第4話 乙女(とても疑わしいが)の過去

『――というワケで、私が魔女認定を受けた時代は秘密。乙女の過去というのは1年経つとパラレルワールドへ飲み込まれるから時間軸がおかしくなるの♪』

 

 ぶっ壊れた魔女が何か言っている……。


『とにかく、私はピチピチでかつ慎ましやかな躰を諦めて、この小さな記憶媒体に知識と意識をコピーして……って聞いてんの!?お嬢ちゃん!!』


 聞いてない。

 オルガは絶句したままだ。

 リリーの顔?を凝視している。

 どう見ても耳からの情報に脳が反応しているとは思えない。


『お嬢ちゃ~ん、聞いてるかしら~?オバさ……お姉さんが恥を承知で自己紹介してるんですよ~、反応ぐらいしないと泣きますよ~……』

 それでもオルガは動かない。

 ドクは恐る恐る肩を叩く。

 そっと叩いたのは相手への気遣いではなく、単純にビビっているからだ。

「あの……」

「え?ハッ、あ、ごめんなさい!あまりの衝撃にちょっとトんでしまって……」

『衝撃?どういうことかしら!?』

「まあまあ、落ち着いてくださいリリーさん。鏡を見れば衝撃の理由が分かりますから」

『!!??』

 さすがにショックを受けるリリー。

 ドクは混乱するオルガに一応のフォローを入れる。

「まあ、いろいろツッコみたい気持ちは分かりますが、彼女の話はおおむね事実です。いや、確かに彼女が魔女認定されたのを僕は見ていませんし、記録も大して残っていないんですけど、時代背景や話を総合的に捉えると嘘は(たぶん)言っていません。(それなりに)信用できますよ」


 オルガは停止していた脳に刺激を与えて、もともとの出力を取り戻そうと努力している。「うう~」と唸りながら頭を押さえる姿がミスマッチで以外とかわいい。


「――ごめんなさい、一度に色々な情報が入って来たせいで理解が追いついてなくて……。ちょっと整理させてもらいたいんだけど、え~と、リリーさん?は教会に魔女認定された女性だったって事なのよね?」

『そうよ~』

「なぜ?」

『美しすぎると罪になるの。美貌罪っていうのよ』

「あの……」

『でも安心して、あなたもいい線いってるけど有罪にはならないわ。私の方が百倍綺麗だから』

「ちょっと!」

『わ、わかったわよ、あなたも有罪レベルには可愛いわ。私には劣るけど』

「そうじゃなくて!!」

『も~、そうやってすぐ怒る。まあ、秘密にしているわけじゃないから言うけどね~』

「じゃあ、からかわないで教えてください。リリーさんはなんで魔女認定を受けたんですか。生贄を異教の神に捧げたとか?子供を食べたとか?」

『失礼ね!そんなんじゃないわよ。私は研究者だったの。それが原因』

「研究者?なんでそれで魔女になっちゃうの?大量破壊兵器を作ったとか?」

『ねえ、ドク。この子殴ってくれない。こっちの手で、グーで、おもっクソ本気で』

 ドクの顔に苦笑いが浮かぶ。

 歪められた知識を持つオルガに対して、その時代を生きた張本人が説明するのは無理がある。

「やりませんよ。倍にして返されるのがオチです。っていうか、そこのところは僕から説明した方がいいでしょう。彼女は当時の魔女認定について誤解もあるでしょうから」

 そう言ってドクはオルガに向き直った。


 先ほど恐ろしい一撃を自分に加えようとした相手だが、こうして正対するとやっぱり彼女は綺麗だと思う。若干のやりづらさと、恐怖を感じながらドクは出張講義を始めた。


「これから僕がする話は学会では常識的な話です。しかし、まだ世間的には浸透していない話ですし、あなたが信じている騎士団の精神とはかけ離れているため、聞いていて心地良いものではないでしょう。でも、どうか先入観なく聞いてほしい。そうすれば真実の外枠がぼんやりと見えて来るはずですから」

