第16話 素直が一番

「頭の固い田舎警察の事情聴取には付き合えないわ!」

 オルガは鼻息を荒くした。

 しかし、そうも言ってはいられない。

「そうは言っても、連絡しないわけにはいかないでしょう。我々はあんなに目立つ形でこの島に入っているんですよ。すぐ足が付くに決まってるじゃないですか」

「ああ……何で私は汎用機を借りてこなかったんだろう……」

 カッコつけて派手な式典用戦闘機を選んだのはオルガだ。何のためにカッコつけたかはここでは触れない。

「それにしても、銃を使用しないで四人も殺すなんて……なんだか嫌な予感がするな……」

 ドクはベッド上で横たわる、仲間になるはずだった男性を見つめながら言った。一言も喋った事の無い人間の死体というのは、下手クソなオペラのようで非常に気持悪い。


 そんな中、リリーは冷静に見分を進めていた。

『ドク、ほれ、そこ見てみ?』 

「なんですか?」

『死斑があるじゃん』

「よく分かんないですけど……これですか?」

『そう。血が溜まりやすいところに出てるでしょう?だけどね、顔に出てるのは死斑じゃないのよ。溢血点って言ってね、窒息死とかの時に見られるの』

「そう……なんですか?」

『しかも、死体は従業員を除いて全員がベッド上でしょう……。ちょっと、従業員の所まで行ってくれる?』


 リリーの要請で、ドクは2階廊下で倒れている従業員に近付いた。


『やっぱり……』

「何がですか?」

『いや、死因が違うのよ。ホラ、この人は頸部に打撲痕があるでしょう?殺意があったかは微妙だけど、沈黙させようとして打撃を加えたのは事実ね』

「……従業員を撲殺してから、寝ている人達を柔らかい枕かなんかで殺して回ったってことですか?」

『順番は逆かもしれないけどね。いずれにしても、私なら睡眠薬を使うわ』

「そうすれば少人数でも行えますね」

『ただ、その場合はこの宿をウロウロしてもおかしくない人間じゃないと無理……つまり宿泊客の可能性が高いってことかな』

「宿帳を見ましょう。ついでに警察へ電話もしてきますよ」

 

 1階に降りようとするドク。

 それをオルガが引き留めた。

「ちょっと、こんな所に1人で置いてかないで……」

 オルガの指はドクの袖を(ものすごい力で)掴んでいる。

「あの……痛いんですが……」

「だって、しょうがないでしょう!死んでるのよ!しかも殺されてるのよ!」

「まあ、そうですけど……って、軍人さんが死体にビビッてちゃあダメじゃないですか?」

「私はパイロットなの!直接死体に触れる機会なんてないわ。それより、なんであなた達――リリーさんは分かるとしても――ドクまで平然としていられるの?」

『聞き捨てならないわオルガちゃん、ちょっとお姉さんとお話しようか!』

 リリーが抗議の声をあげる。

 ドクは「ハイハイ」とリリーをいさめた。

「文化人類学自体が遺体と接触する機会の多い仕事なんです(まあ、調査地がろくでもなかったというのもありますが……)。歴史学者なんかと一緒に遺跡の発掘現場なんて行きますし、法医学者と一緒に死因を検討することもあります。あ、もちろん遺体は骨になってますよ?だから、リリーさんみたいに医学的な視点からは見る事はできません。ただ、そんな仕事をしているもんで、死者を見ると死因について頭が飛んで行ってしまうんです。まあ、職業柄ってヤツですよ、たぶん」


 オルガは変に納得してしまった。


『法医学者とのつながりね♪』

「うるさい」

 ドクは階段を下りて受話器を握った。



 ……



 結局、警察へは全て話をする方針で決定した。オルガは最後まで渋っていたが、ドクとリリーが「警察の監視下に置いてもらった方が安心だ」と主張したため折れた。

 ちなみに、到着した警察官の面々を見たオルガは「頼りなさそう」と一蹴した。だが、彼等を責めるには及ばない。こんな小さな島じゃあ、事件事故などそう起きるものでもない――つまり、慣れていないだけなのだ。

 だから当然、殺人事件の捜査など出来る訳がない。よって、その日は本庁へ応援要請をするのみだった。


 一軒しかない宿にトラブルが発生したため、ドク達は駐在所の離れを貸してもらうことになった。観光客が事件を起こした時など、以前からこういう措置(ゆるやかな拘束といったところか)をとっていたらしく、こじんまりしていながらも不自由はなかった。


 翌日、本庁から捜査員が到着し、実況見分が始まったが、ドク達の身元とアリバイがはっきりしているということですぐに開放された。連絡先を教えただけで、自由に島を出ていいとのお墨付きももらった。

 ただ、ドク達の研究内容を信じてもらえたかは微妙だ。隠さず話したが(多少はをとって説明はした)、聴取を取っている警察官の口元にいは嘲笑の影が見えた。



そして夜――。


「これからどうするの?」

 

 照明も落とした後、オルガはソファで寝ころぶドクに向かって尋ねた(この小さな部屋にはベッドは一つしかなく、当然、ドクがソファ行きとなっていた)。月明かりだけが室内の輪郭をかたどっている。


「調査を続けますよ?」

 何言ってんだ?とばかりにドクが返す。

「どこを?」

「ここ」

「この島を?」

 オルガは思わずベッドから上半身を起き上がらせた。ドクが頷いているのを、シルエットで理解した。

「あのエロジジイの持論だと、この島は『意図的な戦争の始まりの場所』である可能性が高いそうです。遺跡って形では残っていはいないようですが……」

「じゃあしばらくはここに泊まるの?」

「はい。その件については警察の方に了解をとりました。あ、でもただじゃあないですよ。ちゃあんと払います。まあ、宿代としては破格だし、野宿よりはマシでしょう?」

「まあね」

 テントも準備品にはいっている。

「明日は島の南東にある歴史資料館を訪れます。そこで調査許可を取って、できれば明後日ぐらいから本格的な調査が始められたらいいですね」

「許可をとるの?」

「形だけですよ。誰だって自分の庭に他人が入ってきたら嫌でしょう?許可というより、挨拶みたいなもんですね」

「この世界も面倒臭いしがらみがあるのね」

「人と人のつながり自体が面倒臭いんですよ。でも、それを嫌がっていたら何もできない。社会とは人間同士のコミュニティを指すのであって、法規や思想を示すものではないですから」

 オルガはニヤケ顔でドクを睨む。

「またアルドベック先生の特別授業が始まった」

「……寝ます」

「嫌とは言ってないでしょう~」

「やりずらいわ!」

 フフフとオルガが笑う。

「まあ、この寝る準備が完全に整った状況じゃあ、最後まで聞けない可能性が高いもんね。明日、だね」


 ドクは体をオルガとは反対側、つまり背もたれ側に向けた。


「おやすみ」

「おやすみなさい」



 …………







「ところで、つながりのある法医学者って女性?」


 ドクは寝たふりをきめこんだ。

 でも、もしかしたら体がビクッとなったかもしれなかった。

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