第3話 魔女との邂逅

「んん……ここは……」

 ベッドから身を起こすオルガが最初に目にしたもの。

 カンテラの灯りを頼りに机に向かう男の背中――。

 温かく穏やかな空気が部屋全体を包んでいた。



 そのままかなりの時間が経ってから、ドクが視線を感じて振り返る。

「あ、気が付きました?」

「あなたは……確か……」

「あなたに銃で脅された者ですよ。どうです、お加減は?」

 オルガは体を動かしてみる。まだ、打ち身の痛みは残るものの倦怠感は無くなっていた。熱が引いたのだろう。

「ああ……ええ……だいぶ良いみたい……」

 記憶を整理しつつ、礼を言おうとしたところで違和感に気付く……。


「あ……服が変わってる……」

 

 一瞬にして緊迫する空気!

 毛布で自分をかばうようにしてオルガがドクから距離を取る。

「まって、冤罪です!」

 問答無用とオルガの手がベッド周辺をまさぐる。銃を探しているのだろう。

「鉄砲はさすがに隠させてもらいました!それと聞いてください!私はあなたの体には一切触れていません。記憶がぶっとんでいるのかもしれませんが、その寝間着を着たのはあなた自身です!」

 怪訝な目をむけるオルガ。

 なぜ、尽くしたのに責められなければならないんだと頭を抱えるドク。

 しかし、こういった状況においては女の方が常に偉い(強い)。ましてや、自他共に朴念仁を認めるドクであっても思わず困惑する程の美人なのだ。「自意識過剰じゃ、ボケ」とは口がさけても言えない。


 肩にかかるダークブロンドのウェーブした髪。

 均整のとれた顔立。

 眼元に残る大陸中央の独特な雰囲気。

 ドクの(清潔だが)ボロボロの寝間着越しにでも確認できる美しい曲線――。


 熱と痛みでうなされる彼女を看病しながら、ドクは何度も「この人は本当に軍人なんだろうか?」と疑問に思ったくらいだ。


「……ちょっと確認したい事があるから、あっち向いていて」

 ドクは後ろを向く。「先にお礼を言ってもいい」とは思っていても言わない。

 オルガはすかさず下着――それとデリケートな部分を確認してみる。


 ――……よく分からないけど大丈夫な気がする?


 よく分からないのなら調べる必要があるんだろうか?男だったら抗議したいところだろうが、ひとまず根拠の無い緊張感は緩和された……。


「ふう。ま、まあ、体は大丈夫みたいですね。今、お腹に入れるものを準備するので待っていてください」

 ドクはストーブにかけてあったスープをブリキの容器に入れる。

 山で採れた芋を使ったスープだ。見た目は田舎飯そのものだが、いい香りがする。

「一日以上寝ていたんですから、胃にはゆっくり入れた方がいいですよ」

「そんなに寝てたの!?……あ、ありがとう……熱っ」

 膝を抱える様にして座るオルガ。毛布越しに容器を抱えた。

 ドクは机に戻る。


 オルガは初めて食べ物が「沁みる」感覚を味わった。


 温かい部屋。

 