 うなずくオルガ。

 ドクも満足そうに軽くうなずく。


「彼女……リリーさんが魔女認定されたのは先の大戦が始まる前。各国の国境にキナ臭い雰囲気が出て来る頃です」

『でも乙女なので年はハッキリと分かりません!』

「……まあそれぐらいだと推定してください」

『よろしい。ドク、非常によろしい』

「え~と、そう、えっと、まずそのころの時代背景を説明すると……」

『推定だけどね!』

「やかましい!リリーさんはちょっと黙っててください!」


 ドクの歪んだ眼鏡が更に傾く。

 それを直しつつ……


「――ゴホン、ウン、失礼。まずそのころの時代背景を『学会』『国家』『教会』の三大組織で説明すると、大戦が終結してから『学会』の地位はとても高くなります。理由は、テクノロジーと武力は近い位置にあると『国家』が気付き始めたからです。バルブレア王国の実績と言ってもいいでしょう。事実、多くの『国家』が予算や、人事の面で『学会』を優遇し始めました。これは当時の資料からも明らかです」

 ドクはオルガが噛みついて来る事を危惧したが、どうやら杞憂のようだ。

 膝を抱えて真剣に聞いている。


「――『学会』が支持層を伸ばす一方で、『教会』はその事に危機感を覚え始めます。危惧したのは求心力の低下ってやつですね。通説では、学校の整備などにより国民の教育レベルが上昇し、無条件に神を信じる人が少なくなったとされています。ですが、高齢者や農奴にとって『教会』は依然として絶対的な存在でした。簡単にいえば『教会』の支持層は二層化が進んでいたと言えるでしょう」

『ヨッ、ナイス説明!さすが大学教授!!』

「まだ教授じゃないですよ!知ってるでしょうが!っとに邪魔ばっかりする……」

 ドクは眼鏡に手をやって、困った顔をする。

 なるほど、教育者っぽく見えなくもない。


「――そして『国家』です。この頃になるとそこらじゅうで情勢が不安定になっていて、政権が安定しません。そうなると、分かり易い他者への弾劾が手っ取り早い支持を得る手段になります。つまり、『国家』は単純化していくんですね。攻撃的になると言ってもいい」


 「ここまで時代背景です」と一呼吸を置く。


 オルガは否定もせず、思う所があったのか、膝を抱えたままつぶやく。

「なんとなく――なんとなくだけど想像がつくわ……」


 ドクは小さく、ほんの小さく頷いて、先を進める。


「――続けます。こういった時代背景の中で、ある暴論が『教会』から『学会』に持ち込まれました。もちろん『教会』が発信した情報ですから科学的根拠もなく、言いがかりに近いものです。本来であれば静観を決め込むのが『学会』のスタイルなんですが、この時は違いました。この暴論を正面から受け止めて、検証を行ったんです。もちろん、非科学的な方法で……」

「それが魔女の定義だってこと?」

「そういう事です。『教会』は『神を冒涜するような研究を行っている女』として20人の女性研究者を提示してきました。そのうち、19人は『学会』が否定しましたが、ある天才学者については『確認できない』としたんです。事実上、『学会』からの追放といえるでしょう」

「分からないわ。『学会』側のメリットはなに?自分達の研究が背信的になりうると肯定してしまっている様なものじゃない。つけ入る隙を与えるだけだわ」

 

『女……だからよ』


 リリーの声が低く響いた。



「どういう事ですか……」

 溜飲できない事を隠そうとしないままオルガが尋ねる。

 それに反応したのはドクだ。


「――当時の『学会』は新しい波によって動揺していました。その波とは、皮肉にも『学会』が『教会』の干渉から解放されたおかげで生まれたもので、『教会』の求心力低下とともに一般社会にも広まりつつあった動きです」

「……女性解放運動……」

「さすが、そのとおり。信じられない事ですが、当時の『学会』では本気で女性の権利が男性に帰属していないか議論が行われていたらしいです。もちろん、否定はされたみたいですが、それでも根強い女性蔑視の風潮は存在していました。現に、『学会』の女性理事は大戦後だいぶ経って誕生しているんです。もう想像がつくでしょう?『学会』に見捨てられて『教会』へ売られた女性研究者は、目立ち過ぎたんです。優秀過ぎたんでしょう」

「そんな……」


「彼女の研究は、現在科学と比較してもずば抜けていました。歴史の特異点と言ってもいいのかもしれません。しかも、女性ですよ?歯ぎしりをする男性研究者の姿が目に浮かびます」

