第13話 アクロバット・ド・理論?
銀色の機体は無駄な上下動をしながら目的地へと向かっていた。
後部の座席に乗っているドクの口からは魂が漏れ出ていて、もうなんだか……いろいろ泣けてくる……。
目的地は船で3日。飛行機で半日の距離――内海に浮かぶボルド島だ。そこで、調査チームのC班と落ち合うことになっている。
「……ごめん……やりすぎたかも……」
伝声管ごしにオルガが謝る。
返事はない。
「いや、だって、ホラ、乙女のね、その一大決心を茶化すなんて、本当なら厳罰もんでしょう?そう考えればアクロバットなんて軽いもんよ……ね?」
やっぱり返事はない。
「……死んだかな?」
オルガが真剣に同乗者を海へ投下しようか考え始めた時、伝声管が微かに震えた。
「……辛うじて生きてますから……」
本当に「辛うじて」らしい。
「ああ~よかった――死んじゃってたら、さすがに隠蔽工作に手を染めなくちゃならかったから――うん、やっぱり無理はするもんじゃないわね?」
「もう、どこからツッこめばいいのか、僕にはわかりません……とにかく、近くの陸地に降りましょう?そこから僕は海路で向かいますから……」
「却下」
「なんで?自由な精神とは自由な行動によって保障されるんですよ?」
「自由?何それ、食べられるの?」
「軍人!理不尽!」
「この世界の摂理は理不尽な力の調和よ。隙を見せれば味方にだって背中を撃たれるの♪」
「やばい人だ!正しいかどうかは別として、生温い文明に浸かり切った人種とは混ざらないヤツだ!」
「言わなかったっけ?」
オルガは微笑んだ。
もちろん、伝声管で喋っているから表情は見えない。でも、ドクは確実に鳥肌を感じた。
「混ざる必要なんてない。満たすの――周りに逃げ場なんてないわ♪」
ドクの「降りる――!!」の叫び声は、月の満ちた海上で悲しく消失した。銀色に輝く機体が美しい分、悲壮感は増幅される。
「……ねえ?」
エンジン音が波音と調和している。
ドクは穏やかな水平飛行で、ようやく心の平穏を感じ始めていた。
「無視するとはいい度胸ね。舌を噛まない様に、歯をくいしばりなさい」
「ッ!なんでしょう、お嬢様」
「いいわね、そのお嬢様ってヤツ」
「こ、光栄であります!」
「馬鹿にしてるのを了解したわ。よし、行くわよ――」
機体が右方向に傾いていく……。
「ウソです!すいませんでした!反省してます!!」
「気を付けてね。今、あなたの生殺与奪権は私にあるんだから」
「イ……イエス、マム!」
「……マダム?」
「いえ!そ、それより、何か質問があるんじゃないですか?分かる範囲で何でも答えますよ!」
片眉を上げたオルガだが、そのまま正直に疑問をぶつけた。
「よく分からないんだけど、そもそもあなた達の研究ってどういうものなの?疑っているわけじゃあないけど、今の状況をひっくり返すほどの効力があるものなの?」
彼女は精肉協会の幹部というわけでもないので、ドク達の――キルホーマン教授が行おうとしている計画の全容を知らない。
「オルガさんは我々の研究についてどこまで?」
「戦争には法則があって、それを解明しようとしているとは聞いたわ」
「概ねはそう。でも、それだけなら秘密にはしません、突飛な意見だから秘密にしなくちゃならなかった。じゃないと、正気じゃないって研究予算は切り上げられちまう」
ドクは自嘲気味だ。
どこかで、自らの研究に疑問を持ちたいのかもしれない。入れ込むには斬新過ぎる。
「先は長いですし、寝ないと約束するのなら郊外授業を始めますが?」
「前の授業じゃあイジメられたし、悩むけど――」
「イジメられたは酷い」
「――まあ、これからチームに合流するなら必要な知識よね。お願いしようかな、先生♡」
「虎が猫なで声を上げても、恐怖以外の感情は湧かないぞ」
「その発言には命をかける必要があったわ」
銀色の機体は急上昇を始めた。
(機体の)平穏はドクのプライドを犠牲にして訪れた。なんかもう涙の痕がイタイタしい。
「グスッ……精肉協会は、もともと農業組合の一部でした。農業ってのは軍略の犠牲になり続けた過去がありましたから、根源的に平和へ向かうベクトルを持っています……グスッ……」
オルガの丹精な顔に苦笑いがひっついている。彼女にしてみれば、何も泣く事はないと思っている。