 時間がゆっくり流れている。


「おいしい……」

「それは良かった。今はゆっくり休んでください」


 背中ごしに届く声。

 あとはペンの走る音――。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………ねえ」

「はい?」

「何してるの?」

「え?ああ、仕事ですよ。研究材料も揃ってきたので、まとめておこうと……」

「……ここに関係者がいるのに、すごくいい度胸ね……」

「いや……そのことなんですけど……」

 オルガの刺さる視線をかいくぐりつつ、ドクは発言する。

「僕の研究にあなたのような軍人さんが興味を持つとは思えないんです。昨日は鉄砲を向けられて思わず反応しちゃいましたけど、たぶん大きな誤解がありませんかね?」

 おそるおそるドクが一冊のファイルを渡す。

 それを危険物かの様に受け取るオルガ――その内容は……。


「『生活様式と信仰対象の変化』……なにこれ?」

「いや、今書き上げている論文です。生活様式と信仰のつながりを多角的に分析しようと思っていまして、そのためにここへ……ね、興味ないですよね?」

 バツの悪そうなドクの顔がオルガを向く。

「……戦闘機を調べていたのは……」

「戦闘機を間近で見れるなんて、なかなかありませんから。それに、僕も飛行機とか車とかにはそれなりに興味があるというか、憧れるというか……」

「………」

「………」

「………」

「………」

「……証拠……」

「はい?」

「だから、あなたの研究がだという証拠を見せてって言ってるの!」

 呆れ、安堵、苛立ち――。

 よくわからない感覚がオルガを襲っている。

「あ、そうですよね、はい。ええ~と、そのちょっと待ってください」

 カーペットをめくり、床板を外す。

「そんなところに……以外としたたかね。というか嘘つきね。嘘つき。エロ」

「エロは関係ないでしょう!?っていうか、こっちだって半年間の仕事が無駄になるところだったんですから隠しもしますよ!」

「私が寝ている間にイヤらしい事とかしなかったでしょうね」

「しませんよ!エロから離れてください!むしろ感謝は?お礼とかあってもいいと思いますけど!」

「それもそうね。ありがとう」

「軽い!」


 ドクは資料を取り出した。

 その量は膨大なものだった。


「よくもこんなに……やっぱりあなたはイヤらしい人だわ」

「もう好きに罵ってください。ただ、その資料を見ていただければ僕が軍事関係者じゃあないって分かると思いますよ」

 確かに記録の大半は洞窟の絵画に関するもので、それ以外は洞窟周囲に点在する小さな遺跡のものだ。どこをどうひっくり返してもラムジェット理論とかエアキャビテーション工学なんて言葉は出てこない。


「……」

「……」

「……あなたが非生産的な研究をしているのは分かったわ。銃を向けた事は謝ります」

 民間人にあらぬ疑いをかけて、しかも銃まで向けてしまったのだ。正義(かなり身勝手な解釈だが)の使者を自称するオルガはバツが悪かった。つい、余計な言葉を付け加えてしまう。

「非生産性……言うに事欠いて非生産性……」

「だってそうでしょう?こんな研究してたって誰も救われないじゃない。要は平和だからできる娯楽よね」

 流石にムッとしたドクが言い返す。

「僕にしてみれば、あなたのような軍人さんのほうが非生産性だと思いますけどね」

「なによ」

「文明の破壊こそがあなた方の仕事じゃあないですか。戦争による文化の融合と発展が認められたのは前世紀まで。情報化が進んだ現代において、武器は破壊以上の事実をもたらさない。あなた達は世界を画一的な思想に塗り替えようとするエゴの権化ですよ」

 キッとオルガが睨み付ける。

 ドクも引くつもりはない(ビビってはいる……)。

「訂正しなさい!私達は秩序と自由を守る剣です!」

「徽章を見ましたよ『愚者の騎士団』でしょう?確かに、あなた達は今でこそ自由を守る剣を謳っていますが、部隊結成時の理念はまるで違った。大戦中に兵力の劣るバルブレア王国が行った全大学の軍事的徴用がその原型だ――」

「自主的に黙らないと黙らせるわよ!」

 オルガは今にも飛び掛かりそうだ。

 しかし、喧嘩というのは一方が熱くなれば他方も同じようにヒートアップするもので……。

「――いいですか、あなたは知らなないかもしれないが、あの悲惨な部隊の実情は戦後各国の知るところになり、バルブレア王国は対外的に追い詰められたんですよ?人類の平和と発展の為に資されるべき学問を冒涜した国家として!」

「敵対国が『人道的』という皮をかぶって武装解除を迫るのは常套手段よ!」

「確かにその意図はあった。でも、それが武装解除を求める口実になるぐらい異常な手段だというのは理解しておいた方がいい!あなたたちの先輩は自ら『愚者』を名乗る事で後の時代を生きる人々へ警戒を与えたんだ。それを虚像にしたてあげたのは戦後処理を一手に担って私財を蓄えたズブロツカ宰相の手腕だ。君達はいまだにその偽りのプロバガンダを担っている!」

