第11話 夜中の滑走路
アイラ大学から車で20分ほどの距離に、大学が実験用に使用している滑走路がある。どうやら、目的地はそこらしい。
――妙だな……。
ドクは思う。
この時代(この世界)、人々の主な移動手段は飛行船だ。飛行機は戦闘機ぐらいにしか利用されていない。
訝しむドクの気配を感じたのか、不愛想な同乗者は久しぶりに口を開いた。
「飛行場である方と落ち合って頂きます。移動はそれからに……」
なるほど、滑走路なら密会には最適だ。どんな話をしても、聞かれる心配がない。
「会うのは僕に依頼した当人――キルホーマン教授じゃないんですか?」
「申し訳ございません。その件については断片的な情報しか聞いていませんので、お答えできません」
例によって、模範解答である。
「了解……。まあ、行けばわかるからそれでいいですよ」
ドクは体を背もたれにあずけて、渡された手紙に視線を落とした。
この明らかに怪しい状況でも、相手の言われるがままになっている理由――。それは、恩師からの手紙だった。
――あの爺さんは中東へ行っていたんだっけか……
キルホーマン教授は昨年の夏、新たに発掘された中東の遺跡に調査へ行ったきり戻ってこなかった。無政府状態が続いている地域であったし、教授の現地調査は周囲の反対にさらされたが、それを押しての出発だった。以来、大学側へも親類筋へも手紙の一つ届かなかったことから、現在は失踪扱いになっている。
しかし、この手紙を見る限り、なかなかどうして元気にやっているらしい。独特の筆跡で「複数のチームを作って調査をすること」と書いてある。
「私どもとしてはキルホーマン教授の意志を色濃く継いでいるあなたに、ぜひ、参加していただきたいと考えているのです」
ドクの眉毛の片方が、くにゃりと上がる。
「方向性が一緒だとは限りませんよ。顔を合わせれば喧嘩ばっかりだったんですから」
「あの方らしい信頼感の表現――私はそう感じますが?」
なかなか言う男らしい。ドクは話題を変える。
「調査内容は?まさか、ここまでやって『信仰と農業』について調べて欲しいってわけじゃあないですよね?」
「ええ。人類の英知には興味がありますが、私どもには時間がありません。アルドベック助教授にはもう一つの方の調査をお願いしようと思っています」
「クソを垂れてからケツを拭く――優先順位ってのは大事ですな」
「ええ、同感です」
車はガタガタと滑走路へと続く悪路を進んでいくところだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ドクと男は、だだっ広い空間に二人で立っている。
ただ、立っている。
周りには何もない。
誰もいない……。
「……」
「……」
「あの?」
「……はい……」
「これは……」
「ええ……まだ着いていないようですね……」
男が懐中時計を見てから少し心配そうな顔をしていたので、ドクは何だかおかしくなった。
「まあ、いいですよ。気長に待ちましょうや」
「そう言っていただけると気が楽になります」
男は素直にそう言うと煙草を勧めて来た。
「いや、やらないんです。でも、あなたは吸っていい。苦になりませんよ」
「では失礼して……」
雲一つない星空に、薄い煙が模様を描いていく。
ドクはそれを綺麗だなと思った。
頃合いをみて、ドクが口を開く。
「あなたは自分の事を政府の人間と名乗りましたけど、政府の意志で動いているわけじゃあないんですよね?どこに所属しているんですか?」
男はびっくりした顔でドクを見る。
「どうしてそう思うんです?政府の人間なら、政府の意志と考えるのが常識でしょう」
「政府が我々の研究に興味があったら、もうちょっと予算が降りてきていますよ」
ドクのどこか吐き捨てるような物言いに、男は苦笑して答えた。
「なるほど……。ですが、私が政府機関に務めている人間だということは間違いないですよ。そして、上司の命令もちゃあんと出ています」
「非公式でしょ?表立って予算を動かす事はできないけど、政府機関や有識者層にネットワークを持つ組織……」
すぐに気が付いたわけじゃない。
この男の態度や手紙から、想像がつながっただけだ。
「もう分かっちゃいましたか。さすがですね」
「それが専門なんでね。この内海沿岸諸国において、思想は『宗教』によって創造されて『結社』によって熟成されました。あの爺さんが国外で発言権を持っているとなると『政党』でもないから――」
男は口笛を吹いた。
「では、私どもの『結社』が特定できますか?」
「これから会う人がどこの国のどんな組織に属しているかで分かるかもしれません」
ドクは見栄を張ってみる。
それぐらいの風呂敷は社交辞令と判断したらしい。
「お手並み拝見ですね」
二人は車に体重の一部をあずけて、星空を眺めつつ遅刻している者を待つ。
会話はそこでとぎれた。
30分ほど経ったころだった。
ドクは煙草の煙で霞んだ空に、中西部の山岳民族が最も大事にしていた「ブダイ」という星を見ていた。一等星の名にふさわしい輝きは、有害な煙ごしでも失われない。
東の空にポツンと浮かぶ恒星。
孤独に耐える姿から「皇帝」と呼ばれる……
……ん?
ドクが目を擦ってもう一度、空を見上げる。
古代文明を紐解くのに天体学は必需品だ。いわばパンツだ。いや、パンツは無くても外出できるから、ノーパンツだ(?)。
だからドクは何度も目をしばたいて「ソレ」を確認した。
しかし、何度見直しても「ブダイ」の横には見慣れぬ光体がある。
「あれは……なんだ?」
光体は動いていた。
もちろん流れ星なんて速度ではない。光はどんどん西に向かって流れて行き、今度はこちらに向かってくる……。
「飛行機!!」
ドクも戦争を間接的に経験している。目的不明の戦闘機を見たら、姿を隠さなければならないというのは悲しい常識だった。ただ、周りには姿を隠せる建物や、木々は皆無。
「おい、戦闘機だぞ!!」
男はドクを見て、ニヤリと笑った。
ドクはその顔を見て、ここは危険だと判断した。男の顔に罠にはめた喜びが見えたからだ。「せめて明かりの灯っていない滑走路の端まで行けば」という思いで走る。
「待て!!」
よく通る声が耳に飛び込んで来たかと思うと、ドクの体はがっちりと後ろから拘束された。体をねじるも、ほどけない。
「クソ!!」
揉み合う内に、飛行機はすでに地面スレスレのとこまで近づいてきている。
近づいてきている?
ドクは首を傾げる。
「大丈夫ですから!あの機体に私達の待ち人が乗っているんです!」
男は必死になってドクを抑えている……。
戦闘機は無事に着陸した。
ビックリするぐらいに銀色の機体で、大きく翼が描かれていた。前方のイオン吸着用プロペラは回転する度に光りを乱反射させていた。
「すいません、飛行機で来る事は黙っていて欲しいとお願いされていたんです」
男はドクを解放し、頭を下げた。
「……飛行機……訳の分からない要望……」
ドクはすでに予感を手繰り寄せている。
コックピットから颯爽と現れたのはやっぱり女性だった。
髪を無駄にかき上げて、ドクの方へ向かってくる。前はヘルメットをかぶりっぱなしだったのに、今回はコックピットの中で髪を整えて降りて来たらしい。
「どうも、久しぶり♪」
ドクの記憶が正しければ、オルガと別れたのはつい2週間前のことだった。ぜんぜん久しぶりじゃない……。
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