「歴史の悪戯か、エール(人名)という人材が精肉協会を『実力』を持つ組織へと変えましたが、平和を希求するスタイルは今でも変わっていません。事実、彼等は情勢が不安定になると一生懸命安定させようと努力してきました。先の大戦では失敗しましたが、今回こそという思いはあるのでしょう」
「その手段があなた達の研究ってこと?」
「いや、同時進行的な計画の一つってとこだと思いますね。突飛な理論に全てを掛けるほど、あの組織は甘くない」
「突飛……さっきからそういうけど、戦争への法則を研究することが突飛だとは思えないの」
ドクは溜息を伝声管越しに伝えた。
「そう、普通はそうなんです。でも、これから話す僕の話を聞いたら、オルガさんもそうは思わないと思います。僕達は、この話を保身のために話してこなかった。バカと思われたくなかったんですよ」
ドクは師匠であるキルホーマン教授の話から始めた。
「きっかけは、歴史の分岐点に現れる類似点と相違点の分析だったそうです。彼は人間の本質的な部分に、戦争へ向かう性質があるんじゃないかと、生物学的な歴史考証からアプローチをかけました。そして、ある確証を得る」
「キルホーマン教授の話よね?」
「ええ。あのエロジジイは分岐点に『ある独特の精神行動』があると睨んだんですね。そして、それは『キルホーマン理論』として世間に広がった」
「え~と……『平和への希求は人類共通の運動である』だっけ?」
「それは良心的な抽出の仕方だと思いますね。確かに、あのジジイの論文には有名なその文章が書かれていましたけど、本質的に言いたかったのは『平和への希求を阻害する人物の台頭こそが戦争への引き金』だということです。どういうことかというと、人類は何の変化もない生活においては調和――すなわち平和を何よりも重んずる生物ですが、一度『攻撃されるかもしれない』と思うと、神経が恐慌状態になり、攻撃性をあらわにしていく……。つまり、一番最初に攻撃性を示す人物こそが戦争の原因たる存在としているんです」
「それって突飛かな?」
「そう、ここまでは珍しいはなしじゃない。でも、あの人はそこからさらに踏み込んだんです。あの人は今でこそ文化人類学に席を置いていますが、もともとは生物心理が専門の異端児で、ある持論を持っていた」
「生物学……」
「人は他者の意見を譲り受けた方が、自ら生み出した意見より強硬な意志の偏りを見せるという持論です。耳にした事があるかもしれませんが、革命には段階があるってヤツです。まず『思想家』がいて、その後に思想家を継ぐ『過激派』が出てくる。過激派は死ぬから、後は治世に優れた『実務家』の時代になる……。あのジジイはそれを生物学的見地から立証してみせた。そして、その理論はある点へと結びつきます」
「どういうこと?」
「あの人いわく、今まで起きた戦争のう、半数近いものが同一の思考パターンによってコントロール……つまり、一番最初の攻撃的思想を持つ人物――彼等が同一の思考パターンによってコントロールされていたんじゃないかって言い出したんです」
「それって……なんらかの組織が陰で操っていたってこと?」
「あのジジイは、組織じゃないって思っている」
「組織じゃない……個人ってこと!?」
「メチャメチャでしょう?ここ50年の話ならいざ知らず、あの人が研究材料にしていたのは、しっかりとした文献的記録が残っている領域――つまり、ここ千年くらいを対象にしているんですよ?どんだけ長生きなんだって話なんです」
「……それを本当に信じてるの?あなたも?」
ドクは一息、呼吸をおいてから、落ち着いて言った。
「前にも言いましたが、僕は目の前の証拠を無視できない職業についています。常識をぶっ壊して、ただ証拠を眺めた場合、あのもうろくしたジジイの意見が一番可能性が高い『枝』であると言わざるを得ません…………ほら、若干、帰りたく成って来たでしょう?今から僕を下ろして、引き返しましょう?」
ドクの提案をオルガは不気味な笑いでいなした。
「私って尽くすタイプなの。だから、男が困ったちゃんだと燃えるのよ♪」
ドクにとっては、恐怖でしかない。
彼女は間違いなくダメ男に捕まるタイプじゃない。捕まえた男がダメな奴なら、そいつを強制的に変える女だ。
もう一度言おう。
ドクにとっては恐怖でしかない(笑)。
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