「黙りなさい……」

「いいや、黙らないね!こっちは鉄砲を突き付けられても、半年間の研究がフイになるかもしれなくても、君の命を優先したんだ、その態度も含めて言わせてもらう!」

「男のくせに細かい事を!」

「軍人らしく頭まで鉄でできてるみたいだな!」



 互いの熱量が限界に達した。

 オルガが手に持っていたブリキの容器を投げつける(中身はおいしくいただきました♪)。もちろん、どんくさいドクはそれを顔面で受け止める。

「痛っ、このっ恩知らず女!」

 ドクも机に置いてあった木彫りの置物を投げつける。

 だが、オルガの洗練された戦闘能力がそれを簡単にかわす。そしてすかさず長い足を使っての反撃。ソファに吹っ飛ぶのはドクだ。

「けが人に攻撃するなんてサイテー」

 そのままソファに突き刺さったドクだが、ここまでされて黙っていられるほど大人にはなり切れていない。

「民間人を攻撃する軍人はサイテーじゃないのか!」

 クッションを片手にドクがベッドに向かって飛びかかる。

「きゃあ、ちょっとヤダ!最低!変態!」

 まさかの反撃にビックリするオルガ。しかし、簡単にドクはベッドへと突っ込む。そこへ容赦ないオルガの肘が突き刺さり……。「ぐエ」とカエルが踏み潰された様な声が聞こえた。

 ベッドで組み伏せられた男。

 膝立ちで美しい髪を振り乱す女。

 でも、ぜんぜん色っぽい雰囲気はない。


「……ちょっとは手加減を……」

「女性がいるベッドに飛び込んで来た時点で命ぐらいかけなさい!」

「……相手によります」

 負け惜しみを最悪の形で口にするドク。

 そして怒りを体術で表現するオルガ。

「……いい度胸ね。後悔なさい!」

 とどめの手刀が振り下ろされる。

 けっこう、冗談ぽい雰囲気の中だったのだが、この一撃はマジの気配があった。

 完全に堕とすつもりの一撃。

 第三者がその攻撃を見ていたら「それはないわ~」と言うぐらいエグイ一撃。

 しかし――。


『ストップ!』



 オルガの手刀が急所に突き刺さる前にが響いた。

 


 誰――?



 当然の疑問だ。

 ここにいるのはオルガとドクだけのはずだった。

 少なくとも、オルガはそう思っていた。


『ストップ』

 

 もう一度響いた。

 聞き間違いではない。


 空耳でもない。

 どこか無線から響くような声――女性の声である。


『ストップよ、お嬢ちゃん。確かに女性の扱いがなっていないドクが悪いけど、その一撃を喰らったらこのモヤシ男は死んじゃうわ。あなたもこんなので手を汚すなんて馬鹿らしいでしょう?ここはちょっと大人になって、このマヌケを許してやってくれないかしら』


