第15話 感覚の違い

 ボルド島の中央付近に位置する高台の滑走路に、銀色の機体が着陸したのは朝の8時頃だった。

 農業と、漁業、ちょっとした観光業しか産業のないこの島では戦闘機は異様に映る。ただ、空を見上げた人はわずかだ。彼等にとって重要なのは目の前の穀物であり、魚なのだ。


「ん~~~流石にホッとするわ~」

 金属製の機体から滑るように降りると、オルガは天に向かって大きく腕を伸ばした。空は高く青い。

「死ぬかと思いましたよ……もう、飛行機は当分いいです……」

 ドクは飛行機から降りると、しゃがみ込んだ。

「大活躍だったじゃない?」

「リリーさんがね。僕は糸を出しただけですから」

「あんな武器を隠してたなんてね。まったく、油断も隙もない」

 ジロリとにらむオルガ。

「わざわざ言うことでもないでしょう?」

 ドクは苦笑いで返した。

 すでにリリーはオフにしていた。今後、彼女の力が必要になる場面が多くなるとの判断からだ。無駄話で稼働時間を潰せない。



 C班の集合拠点は、滑走路から海に向かって少し歩いたところ――この島で唯一の宿である「海猫亭」である。二人は並んで歩きだした。

 

 のどかな一本道を、のんびりと進む。

 すれ違うのは羊だけ……。


「……」

「……なに?」

 視線を感じてオルガの眉間に皺が寄る。

「……いえ……」

 ビビったドクが視線を外すと、オルガの手が伸びた。

「痛っ!!なにするんですか!」

「いや、何が言いたいのかなぁ~って……」

「あんたは聞きたい事があるとき、人をつねるのか!っていうかどんな握力してんだ!オラウータンもびっくりの――痛ーー!!」

「ああ、ごめん。そんで、何が言いたいのかな~って」

「こ、の鬼軍曹!」

「残念。私は軍曹より上級職よ」

「じゃあ鬼は認めるんだ――っゴブっ!!……お……おい……グーは反則だろう……」

 的確な角度の一撃で、肝臓が持っていかれたらしい。

「そんで?」

「……な……にが?」

「何か言いたかったんじゃないの?」

 ドクは目の前の女性の攻撃力をいまいち整理できずにいる。なぜ、あの容姿でこの攻撃力を持つことができるのか。

「……まあ……あるっちゃあ、ありますが……」

「聞きます」

 ドクの口角が引きつる。「聞きますよ?」とか「聞かせて?」なら分かるが、この流れで「聞きます」と言われた経験値はない。

 なんだその断定は。


 ドクが困惑していると、オルガの右手が(またもや)拳へと変化した。次は頭を狙われるかもしれないという恐怖感が襲う!

「わかりました!グーは駄目ですよ!、落ち着きましょう。ね、そう、言いますから。ね、拳は下ろしましょう?いや、僕が聞きたかったのは、その、オ、オルガさんは何処まで、その、僕に付き合ってくれるのでしょうか?って話で、ホラ、日常の任務もあるでしょうし――」

「何が言いたいの?」

「つまり……そろそろ帰られた方が――」


 ドクはできるだけ穏便に言ったつもりだった。


 しかし、彼女には違って聞こえたらしい……。


 

 ……



 

「あ、あそこじゃない?ホラ、看板が出てる」

 オルガはドクの手を引いた。

 なるほど、百メートルほど離れた道沿いに、青い二階建ての建物が見える。軒には白いベンチと看板が見えた。

「ちょっと……そんなに引っ張らないで……まだ、二発目のダメージが……」

「大げさな」

 ドクはビックリしてオルガを見つめる。

 オルガは「何よ」と睨み返す。

「……我々には大きな認識の隔たりがあるようですね」

「じゃあ、それは徐々に取り除いていかなないとね♡さあ、行きましょう?」

 ドクは色々とひきずられながら進んだ。

 ああ、悲しきは男の性か。美人という地雷に片足を突っ込みつつある。




「すいませ~ん」

 よそ行きモードに切り替わったオルガが、愛想よくドアを開けた。だが、返事はない。

「どなたかいませんか~」

 1階は例によって食堂になっているらしく、バーカウンターの奥にテーブルが並んでいた。しかし、閑散として、人の気配がない。

 ドクが「誰もいないんですか?」と顔を突っ込んだ。

「……」

 ドクの顔が微妙に歪んだ。


「すいませーん?」

 前に進もうとするオルガをドクがいさめた。

「オルガさん……駄目だ……」

 ドクの真剣な顔を見て、何かを察する。

「どうしたの?」

「……死体の匂いがする……」

 オルガはすぐさま拳銃を取り出した。ここら辺の対応力は軍人らしい。

「気が付かなかったわ」

「ろくでもない現場が多くて」

 空軍パイロットが死体に出会う確率は少ない。妙な経験値の差である。

「なんで?」

「さあ……でも、朝方に襲ってきた戦闘機も、制空権の問題ではなく僕等を攻撃してきたのだとしたら納得できる気がしますね」

「私達を妨害しようとしているってこと?」

 ドクはうなずく。

「我々は思ったよりも真実に近いのかもしれない――」

 

 オルガは思わずドクの横顔を見つめた。

 彼は複雑な表情をしていた。

 

「リリーさんを起こしましょう。まだ、2時間くらいは稼働できるはずです」

 オルガにも異論はない。

 ドクは右上腕を抑えながら、合図を出した。

『モガモガ、モガ、モガモガガ』

 どうやらリリーの声を抑えるために、服の上から口を押え込んだらしい。

「大きい声を出さないでください。今、待ち合わせ場所に着いたら店主も含めて誰もいないんです。そんでもって死体の匂いもする」

 ドクが解放すると同時に、服越しの、少しくぐもった声が聞こえてきた。

『あらヤダ、物騒ね。さっきも空中戦をしてたじゃない』

「妨害かもしれません」

『可能性はあるわね~。あ、オルガちゃん、そんなに前にでないで、おばさん心配しちゃうわ』

 オルガは苦笑しながら少しさがった。

『若い娘が無茶することはないわ。やるならコイツ。男を見せなさい』

 ドクは巻き込んだ手前、嫌とはいえずに先頭に立った。


『争った痕跡は無いわね』

 壁と床を入念に調べていたオルガが答えた。

「そうですね、少なくとも銃撃戦はなかったようです」

『……臭いからして上かしらね』

「リリーさんは臭いも分かるんですか」

『そうよん。まあ、臭いを嗅げるっていうか、色で認識しているのに近いけどね』

「感覚が違うって、何だか不思議な気がします」

 リリーは「ふふん」と溜息とも鼻息ともとれない音を発して言った。


『感覚の違いはどこにでもころがいるわ。男と女はもちろん、親と子ですらも。でも、それに気が付いている人間は少ない。多くの人間が自分の感覚と他人の感覚との違いに、怒り、悲しむのよ……』

 オルガは上手く返事ができなかった。




 急な階段を上がると景色は一遍した。

 

 まず、廊下に従業員と思われるエプロン姿の男性が倒れていた(ドクが駆け寄ったものの、リリーが死斑を確認した……)。


 死者は他にも3名いた。



 つまり、C班はドクとオルガを残して全滅したことになる……。


  


 

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