第17話 視線・死角
ドクとオルガは島の南東にあるバルバレ遺跡へと赴いていた。
バルバレ遺跡はかつてこの地に根付いていた宗教施設があった場所で、円形に整えられた石垣を中心に原始宗教の痕跡が残っている。
「まったく、あのエロ館長(許可を取りに行った島の歴史資料館)、私の事をとんでもない目で見てきたわ!」
砂利道を進むレンタル馬車(この島ではほとんど自動車は走っていない)の中で、オルガはぷりぷりと怒っている。
「よくいるんですよ。自分は知的階級で社会に頭脳で貢献しているから、セクシーな女性は身体的快楽を供給するべきだって考える人……。これ、シャレじゃあないですよ?」
「イカれてる!私はあのエロジジイのために自分を磨いているわけじゃないわ!」
「ある分野で成功した人は、自分の考えを否定してもらえる機会が極端に少なくなりますからね。特に高齢になると、ああいう勘違いを起こしやすいんです」
ドクは第三者的視点からこの事件を分析し、冷静になってもらおうとした。
しかし、オルガはその口調が気に入らないらしい。
彼女にしてみれば、「貴様は第三者なのか!」と言いたい(理不尽極まりないが)のだ。
「冷静ね」
ドクは、彼女の機嫌を損ねているのが自分だと気付けない。
そりゃあそうだ。
「???」
前方直視のドクにジロリと鋭い視線が突き刺さる。だが、沈黙は雄弁よりも尊ばれると彼は信じていた(特に女性に対しては……)。
「あなたは私がドエロイ目線で舐めまわされても、そんな感じなのね」
「!!??」
「あ~あ、嘘でもいいから『俺の女をそんな目でみるな』とか言える甲斐性はないのかなぁ~」
「!!!!!」
ちくちくと刺さる攻撃――それでも馬車は平がる牧草地を眺めながら進んでいく……。
見晴らしの良い高台――。
この島にある数少ない観光地として、バルバレ遺跡は整備されている。
学校の校庭ほどの敷地には高さ3メートルの柵がめぐらされ、入り口は料金所を兼ねる一カ所だけだ。
「大人二人。あと、これは歴史資料館の許可状です」
ドクは硬貨2枚と、A4サイズの紙を受付に置いた。
不愛想な受付の老婆が、怪訝な目つきでドクと許可状を見比べる。まるで「こんなところを研究するなんてありえないから、こいつは悪人に違いない」とでも言いたそうだ。確かに、この遺跡は歴史学者にとってはあまり重要な場所ではない。だからといって、そんな目つきで見なくてもいいのに、とドクは思った。
受付を過ぎると、円形の窪んだ敷地のへりに出た。ここからだと中央の祭壇が一望できる。祭壇は簡素な石造りで、風化と塩の影響から白く輝いて見える。周囲には何らかの意図を持って並べられただろう巨石群があるが、それを説明できた研究者はいない。
ようするに「原始宗教の痕跡なんだろうが、よく分からない石の集まり」というのがこの遺跡の一般認識だ。キャリアに傷を付けたくない研究者は絶対にここを研究テーマにしないだろう。
「じゃあ、僕は調査に入りますから、オルガさんは周囲の警戒をお願いします」
オルガは黙ってうなずいた。
当初の打合せ通り、オルガが最遠部で周囲を警戒し、その間にドクが遺跡を調べることにする。
ドクは歴史資料館で見た内容を思い出しながら進んだ。
―――――――
ドクは思いを巡らせる。
さすがにバルバレ遺跡の存在は知っていたが、あまり詳しくはない。頭の中に入っている知識の大部分は、許可を取りに寄った歴史資料館のものだ。つまり、基礎知識は一般人レベル。ここで成果を上げるには、今まで培ってきた「勘」を総動員する必要がある。
ドクは周辺を歩き始めた。
足と頭は直結しているというのが、彼の持論だからだ。
「地形……生活……宗教……歴史……」
一つづつ頭の中で整理していく。
あせってはいけない。
地形……
海底火山の隆起で生まれたこの島は、溶岩の硬い岩盤によってできている。土の層が少なく、耕作には向かない。しかも、この海域は内海には珍しく天候が荒れやすい。潮の流れも複雑で、漁業をするにも危険が伴う。
つまり、最初に定住した人間は、もっと大きな危険性を避けるためにここへ辿り着いたと推測される。
生活……
決して楽ではなかったはずだ。
家畜が持ち込まれたのは教会によってだから、それ以前は安定した食料の確保は難しかっただろう。視覚的にも陸から目に入る島だけに、外部からの侵入者――ほとんどの場合が敗残兵か、犯罪者だろうが――の対策もとられていたはずだ。友好的な民族とは言い難いだろう。
宗教……
過酷な生活環境下の宗教は、えてして幸福を与える神ではなく、怒れる神であることが多い。おそらく、人口のコントロールもしていたはずだから、生贄という制度が残っていた可能性もある。
歴史……
教会の正史では、この島は教会によってパンと山羊の乳が施され、神の御業を知ったとされているが、そんなものは中学生だって信じない。
貧困、閉鎖的で攻撃的な住民、原始的な宗教。これだけ条件が揃えば、間違いなく教会は粛清と称して武力行使を行っただろう。この地に教会が入った年代が、旧教と新教の対立時期というのも信憑性がある。
ドクは足を止めた。
目の前には祭壇がある。
直系5メートルほどの円形の台。
登ってみると、ここに単純な舞台装置があることを知る。
すり鉢状になっているので、自然と視線が中央に向かうのだ。舞台の大きさも視線が散らばらず、かつ、動きを阻害しない程度でちょうどいい。
おそらく、ここに立つ人間はこの土地で絶対的な権力を持っていたはずだ。食うに困る生活をしていれば、道具の発明や思想の発展に回すエネルギーは無い。原始宗教の原理が、全ての思想哲学であったと推測される。
じゃあ、そこに新しい宗教を根付かせることができるか?
難しいだろう。
この島の面積を考慮したら、人口は……。
嫌な予感がドクを襲った。
もし、仮説が正しければ、妨害をしてきているのは超国家組織。いつ、だれが敵になるか分かったもんじゃない。
「オルガさん!」
ドクはオルガを呼ぶ。
彼女は受付の傍で周囲を警戒していた。
――それじゃあだめだ。
すり鉢状になっている中央からは、へりに立っているオルガしか見えない。その後ろは死角なのだ。
「オルガさん!」
もう一度、声をかける。
彼女はこちらに気付き、軽く手を上げる。
――そうじゃない!警戒しなくちゃならないのはソコじゃないんだ。
オルガを呼び戻そうと声を上げようとした時、彼女の姿が突然見えなくなった。ドクは遅れた事を後悔しつつ、全力で走った。
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