第12話 みちづれ♡
「状況が読めない……」
ドクはボンネットに腰かけながらつぶやいた。オルガはそれを見てキラキラしているし、政府筋の男は苦笑いを噛み殺している。
「……愚者の騎士団がなぜ?……つ~かオルガさんがなぜ?……駄目だ、ぜんぜん頭が働かない……」
オルガがドクを小突いた。
「状況把握よりも、挨拶が先でしょうが」
「……お久しぶりです……」
「……それだけ?」
「ああ、え~と、もう一度会えて嬉しいですよ?」
「そう。そういうこと。でも、最後の疑問符はいただけないわ」
ズイと前に出るオルガ。
ドクは視線を外して難を逃れようとしたが無駄だった……。
「どうです?私達の『結社』の名前が分かりましたか」
いたずらそうな顔をして、政府(自称)の男がドクに問いかける。風呂敷を広げた以上、ドクには発言する義務がある。
「う~ん……。古い組織ですか?」
「ええ、それはもう歴史ある組織です」
ドクは働かないと宣言した脳にカツを入れ直した。
「……バルブレアでしょ?……オルガさんの旧領地は葡萄の産地……あのジジイとの接点……否戦力的な秩序を理想……」
どうも情報が少ない。
「ギブアップですか?」
「ちょっと、待ってください。ん~……もう一つ質問を許してもらえますか?」
「いいですよ」
「オルガさんに」
政府マンがオルガに視線を投げかけると、彼女は手を広げておどけてみせた。ドクはそれをOKと認識した。
「オルガさんがその結社に入ったのはいつですか?」
「二年前。最初はなんのこっちゃとびっくりしたけど、私達(軍人)は政党に入ることは禁止されているし、意志表現の場として入会したって感じかな」
ドクは頷いた。
「……『内海共同精肉協会』ですか?」
政府マンは口笛を吹いた。
「さすがです!どうして分かったんですか?」
「いや、6割は勘ですよ。あえて言うなら、バルブレアに容易に出入りできる組織となると数はだいぶ絞れますってとこですか。もしかしたら超保守派をうたう『トーマス・マン同盟』も考えられたんですが、オルガさんが二年前に入ったと聞いたんで……」
「なんで私が二年前に入ると名前が分かるの?」
「血のつながりを重要視する『トーマス・マン同盟』は、親族の紹介で幼少期に入会する事が多い。一方で、平和思想を信条とする『内海共同精肉協会』は思想が確立してからの入会になります」
「なるほど……」
頷いたのは政府マンだ。
「しかも、最近は『愚者の騎士団』内に不満分子が溜まっていると聞いています。最近のバルブレアの傾向が軍事拡張路線なので、彼等が平和を望んで不満を持ち始めている事は予測できる。その点においても『内海共同精肉教会』には矛盾がない」
「すばらしい。キルホーマン教授が信頼するのも分かります。ぜひ、今回の調査に協力を願いたい!」
ドクは頷く。
「ここまで来たんです。乗り気ではありますよ。でも、まだです。詳しい話を聞かせてもらえませんか?」
行政マンは「もちろんです」と意気込んだが、その後ろでオルガは自嘲気味な笑顔を浮かべていた。
「事の発端は、近年の政情不安にあります」
自称政府関係者は語り始めた。
「先の大戦以降、内海周辺諸国は極端な平和路線を維持してきました。まあ、人口の三分の一を失うなど、ペストの流行以来だったのですから当然です。しかし、ここに来てバルブレアが妙な運動を始めました。最新の戦闘機の開発に国費をつぎこんだり、他国の拠点を強引に抑えるなどの強硬策を取り始めたのです。これは異常ですよ?バルブレアの国家運営はとても安定している。軍事から産業への切り替えも上手くいきつつあるし、ここで無理をして他国の反乱を買うメリットはどこにもないのに、防衛費はうなぎのぼりになっている!」
オルガが内側の人間として捕捉する。
「政権も変わっていないし、特別な事件もない。しかし、なんだか不気味なほど最近は右に傾向しつつあるの。新聞も連日、侵略に対する備えを訴えている様な状態。それを受けてか、市民の間にも好戦的な思想を持つ人が増えてきた気がする……」
「そこで、僕やキルホーマン教授の研究に白羽の矢が立ったという事ですか」
「そういう事です。我々はどうしても戦争を止めなくてはならない。まあ、そこにいるオルガさんよりも私達の方が打算的ではありますが――それでも戦争回避に全力を注いでいる点には変わりはありません」
「まあ、そうですよね。今、戦争になって困るのはバルブレアではなく周辺国だ。あの軍事力に対抗できる力はどこにもない」
「バルブレアだって、周辺国の全てを敵に回して戦争できるほど力は持っていないわ。現時点で戦争による利益を得られる国はどこにもない。なのに、世界は戦争に向かって進みつつある……」
「止めなくてはならない。しかし、我々にはそれが何なのかが分からない。ですから、アルドベック教授……是非、あなたの力を借りたい。既にあなた達――キルホーマン教授の研究に賛同する、各国、各方面の研究者達がチームを組んで調査に向かっています。どうか、どうか、お願いします」
頭を下げる男。自己犠牲を伴う意思表示はいつの時代も美しい。
ドクは了承した。
「こちらこそ、是非お手伝いさせてください。出来る事は限られるでしょうが、全力を尽くします」
契約は握手によって結ばれた。
話をすり合わせた結果、すぐに出発した方がいいという事になった。必要な荷物は後から現地に送り、ドクはオルガの飛行機で一足先にチームと合流する手筈だ。
「一度も戻らなくて大丈夫?そんなに急ぐ必要があるの?」
オルガの問いにドクは答えた。
「正直、分かりません。でも、空想に近かった我々の研究が事実に近い所にあるとしたら、急いだほうがいい。というよりも、これだけ出発する条件が整っているのなら、いま出た方がいいって感じですかね。学部長に会ったら、何を言われるか。でも……飛行機かぁ……」
「何よ、私の腕が信用できないっていうの?」
「そういうことじゃあないんですよ。ないんですが……」
「何?」
「高い所がちょっと……」
「怖いんだ♡」
「ええ、まあ……」
ドクは銀色の機体に足をかけながら、政府野郎に提案する。
「今から航路っていう選択肢は……」
「ないですね」
笑いながら政府野郎は答えた。
「だって、今回の件についてはオルガさんが『アルドベック教授を迎えに行くなら私が行く』と主張したんです。それも、かなり無理を言って!ですから――」
「ちょっと!!!何言ってんのあんた!!!」
「だって、そうでしょう?こっちは秘密を軍内でバラすと脅迫までされたんですよ?そうじゃなかったら、わざわざ危ない橋を渡ってバルブレアの軍人さんに調査の足を頼むなんてことはしませんよ。おかげで調整は地獄だったんですから」
「なんのこと?ぜんぜんわかんない!!」
「――というわけで、船って選択肢はないですね。私は帰って休みますよ」
気まずい沈黙の後、ドクが口を開いた。
「え~っと……それじゃあ旅の安全を祈願して、おまじないでもしますか?」
ドクはその後、アクロバット飛行による制裁を受けた。悪ふざけは大概にしなくてはならないという教訓だ。
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