第1話 振り返った場合の分岐点

 荒天の中、バランサーにトラブルを抱えた最新型戦闘機が必死の飛行をしている。


 風と。

 雨と。

 雷と。


 コックピット内にガーピー音とパイロットの悲痛な声が響く。


「至急、至急――『試験機1』から『管制8』へ。今、エアバランサーにトラブルが発生、体勢を維持できず浮力を確保できない。対応手段を一報願う――どうぞ――」


 必死の無線だが、この天候の所為で電波状況は極めて悪い。


「こ…ちら……か……室………あらた……いの………け……とに……」


 聞こえてきたのは雑音の類だった。


「もう!信じられない!役立たず、バカ、オンボロ!」


 誰に向かうでもない罵声は、狭いコックピットの中で反響する。

 なかなかに絶望的だ……。


 眼下には海――。


 試験飛行に出てから30分が経過していた。

 北西方向へ進んでいたから、そろそろ内海の大壁――象鼻ぞうのはな半島に着くはずだ。経験上、あのバカ高い壁(山脈)を越えれば天候がガラリと変わる事がある。この原因不明のトラブルが悪天候だけの所為とは思えないが、一抹の希望を持って試験機パイロットは象の鼻を目指す。


「大丈夫……私は『愚者の騎士団』なのよ……対応してみせる!」


 最新鋭電子エンジンは最高出力を示しているにも関わらず、何故か下がっていく高度――。正直、辿りつけるかどうかは疑問だが、計算(というより実感)では、あと20キロも進めば目指す半島を超える(はずだ!)。不可能な距離じゃあない。



 横から吹き殴る風にあおられながら、ひらめく木の葉のように機体が滑って行く。

 雨で滲むコックピットから右前方に小さな島が見えた。


「灯台島!!よし、行ける」


 ここまでくれば半島は目と鼻の先。パイロットはそびえる山脈を迂回するため、機首を南に向け始める。機体がガタガタと揺れながらも、徐々に左へ傾いていく。

 高度はゆるやかに下がっていくが、前方に雲の切れ目が確認できた。


「やった!」


 パイロットの狙い通り、低気圧は象鼻の山脈で引っかかっていた。

 エアバランサーさえ回復してくれれば電子吸収率も高い水準を維持しているので、十分な浮力を得られる可能性はある。あるったら、ある。

 膨らむ希望。

 心なしか機首も上を向き始めた気がする――。


 右目で半島の壁を捉えつつ、隙間を抜けるように機体が山脈を超える。

 峰を超える瞬間、内臓が持ち上がる様な浮遊感。前方には光を乱反射する海が広がり……。


 ガつ!?


 膨らんだ希望を一気に破裂させる衝撃が機体に走った。

 

 がががががががガガガガガ!!


 飛行機が絶対出してはいけない音をたてている!

 振動で唇(というか全ての柔らかい部分)がブルブルする中、精鋭部隊を自認するパイロットの脳が一瞬で情報を整理した。


 1、雨の所為で著しく視界が悪い。

 2、徐々に下がってきている高度

 3、思ったより機体が流されている可能性

 4、激しい衝撃


「……これは……接触した?」


 もちろん、答えてくれる人はいない。しかし、急速にバランスを壊した機体が雄弁に状況を語ってくれていた。


「うそよね……?」


 おそるおそる後ろを見ると、尾翼がすっ飛んでいるのが目に入った。


「いやーーー!!!!」


 悲痛な叫びとともに、機体は木々の生い茂る山の中腹へと飲み込まれていった。



 

 それが昨日の話――。

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