で人を売る?処刑を前提とした裁判になるのよ?」

『裁判にもならなかったらしいわ』

 リリーである。

『突然警察が来てズドン。理由は「抵抗したから」。すぐに研究施設は他の研究者に奪われてお終い。法治国家なんて冗談以外の何ものでもないわ』

「『それだけ』ってことはないんですよ。最も権力のある三者の利害が一致してしまったんです。『国家』は支持率を得るために分かり易い反逆者を作りたい。『教会』は宗教的倫理を社会問題に取り上げたい。そして『学会』は天才女性研究者を追い落とし男性優位の組織を維持したい。非常に残念な事ですが、後にも先にも、この三者が協力したケースは他にありません」

 ドクは静かに断言した。

 

『……私は異端審問の話が出ている時点でそうなる事は予想がついていた。だから、脳のデータを電子化して記憶媒体に写し込んでおいたの。研究の主だったものは封印し、ダミーの情報を助手達に渡して逃がした。いつか、この時代の暴挙に疑問を持った誰かがそれを発見してくれることを祈って……』

「それを発掘したのが……」

「僕。そして、その封印を解くのに払った犠牲がこの右腕」

 ブラブラと機械式の手を振って見せる。

『人聞き悪いわね。私が奪ったみたいに聞こえるじゃない。これは同意の上でしょうが』

「脅迫に近かったですけどね。『真実を知りたければ体の一部をよこせ』って、どんな悪魔ですか」

『悩んだけど差し出したじゃない』

「まあ……確かに。結果としては悪くはないですよ」

『ウィンウィンの契約ね♪』

 リリーの口角がニヤリと上がる。

 見慣れたのか、オルガもそのギミックに違和感を感じなくなってきていた。


 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 小休止とともに紅茶が淹れられた。ストーブにかけてあったヤカンの湯が茶葉に触れると、優しい香りが部屋中に広がった。

 先ほどまでとは違う、どこかリラックスした空気が空間を支配し、言葉も自然と柔らかくなる。


「リリーさんが魔女にまで仕立て上げられた研究って、ソレ(ドクの義手・リリーを指す)なんですか?」

 オルガが湯気の立つカップを両手で抱えながら質問をする。

『半分正解よん。ジャンル的には専門は生体工学になるのかな。まあ、私のは生物の構造を機械に置き換えようって研究ね』

 オルガは「う~ん」と、首を傾げる

『何よ?おかしい?』

「いえ、そういうワケじゃあないんですけど、ちょっと違和感があるというか……」

『嘘はついてないわよ!』

「疑ってませんって。でも、ちょっと不思議なのが、リリーさんの研究ってけっこう特殊な分野じゃないですか?たぶんですけど、ライバル研究員もそんなに多くなかったですよね?それなのに殺意を抱かれるまで嫉妬されるって、正直ピンとこないというか……」

『ぐっ、ホントに正直ね。一周回って心地良いわ。まあ、確かに今の説明じゃあ義手職人みたいに聞こえるものね……。ん~~どうしたもんかしら……あまり暴露するのも良くないしね~……。あ、そうよ、この義手って(っていうか私もだけど)どうやって動いていると思う?』

 突然の質問。

 だがオルガはよどみなく答える。

 気になっている事だったからだ。

「小型の電子モーターで、微妙な筋肉の信号を感知して動くとか?」

『悪くないわね。あなたが優秀な事がよくわかったわ。少なくともドクより科学的な発想力はあるわね』

 会話を女性陣に任せて、趣味の本を開こうとしているドクが恨めし気にぼやく。

「うるさいなぁ~、どうせ僕は中等部で理系を諦めた男ですよ」

 リリーは完全̪にシカトする。


『実はこれ、手のひらから吸収する有機物で動いているの。ホラ、この金色のラインが見えるでしょ?これが有機エネルギーを義手全体に循環させている血液に代わるものよ』

「え……まさか……」

 オルガの反応を見て、自慢げに微笑む。

『しかも、実際の動作は筋肉で動かしているわけじゃないのよ~。神経伝達モードを変えるとね、ホラ』

 ドクがブリキのカップを慌てて机に置く。

「熱!いきなり切り替えないでくださいよ、びっくりした~」

『ね?すごいでしょう~。褒めたたえて、感動して、泣き叫んでいいのよ~』

 どうやら、ドクの義手には神経が通っているらしい。しかも、状況によりオンオフを切り替えている。

「うそ……信じられない……。いや、そういえば、簡単に受け入れていたけど、脳内の情報を完全コピーするなんて……まさか……」

『でしょう~。この凄さが分かるあなたも、軍人さんにしてはなかなかよ~』

 オルガは思わず唾液を飲み込んだ。

『通称「生物回路」。私が天才美女博士の名を欲しいがままにしたきっかけね。まあ、簡単に言うと生物が行う「消化」「構築」という作用を機械的に行うのよん。タンパク質とか、糖とかね、そういうのを取り出して利用するの。神経回路の方もそこで生成されるタンパク質を使うのよ~。正に女神!!天才!!3歳だから美少女!!!』

