第14話 ドッグファイト
ようやく空が明るくなってきた。
茜色が闇を浸食し、境界線が曖昧な紫色になっている。
飛行機はその美しい機体を朝日に反射させながら、心地良い水平飛行をしている。兵器でありながら、その優美な姿は詩的でもある。
ドクの(退屈な)授業がひと段落して、オルガはぼんやりと舵を握っていた。彼女の後方に座る男は眠っているのかもしれない。
オルガはチラリと後方をみやると、後部座席から傾いた頭だけが見えた。ここで「私が運転しているのに、いい度胸ね」と思わないのが彼女の強み。「私が安らぎを与えたのね」と思っている。
まあ、それはそれで迷惑かもしれないが……。
日が昇った事で、連なる島々の姿を確認できるようになった。オルガは地図を取り出して、現在位置を確かめる。
あと1時間もすれば目的地のボルド島に着く――。
オルガはあくびを噛み殺して、機体の角度を若干修正させた。目的地は近い……。
穏やかな飛行――。
しかし、そうは問屋が卸さない。
事態はドク達の想像よりも切迫しており、また真実に近付いてもいた。
つまり、妨害する者の乱入である。
オルガがその影に気が付いたのは偶然以外の何ものでもない(幸運だった!)。
ドクの寝顔をもう一度みてやろうと振り向いた拍子――視界の上方に3機の戦闘機が目に入ったのだ。
偵察機による排他運動かと思ったが、うち2機が左右に展開したことで攻撃態勢に入ったと確信した。こういうのを感じ取る力は理屈じゃない。
「ドク!来たわ!!」
オルガは叫ぶと、操縦かんを右側に倒した。
機体は雲を引きつつ、右方向へ回転運動を始める。
「え?ああ?え?!」
急激なG。
情けない声が伝わるが、ドクが反応できないのは想定の範囲。
重要なのはもう一人の方だ――。
「ドク!リリーさんを起こして!早く!」
今は彼女の冷静な視点が必要だとオルガは判断した。
事実、それは正しい。
ドクは自機の回転運動で気絶しそうであるし、リリーは昨日から起動していないので十分に活動時間はある。
「リリーさん?何で!?」
「いいから早く!!じゃないと20ミリ弾で体を小間切れにされるわよ!!」
「!?」
追尾する敵1機が上方を押さえ、2機が挟撃体制をとっている。
状況は良くない。
だが、希望はある。
『はい、は~い。リリーよ~ん』
間抜けな声が伝声管から伝わってきた。
オルガは苛立ちと安心感を覚える。
「リリーさん!状況説明は必要?」
「んん?ええ~っと……不要ね!相手の機体について分かる事を教えて」
「おそらく、ザンハイザー社の『ハルビンⅡ』。パイロットを保護する鉄板の所為で旋回能力を捨てたから『空飛ぶ棺桶』って言われている。でも、その分、こっちの機関砲じゃあ致命傷は難しいわ――」
『オルガちゃん上!』
リリーの叫び声が響いた。
オルガは敵の位置を確認するまでもなく、機体をさらに右下方へ振った。飛行機は回転をしながら海へと向かって行く。
「――だから、瞬間的な射撃では墜とせないっかな!よいしょ!!」
海面が迫ったところで機首はフワリと平行になる。海面には弾丸による水柱が立った。
『つまり、やつらは被弾覚悟で最短距離を突っ走って来るってワケね』
「さすがリリーさん!どっかのスケベ助教授とは一味違うわ」
大きく旋回しながらオルガは周囲を睨む。
上方で小さく旋回している1機はとどめの一撃用。他機よりも重量のある機体は、重力の力を借りて突っ込んでくるのだ。「せめて後部に機関砲を装備しておけば」と悔やまれるが、ドクが扱えたかは微妙だ……。
『オルガちゃん、敵機をどのくらい引き付けられる?』
「真後ろは無理。旋回しながらなら50メートルくらいかな!」
『ギリギリね……でも、相手も向かって来てるんだし、出来なくはないわね……』
「リリーさん?」
『よし、女は度胸よ。オルガちゃん、できるだけ敵機を引き付けて。できれば2機同時に。この唐変木にも仕事をさせるわ!!ホラ、いつまでビビってんの!!』
作戦は決定した。
オルガは舵を大きく左へ切った。
追尾する2機は旋回能力に劣るため、大きな円を描きながら遅れて近づいてくる。オルガは意図的に速度を落とし、ただし、角度をつけて円を小さくしていく。そうすることで機体は接近するが直線上にはなりにくい。
チャンスは近付きつつある。
80m……
70……
60……
ドクが体を乗り出した。
この男だってやるときはやる。
「リリーさん、糸は粘性で巻き込ませてから、硬質のモノへ変えていきましょう。形状は網状で」
『了解!オルガちゃんに良いとこ見せなさいよ~』
「あれは美人の皮をかぶったド軍人です。君子は危ない所を避けるんですよ」
『じゃあ、ひとまずこの状況を避けましょうか!』
「同感です!」
ドクの義手から糸が放たれた。
粘性の高い糸が右後方に飛ぶ。網状に広がっているので旋回速度の低い機体ではとうてい避けられない。
近い方の1機の回転翼に「ネチャ」っとからまると、そのまま回転する力に任せてどんどん巻き込んでいき、硬質な糸になったところで絡めとられる。
前方から電子イオンを十分に供給できなくなった機体は急減速を始めた。
それを見ていた若干後方を飛んでいたもう1機は、機首を上げて追撃を切り上げようとする。
『オルガちゃん、追って!』
「まかせて!」
減速していたオルガは、そのまま捻り込むように旋回と上昇を敢行。逃げる敵機の腹を眺める。
恰好の餌食。
左右2丁の機関砲が轟音を上げ、敵機を浸食する。
これで追撃していた2機は脱落。
銀色の機体はそのまま上昇しつつ、一回転。真下に「とどめ用」で待機していた最後の1機を捉える。
チェックメイト――。
エンジン部に被弾した機体は、静かに海へと滑空していった。
「まあ、この辺りは島も多いから死にゃあしないでしょう。そこまで面倒は見れないわ」
オルガは機体を目的地に向けた。
もう太陽は完全に登り切っていた。
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