第3話 怪物と英雄と
アルテミスとの思いがけない邂逅の日の午後、俺は休みを取って、昨日のナイフを持って北高に向かった。授業は終わった後だが、当然部活の高校生はまだ残っている。たかが10年ほど前のことだが、それでもなんとなく自分の高校生活を懐かしく感じた。もっとも、俺は純粋に帰宅部だったので、このくらいの時間にはとっとと家に帰っていたけれど。ほら、スポーツするのは加減が難しいだろう? 運動部に入るには才能があり過ぎた。逆に文化系の部活の方は残念ながら才能が皆無だったのだが・・・。
玄関の受付で真下進の担任を呼び出してもらった。いつもの窓口のとびっきりの営業スマイルを見せたつもりだったが、思い切り不審そうな顔をされてしまった。
一応、応接室に案内されて、お茶を出された。結構待たされた。裏で対策でも練っているのだろうか? とことん不審者扱いか? まあ仕方ないか。
ようやく入ってきたのは二人だった。比較的年配の男性と若い男性。おそらく若い方が担任で、年配の方は学年主任かなんかだろう。
立ち上がって挨拶する。
「お忙しいところすいません」
「いえいえ、お待たせしました。私は教頭の大原と言います。こちらが真下君の担任の須賀先生」
年配の方が言った。
「須賀です」
座るように促されて、俺は座った。続けて二人が腰を下ろし、教頭の方が切り出した。
「真下君のことでお話があるとか」
どう切り出そうか一瞬考えたが、一番の核心から告げた。
「実は、昨日真下君がいじめられているのに行き会いました」
ざっと昨日の出来事を話した。もちろん、俺の超自然的なところは省いてだ。そして最後に、加害者の側が残していったナイフをテーブルに置いた。
「これがその時のナイフですが、ちょっとこれは穏やかではないですね。すぐに警察という選択肢もあったんですが、個人的にはなんでも警察っていう最近の風潮に異論があるんで。やっぱり、学校内で解決できるのなら、それが一番いい」
「そのいじめていた相手と言うのは・・・?」
「顔は見ましたが、名前はわかりません」
「まあ、それはそうですね。」
俺は教頭の表情に微妙な違和感を感じた。ちょっとつついてみるか。
「でも、こんなナイフを持ち歩いているような生徒、学校のほうでまったく気づいていないとも思えないんですがね」
二人の表情が強張った。どうやら少しは状況を把握してるのか。
「ある程度事態を把握してはいるようですね。だったら早く対応をした方がいいのではないですか? 昨日のはかなり行き過ぎていたようですか?」
二人は顔を見合わせ、教頭の方が頷いた。
「申し訳ないですが、これ以上はお話しできません。しかし、今回お知らせいただいたことには感謝いたします。私どもも生徒たちのために一番いい方法を探っておりますのので」
『自分たちのためにじゃないの』なんて嫌味は言わない。お互い大人だからな。思うに任せないことが時にはあることはこちらもよく分かっている。頭から彼らを批判しても仕方ない。とりあえずは彼らを信用することにしよう。
「まあいいでしょう。私は市役所に勤めていますので、必要があったら連絡してください。
いじめてる側も生徒ですからね。学校としては、彼らのことも考えて当然だと思います。
ただ、自分たちの手に負えないと判断したらすぐに外部に助けを求めるべきだと思います。そういうところは、いじめられている生徒も同じかもしれないですね。」
俺は立ち上がった。二人は安堵の表情を浮かべた。
「あなた方がうまく解決できることを心から期待していますよ」
とりあえずそれだけ言って外に出た。
まだ外は明るかった。俺が口にしたことは本心だった。しかし、なぜかなんとも言えないもやもやとしたものが、胸に巣くって離れなかった。
4日ほどたった。職場で通りかかった際、ちょっと年配の同僚が挙げた唸り声に注意を引かれた。
「いったいどうしたんですか?」
彼は見ていた書類から顔を上げた。
「いや、今受けた死亡届、高校生くらいなんだ」
俺は首をかしげた。
「でも、そのくらいの子の死亡届だって、出てきてもおかしいわけじゃないでしょ?」
「確かにな。でも、昨日も同じくらいの子の死亡届を受けたんだよ。さすがにこんな若い子の死亡届を続けて受けるなんて、いろいろ考えちゃってな。」
「なるほど」
確かにそういう状況なら「人生とは」的なことをいろいろ考えたくもなる。ただ、俺は別の意味で「高校生くらい」というのが気になった。確かめてみるか。
翌日の新聞のお悔やみ欄を見て、この町の高校生くらいの年の子を探す。幸い近くの葬儀社でお通夜をやるらしい。仕事が終わったら行ってみることにする。
その日は仕事にやや集中力を欠いた。入ったばかりの年下の女の子に何度も間違いを指摘されて呆れられてしまった。
まあとりあえず、ミスは忘れて気になることを調べてみよう。仕事が終わるや否や、すぐに家に帰って喪服に着替えた。無駄な出費になるが、手ぶらで行くわけにもいかないので香典も用意した。
通夜の会場の外には結構大勢の人が来ていた。制服の高校生もちらほら見える。おそらく同級生なんだろうな。予想通りと言べきか、北高の制服だ。人ごみの中に、見覚えのある人間を見つけた。学校で須賀と紹介された真下の担任だ。早速俺は彼の元へ向かった。うまく話を聞ければ、受付で香典は払わないですむ。
「こんばんは」
声をかけられて振り向いた須賀は驚いた顔で俺を見つめた。
「なぜこんなところに・・・」
ごもっとも。しかし俺はその問いを無視した。
「亡くなったのはやっぱり北高の生徒だったんですね。ひょっとして、真下君をいじめていた子の一人なんですか?」
須賀の沈黙は肯定を意味していた。
「もうひとり亡くなった高校生もいたようですが、その子もやっぱりいじめ仲間だったんですか?」
