第4話 目覚める獅子
しばらくして、アパートのドアがノックされた。アルテミスの言ってた使える子ってやつだろうか?
玄関に行ってドアののぞき窓を見たが誰もいなかった。あきらめて戻ろうとすると、再度のノックがあった。のぞき窓を見ても相変わらず誰もいない。とりあえず開いてみた。
と、足元を何かが走り抜けた。慌ててドアを閉めて振り返ると、三和土に一匹の丸々としたトラ猫が座っていた。
「初めまして。獅子の王様」
はっきりと日本語でしゃべった。
「あんたがアルテミスの言ってた・・・?」
「その通りです。アルテミス様にあなたを手伝うように申し付かりました。以後よろしくお願いします。」
「とりあえず聞きたいんだが、あんたはいったい何なんだ? なぜしゃべってる?」
「おや、アルテミス様からお聞きになっていないのですか?」
「まったく何も・・・」
「私は使い魔です。中世のフランスで生まれ、由緒正しい魔女のご主人様に使い魔にしていただき、魔女狩りに巻き込まれてご主人様が亡くなられた後、はぐれの使い魔となり、長い寿命をただただ無意味に過ごして参りました。
このたび女神様に使命を与えていただき、大変に光栄に思っております。女神様からはあなたに従うように言われておりますので、なんなりとご命令を」
しゃべる猫の使い魔・・・。なんとなく自分が魔法少女になったような気がした。一瞬チェシャ猫のような笑みを浮かべたアルテミスのイメージが脳裏に浮かんだのは気のせいだろうか?
「なんでトラ猫なんだ?」
「おや? 魔女の使い魔と言えば黒猫ですかな? そもそも魔女というものは、アルテミス様のような古代の地母神などを信仰し、自然と調和しながら人々に奉仕する存在です。魔女狩り以降、様々な悪いイメージがついてしまいました。不吉とされる黒猫を使い魔とするということも、恐らくそのためなのでしょうね。もっとも、黒
「わかった、わかった」
俺はジェスチャーを交えて静止した。
「ご高説は後でゆっくりとうかがうよ。とにかく今は急ぎの用があるんだ。人の命がかかっている。とりあえず君の事はなんと呼べばいい?」
「タマとお呼びください」
「タマ!?」
思わず聞き返した。
「おかしいでしょうか? この日本では一番一般的な猫の名前と聞いたのですが・・・」
「そのとおりだけど、なぜその一般的な猫の名前を選んだのかが不思議なんだ。もともと呼ばれていた名前だってあっただろうに」
「ああ、そういうことですか。猫にとって名前などそれほど重要ではございません。使い魔はその存在を隠密にしなければならないことも、間々ございます。ご主人様が私の名前を呼ぶとき、あまり変わった名前では注意をひいてしまうかもしれません。一般的な名前で呼んでいただければ、周りの人間も気に留めないでしょう」
「タマ」という名前は現代では意外と目立ってしまうと思うが、この際それはどうでもいいか。
「人を探して後を追ってもらいたいんだが、できるか?」
「お安い御用です。ちょっとしゃがんでもらってよろしいでしょうか?」
なんだかわからなかったが、言うとおりにした。タマはとてとてと近づいてきて、いきなり右前肢を俺の鼻に当ててきた。肉球の感触の冷たさに、慌てて俺は顔を離した。
「いきなり何を・・・」
返事は頭の中でした。
(これであなた様と私の間に精神的なリンクが作成されました。今後は思考でも会話ができます。探す相手のプロフィールを考えてみてください)
反射的にいろいろなことが思い浮かんだ。真下進という名前、最初に会った時のできごと、学校での出来事、いじめた相手の葬式に行ったこと。
(十分です。早速出かけてきます。恐れ入りますが、ドアを開けてもらえますか?)
言われるがままドアを開けた。タマはドアから出かかったが、急に振り返ってこっちを見つめた。
(そういえば、あなた様のことはなんてお呼びすればよろしいですか?)
(なんでもいいが、王様はやめてくれ)
(ではオーソドックスにマスターとお呼びしましょう)
(それでいいよ)
タマは今度こそ出て行った。とりあえず俺はキャットフード買っとかなきゃと思った。
翌日、朝早くにタマから連絡が来た。
(真下進を発見しました。これからどうしますか?)
(とりあえず尾行をしてくれ。特に、誰かと会うようだったら連絡して欲しい)
(分かりました)
一安心してとりあえず仕事に行く。今回は粗相をしないように気をつけて無難に一日を過ごした。
タマからの次の連絡は6時ごろになった。仕事もなんとか片付いたころだ。
(真下進が誰かを呼び出しました)
(時間や場所分かるか?)
(8時に。場所はちょっと・・・。私の方が地名をよく分かっていないので…。ですが、このまま張り付いていきます。今はまだ、学校にいます。どう移動したか伝えていきます)
(頼む。とりあえずそっちに向かう)
あいつ、ほんとに役に立つじゃないか。いろいろアレだけど。こうなると、こっちもこうしてられないな。できるだけ急いで職場を後にした。
とりあえず高校へ向かう。そこそこ遠いが、時間はまだあるから大丈夫だろう。何かあったらタマから連絡もあるだろうし。
歩きながら考えていた。最初の一人、二人はともかく、三人目は警戒して高いところへは行かないんじゃないか? 進はどうやってあいつらと対決する気なんだろう?
