟へ向かって車を走らせる。

この道を知っているのは、僕しかいないのだ。

それに、彼女は運転ができない。

もちろん、18歳になっていない僕にもできない。

そこは、許容すべき範囲。誰が許容すべきだろう?少なくとも、僕でも彼女でもない。

「雪が多いわね」と彼女は助手席でいう。

「冬だからね」と僕もいう。

「私、実は夏が好きなの」

「へえ?意外だな」

「でも、対外的には、冬が好きだということにしているのよ」

「どうして?」

「夏って、暑苦しいでしょう?それに、知的な人物は、たいてい、夏よりも冬が好きだと言う印象があるわ」

「知的に見られたいの?」

「そんなことはないけれど……、まあ、『やまいだれ付き』よりは、ましかもね」

ふふっ、と僕は笑う。

「『十角館』だろう? それ……」

「あなたなら、きっとわかってくれると思ったわ」、と、彼女も笑う。

「別に、やまいだれ付きでもいいのだけど……。今時、夏が好きなんで、サザンオールスターズとか、チューブくらいのものよね」

「チューブ?」僕は尋ねる。

「チューブよ。知らないの?」と彼女は言う。「私も知らないわ」

「でも、冬の朝の雰囲気は、好きなのよ。空気が綺麗だし……」

「僕も冬が好きだな。『ほしのこえ』、知ってる?」

「見たわよ」

「へえ、君が新海誠を好きとは思わなかったな」

「私を侮らないで。デビュー作から見ているのよ……」

「『彼』が雪の中を歩くシーン、覚えてる?」

「知っているわ……。私もあのシーンは、好きよ。あのシーンで流れるテーマ曲、どこにもないのよね。カラオケにもないのよ」

「君でもカラオケに、行くんだ」

「ストレスの解消にね……。 そう、そういえば、私、この間、ラブレターをもらったのよ」

くすくす、と彼女は笑って言う。

「同じクラスの同級生から。漫画に出てくるような、馬鹿みたいな、歯の浮いた言葉が並べられていたわ。笑っちゃって、ゴミ箱に捨てたわ。ハサミでギザギザに切り刻んでやったの」

「せっかくの好意なんだろう?」

「気持ちが悪いの。あなたと違って、何を考えているのか、わからないわ。所詮!健常者の分際で、何を考えているのかしら……」

「そいつは面白いね、健常者の分際って……」

「あなたは、そう思ったことは、ない?私はいつもそう思うわよ」

そして彼女は続ける。

「いっそ、『あなたとしたくて仕方ありません、だから付き合ってください』とでも書いてあったほうが、すっきりする。そんなこと、望んでいるわけではないけれどね。健常者のくせに、私たち障害者と関わらないで欲しいわ。あなたも、そう思わない?」

「極論ではあるけどね……、概ね、同意、しないでもないよ」

「そうよ……。どだい、この世界を、のうのうと、平気な顔をして生きていられるほうが、狂っているのよ」

そう、彼女が呟くのを横目で見ながら、ぼくは目的地へと車を走らせる。





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