 話の内容は世界経済へ打撃に近い衝撃を与えるレベルのものだ。エネルギー関連企業はこぞって彼女にひれ伏すだろう。

 しかし、彼女の存在、口調が、その重大性の「香り」をぶっ壊している。








 時間が経って――深夜。



 部屋の灯りが消され、静寂の時間。

 オルガは一人、寝間着のまま部屋を出た。


 月が出ている。

 

 山の中腹だけあって、空気が青く、濃い。

 真っ暗な波の上を、どこかの漁船が申し訳程度の光を灯して進んでいる。

 

 普段の生活からは想像もつかない穏やかな空間――。

 

「眠れないんですか」

 突然、後ろから声を掛けられた所為で、オルガは肩をビクッとふるわせた。

 思わず声が漏れる。

「ひャ!」


 オルガは自分の中にこんな声が眠っていた事を知らなかった。

 羞恥心で背後の男を睨む。


「……なんで僕が気を使うとあなたは怒るんですか」

 ドクは持っていたブランケットをふわりと投げた。

「あ……」

 オルガはそれを両腕で掴んだ。

「ここら辺の夜は冷えますよ。まだ体調も万全じゃあないと思いますし、眠れないのなら温かくしてください」

 ブランケットはほのかに太陽の香りがした。



「あの、リリーさんは?」

 気配なのだろうか。

 オルガが感じた違和感を口にした。

「すいません、リリーさんはオフにしてます」

「え?オフって……」

「リリーさんは一日3時間ぐらいしかできないんですよ。それにうるさい場合は強制的に通話をシャットダウンする事もできます」

「それって……」

 さっきまで話をしていた相手をまるで物のように扱われて抗議したくなる。

 しかし、ドクは首を振った。

「彼女はどんなに人間らしいといっても、データです。記憶――感情――人間の心の動き全てを持っていますが、人間じゃあない……」

「ひどいこと言うのね……」

 ドクはうなずく。

「事実を否定することが許されない仕事をしているもので。でも、彼女が人間じゃあないからって、友情が芽生えないということはありえない。そもそも、彼女はただのデータですが、それは僕も一緒だ。たまたま電気信号が『肉』に入っているか、『金属』に入っているかの違いしかない」

「教会の人間が聞いたら、怒りで卒倒しそうね」

「教会だけじゃあないですよ」

 ドクの挑戦的な視線。

 オルガを刺す視線だが、不思議と冷たくはなかった。



「――抗議したいの?」

 少し眼元に涙をためながら、しかし、オルガが気丈にも顔を上げる。

「いいえ」

 ドクは否定した。

「自分とはまったく関係ない話なのに、共通項を見つけ出して寝れ無くなっっちゃう軍人さんへ『気にするな、何年前の話だ』と言いいたいだけです」


「……大きなお世話よ」


「ですよね」


 ドクは自嘲気味に笑うと、踵を返した。


 しかし、足を止めると……。


「あ、おせっかいついでにもう一言……。確かに『愚者の騎士団』は第二期サストリーニ政権時に過激な科学者狩りを行いましたが、そのエネルギーは教会のそれとは違い、テクノロジーの行き過ぎた軍事利用を抑える為のものでした。やり方は褒められたものではないですし、稚拙な論理で多くの研究者が不幸になりましたが、その基本的な姿勢は人類の幸福を見据えていたと思います。」


 下唇をゆるく噛むオルガ。


「……もちろん私見ですが、これでもアイラ大学で教鞭をとる身です。でたらめじゃあないですよ?」


 俯き、顔を上げ、口を開く。


「オルガ……」

「え?」

「だから、オルガ・タリスカーよ」

「ああ……」

 ドクは小さく咳払いをして――

「ドク・アルドベックです」


 握手はしなかった。

 互いにこそばゆい笑顔を交わしただけ。


 


 オルガはしばらく月を眺めていたらしい……。

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