しばらくしてまたタマから連絡が来た。
(どうやらいったん家に帰ったようです。引き続き見張っています)
(了解)
高校を経由してタマに合流した。そこまで行くのにタマに案内は求めなかった。まあ、鼻が利くからな。タマの匂いを追ったんだ。
(中にいるのか?)
とある一戸建ての家の前で、タマに声をかけた。
(はい。まだ動いていません)
まだ少し時間があるな。猫ならともかく、俺が居座っていたら目立つ。
(悪いが、俺が見張っていると目立つから、この先のファミレスで飯でも食ってる)
(分かりました)
食事をする時間は十分に取れた。コーヒーを飲んでくつろいでいるとタマから呼び出しがかかった。
(今出てきました)
(分かった。先行してくれ。少し時間を空けて追いかける)
(了解しました)
10分ほど空けてから会計をして外に出た。
タマの次の連絡まで大して時間はかからなかった。
(前方に誰か待っています)
(分かった。すぐに追いつく)
俺は眼鏡をポケットにしまい極力音をたてないように全力で走った。すぐに道の真ん中をタマが塞いでいるのが見えたので、そこからは歩いた。
タマは無言で、マンションの傍の児童公園の入り口付近に俺を導いて、前足で前を指して見せた。
二人の人影が言い争っている。真下進と、もう一人はあのいじめの現場にいた学生だ。声を潜めてはいるが、俺の耳には聞こえる。
「お前があいつらをやったのか?」
「そうだ、と言ったら・・・?」
定番なやりとりだな。もっとも、高校生二人にこんなシーンでオリジナルなセリフを求めるだけ無駄か。
「きっとあいつらは油断したんだろう。俺はそんなことはしない。警察に突き出してやる」
と、言った方が相手に飛び掛かった。しかし、その目的は達成できなかった。そいつの体が宙に浮かんだのだ。
「俺をどうするって?」
地面に立っている方が言った。とうぜんこちらが真下進だ。これがあいつの持つ力か。確かに神の力と言えるようだ。要は、俺と同質の力だ。改めて言っておくが、俺たち怪物の力も結局は神々と同じものだ。なぜ彼が急にこんな力を使えるようになったのかはわからないが・・・。
体を持ち上げられた方はじたばたもがいた。しかし、空気をかき乱す以外の効果はない。
「なんだよこれー!」
声は半ば悲鳴だった。
「これは神の力だ。俺は神の血を引く英雄だったのさ。貴様らのような悪を討つのが俺の役目さ」
進が言うと、もう一人の体は急激に上昇した。そういうことか。
俺は走り出すと同時に、タマに意識を飛ばした。
(タマ、しばらく進の動きを止められるか?)
(準備がありませんので、10秒ほど目を見えなくする程度のことしかできませんが・・・)
(十分だ)
上昇した学生の体は、マンションの屋上付近まで上がると向きを変えられ、すぐに落下を開始した。向きは、丁度マンションから飛び降りたかのような向きに変えられている。1回目、2回目は本当に突き落したのかも知れないし、今回と同じように下から持ち上げられた可能性もある。いずれにしろ、やったのはこの真下進だろう。
進の方はタマにまかせ、俺は落下する学生の真下から跳躍した。
よく映画などで、ヒーローが落下するヒロインを地面ぎりぎりで受け止める場面がある。しかし現実にそんなことをしていたら、衝撃を吸収しきれず、結局死なせてしまうことになる。そうしたヒーローの周囲には
感覚で飛んだが、相手の落下スピードがあまり上がらず、こちらのスピードが重力で十分殺せるタイミングで捕まえることができた。しかし、このまま落ちてしまってはなんの意味もない。
幸い相手は気絶している。左手で抱え、右手をマンションのベランダの方に伸ばす。
が、届かない。
そこで奥の手を使った。右手に意識を集中すると、右手から鈍く輝く半透明の獅子の前肢が伸びる。オーラみたいなものと思ってくれて構わない。前肢はベランダの手すりを捉え、それに支えられてぶら下がり、落下は止まった。
すぐに奥の手を解除し、次の階の手すりに、今度は自分の手でぶら下がる。同じように一階、一階と落下速度を殺しながら降りて行った。最後は二階ほどまとめて降り、学生の体を抱え直し、そのまま全速力で走り出した。
(タマ、もういいぞついてこい)
(了解)
適当に走ると、嗅ぎ覚えのあるにおいがしたのでそちらに進路を向けた。すぐに葬式の時に会った女刑事の前に出た。今度は別の、ちょっと年配の男と一緒にいる。おそらく同僚だろう。
二人の顔に驚きが浮かんだ。
「あなた、一体どこへ行ってたの?」
姫野刑事が言った。そのセリフから察するに、どうやらつけられてたか。俺が一番胡散臭かったとみえる。まあ、無理もない。俺が全力を出した時点で振り切られて探してたってとこだろう。タマの匂いを追ってたし、相手は風下だったので匂いに気づかなかった。
「真下進がこの子を殺そうとした。あいつをいじめてた相手だ。気絶はしているが、怪我はしていないはずだが、一応医者に連れて行ってくれ」
「本当?」
俺は抱えていた相手を二人に押し付けると、早々に逃げ出した。後ろから待ちなさいとかなんとか、叫ぶ声は聞こえたが完全に黙殺した。まあ、とりあえずできることはした。後は明日だ。
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