 混乱――。

 まだ夢の中なのだろうかと思う。

 しかし、意識ははっきりしているし、何よりこの現実感……。

 仕方がなく、口を開く。

「あなたは誰?どこにいるの?」

 ごく近くから声は聞こえるのに、辺りを見回しても誰もいない。

 ドクにかけていた重心を自分に戻しながら警戒態勢をとる。

『意外と冷静ね。さすが女性ながらパイロットをやるだけの事はあるわ』

「……どうも…」

 返事はしたが、姿の見えない声は気持ちの良いものではない。警戒心のメーターがエライことになっている。

 足元では凶悪な肘から解放されたドクが、もそもそと動き出していた。オルガがキッと睨み付けると、へらへらと何かを誤魔化すように笑うドク。

 当然、追及する。

「……他に誰かいるの?」

「ははははははは」

「……笑ってないで、いいから答えなさい……」

 小声で圧力を加えるオルガ。

 すかさずドクはベッドからするりと脱出し、後ずさりするように距離をとる。

「え~と……『誰か』という言葉は人を表しますよね?そうなると質問は――」

『いるわよ~』

 ドクの言い訳がましい言葉を遮る「声」。

「ちょっと!やばいですって、バレてもいいんですか!?」

『しょうがないじゃ~ん。私の声が聞こえた時点でバレるのは時間の問題。あんたが上手く言い訳できるとは思わないし、まあバレても平気よ平気』

 一人漫才を訝しげに睨むオルガ。

 刺さる視線を感じつつも、ドクは食い下がる。

「でも、あの人はただの軍人さんじゃあないんですよ?バルブレア共和国の精鋭部隊なんですよ?下手すると捕まえられて実験動物扱いですって」

『私はそれでも構わないけど?』

「俺が困ります!」

『ほんとに度胸がないというか、根性座ってないというか、そんな事だから振られるのよ』

「今、キョウカの事は関係ないでしょうが!」

『捨てないでくれ~、君がいないと生きていけないんだ~』

「言ってない!断じて言ってない!」

 しょうもない喧嘩が始まりそうだ。

 状況に付いていけないオルガだが、さすがに声をかけた。


「あの~……お取込み中申し訳ありませんが……」

『あっ、ホラ!女の子をほっておいて、ホントにあんたはダメね。だからフラれるのよ。ごめんなさいね~お嬢ちゃん、今ね、コイツが種明かしするからさ~』

「あなたが余計な話をするからでしょうが!ったく、これだから通話状況をONにしておくのは嫌なんだよ……」

『ほら、はやく!女の子を待たせない』

「わかりましたよ。でも、もしバルブレア王国に追われることになったら、ちゃんと協力してくださいよ?いつも面倒くさがるんですから」

『分かったわよ。っていうか、こんな眉唾な話で強国が動くわけないでしょう?だいたいテクノロジーの最先端にいると自負している輩は、外からくる新しい知識に懐疑的になるものなのよん。お嬢ちゃん一人が帰国後に喋ったとしても、「可哀想な子」として処理されるのがオチよ』

 どうやら意見はまとまったらしい。

 ドクは大きくため息をつくと、しぶしぶ上着を脱いだ。


 

 右腕部分。

 半袖のシャツから真っ黒な機械的な腕がのぞいていた。

 失礼だとは思いつつも、オルガはつい聞いてしまう。

 先ほど感じた疑問も併せて――。

「それ義手なの?たしかに不思議だとは思っていたのよね……あの熱いスープを持ってもなんとも……でも、動いていたよね……」

 ドクは口では答えず、右腕をグーパーしてみせる。

「信じられない……機械式の義手……確かに研究はされてはいるけど、すでに導入されてるなんて……」

 最先端技術は自国から発信されると信じているオルガは、目の前の光景に驚愕の色を隠せない。「動力は?」「動かし方は?」と、当然の疑問が頭をめぐる。

 驚くオルガを尻目に、ドクは「見せますからね」と再確認をとり、半袖をグイとめくった。どうやらドクの右腕は肩から指先まで全てが義手だったらしい。

「綺麗……」

 義手に対する評価としては如何なものかとは思うが、オルガは素直にそう思った。


 確かにドクの義手には見る者を引き付ける機能美があった。

 独特の鈍い光沢のある黒いフォルムに、不思議な輝きを放つ金色のラインが入っている。関節は球体で力強く、動かしても機械音はしない。ただ、機能美だけで遊び心が無いかというとそれは違う。肩には女性の顔をかたどったレリーフ(?)があって……。


『始めまして、リリーで~す』


 喋る。


 肩のレリーフが喋るのだ……。


『……なによ、ノリ悪いわね』


 オルガは絶句している。 



「いや、当然の反応だと思いますよ?鏡で見ましたけど、けっこう絵的に気持ち悪いですから……」

 ドクが冷ややかな目線を自分の肩に向けながら言う。

『そんな事ないわよ!このギミックは、一番気を使って作ったんだから!しかも、ベースは二十代前半の私の顔なのよ?美しいという評価こそあれ、気持ち悪いなんて!』

「(いろいろ譲って)造形的にうんぬんじゃあないんですよ。肩が……というより、人の顔した機械的なモノが喋り出すってけっこう視覚的にキツイというか……」

『不気味の曲線!!』

「ええ、そういう事です。なんで自分の顔をベースに作っちゃったんですかね。クマとかにしておけばメルヘンな感じですんだのに……」

『いや~、やっぱり自分の痕跡を残しておきたくなるっているか……私も若い頃はイケてたとか言いたくなるっていうか……』

「まあ、とにかく、彼女はドン引くとは思いますが、自己紹介をしてください。挨拶は相手に敵意が無い事を示す最も基本的な手段なんですよ」

 自らをリリーと名乗ったソレは『分かってるわよ、小僧のくせにいちいちうるさい』と文句をいいながらもオルガに向かって自己紹介をする。

『改めましてこんにちはオルガちゃん、私が世界最高の魔女リリー・ボウモアで~す。歳はこの腕に精神を組み込んだ時点でいろいろリセットされた(ことにする)から3歳。当然、処女ね』


 どこからツッコんでいいのか。

 何から考えればいいのか。

 オルガの混乱は速度を増していく……。




 

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