須賀はがっくりと肩を落とした。
「そうなんですよ。私には何がなんだか・・・」
「まさか須賀君がやったとか・・・」
「わかりません・・・」
「二人はなんで死んだんですか?」
「転落死です・・・」
そういうことなら、あの進って子にやれないこともないか・・・。しかし、急に大胆に反撃するというのも少し不自然だ。
須賀の口は思いのほか軽かったな。混乱してたんだろう。俺が事情を知っていることも分かってたしな。必要なことは十分聞けた。落ち込んでいる須賀を残して、俺は会場を後にした。
いや、しようとした。葬儀社の敷地から出ようとしたところで声をかけられた。
「すみません、確か、あなたは市役所のかたですよね」
ハスキーな女性の声に振り向くと、ショートカットにパンツスーツの美女が立っていた。彼女はショルダーバックから何やら出すと、俺の目の前に示した。警察バッジ。
「北署の姫野です。ちょっとお話を伺いたいんですが」
まあ、断る理由はない。きちんと彼女の方に向き直った。
「なんで俺のことを知ってるんですか?」
まずはそこから聞かないとな。
「仕事で市役所には何度か行っています。その時拝見しました」
やばい、こっちはぜんぜん覚えてない。もっとも、刑事は職業柄人の顔を覚えるものなのかもしれない。
「お焼香しないんですか?」
う、一瞬言葉に詰まった。行動を見られていたのなら、不審に思われても仕方がない。いじめられてる現場を見つけたところから、一部始終を話した。
「たまたま高校生の死亡届が重なって出されたんで、そのいじめてた子じゃないかと気になったんです。お悔やみを見てここに来たものの、先生とお話して、やっぱりいじめていた彼らしいことが分かったんで、そういう相手にお焼香するのもどうかと思い直して、帰ろうとしたわけです。まあ、好奇心を満たすためだけと言われればそれまでなんで、不謹慎かもしれませんが」
「なるほど」
メモを取りながら彼女は言った。
「筋は通っていますね。あ、ごめんなさい。普通と違う行動をした人は、一応疑ってかからないと」
「事件性があるんですか?」
思い切って聞いてみた。
「今はそれを調べている段階ですね」
「いじめのことはもう聞いていましたか?」
この質問の回答には、ちょっと間があった。
「ええ、先生方から聞いてはいます。ただ、それが今回の死亡事故に関係があるかはまだわかりませんね。
そのいじめられていた子が犯人とお考えですか?」
「その可能性はあるなと心配になったわけです」
「ありがとうございました。ちょっと後回しになってしまいましたが、お名前を聞かせてください」
俺が名乗ると、彼女はメモを閉じた。
「また後でお話をお聞きするかもしれません。その時はよろしくお願いします」
一礼して彼女は立ち去った。俺は家路についた。
自分のアパートに戻ると、携帯に予め登録しておいた電話番号に掛けた。
「はい」
女性の声が出た。そこで俺ははたと止まった。いったいなんて名乗ればいいんだ?
「誰ですかー?」
相手が催促する。
「その、ネメアの獅子です」
我ながら間抜けな名乗りになった。
「市役所の人が女子高生が申請書に書いた電話番号に電話してくるのって、よくないと思うんだけど」
そう、電話の相手はアルテミスだ。
「まったくもってその通りだけど、今回は昔馴染みだってことと、緊急事態ってことで許してほしい」
「昔馴染みっていうのは微妙な気がするけど、緊急事態ってことで、お話くらいは聞いてあげるわ」
確かに、前世では直接会ったことがない。こういうキャラだってことは初めて知った。
俺はかいつまんで事情を話した。
「というわけで、二人の高校生の死にはそのいじめられてた子が絡んでるんじゃないかと思うんだけど、手詰まりで。仕事もあるし、尾行して回るわけにもいかない。しかし、まごまごしてると次の犠牲者が出てしまう。そこで所謂、神頼みってやつをお願いしたいと思って」
「なるほど。確かに緊急事態ではあるわね。子供の命が係わるっていうのでは、私としてもほっとけないわね」
一応補足しておくと、アルテミスは
「実を言うと、最近神の力が使われた形跡があるのよ」
「とすると、あなた以外の他の神が地上に来ているということですか?」
「そんなはずはないし、使われた力っていうのが神の力としては極端に弱いものなの。使ったのはよっぽど弱い神か、もしくは英雄ってとこね」
「英雄・・・」
「もちろん英雄の意味は分かるわよね。私の言っているのは神の血を引く人間ってことよ。トロイア戦争で多くの英雄が死んで、現代にはそれほど色濃く神の血を継いだ人間は残っていないはずだけど、先祖返りしたとか、英雄が再び生まれる可能性はゼロではないわ」
「そうすると真下進が英雄で、なんらかの神の力を使って二人を殺したというわけか・・・」
「もちろん単なる可能性の問題。神の力を使ったのは別の誰かかもしれないし、他のことに使われたのかもしれない。ただ、あなたの言った可能性もゼロではないわね」
沈黙が流れた。考えた末、俺は言った。
「神の力が使われたら連絡をもらえないか?」
「それじゃあ間に合わないわよ」
「確かに・・・」
再び沈黙。今度それを破ったのはアルテミスの方だった。
「そうだ、一人使える子がいるわ。すぐに連絡してあなたのところに行かせるから」
「助かる。どんな相手なんだ?」
「行けば分かるわ。後は直接話してちょうだい。それじゃぁね」
こちらが返事を返す間もなく電話が切れた。しばらく電話を見つめていたが、やむを得ずしまった。とりあえず、待つしかないか。
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