夏祭りと花火の彼女
泳ぐ人
6度目の交差
今日の日付は8/15。世間一般ではお盆で、ここら辺では夏祭りの日である。そして、夏の終わりも近い今日は僕にとって1年で1番大切な日でもある。
甚平を着込んで外に出る。箪笥の奥に仕舞いこんでいたからだろうか。ほのかに防虫剤のにおいがする。
「やあ、真尋くん」
彼女はすでにそこに立っていた。髪の毛を少し上にまとめていて、金魚の柄が入った涼やかな水色の浴衣姿だった。
「綺麗だね」
「ありがとう」
どおん、どおんと太鼓の音が遠くで聞こえる。
「行こうか」
「そうだね」
言葉少なに僕らは向かう。祭りの会場へ。
田舎の小さな祭りだが、毎年多くの花火をあげるので、それを目当てに来る客が屋台の並ぶ街道を埋め尽くしていた。
「何をしようか」
「いろいろ見て回りましょう?」
とりあえずと、何をするでもない僕らは彼女の提案で屋台を見て回ることにする。
綿あめ、たこ焼き、お好み焼き、射的。色とりどりのビー玉が詰まった宝箱のように、様々な屋台が街道にきらめいていた。
「あれがほしいわ」
彼女が指さしたのは金魚すくいの屋台だった。
「おじさんやってる?」
「おう、あんちゃん。やってるよ」
「それじゃあ一回お願い」
僕はそういって屋台のおじさんに300円を手渡す。
赤白黒、色鮮やかな絹布が小さなプールの中を悠然とたゆたう。
そのなかでもひときわ綺麗な赤色の金魚に狙いをつける。ゆっくりと、しかし迅速にポイを入水。ふちの部分にひっかけて受け皿に掬い上げる。
「流石ね。真尋くん」
見事金魚をすくった僕に、彼女もご満悦だ。
「あんちゃん今年も上手いねえ。毎度あり!」
「ありがとう」
おじさんの賛辞に素直に礼を言う。
そして僕らは金魚の泳ぐ水袋を手に提げ、店を後にする。そこからまた、何をするでもなく屋台を眺めてまわった。
そして夜も深まる頃に。大輪の花が暗くなった夜空に咲いた。遅れてドォーンという腹の底から突き上げるような音が響いてくる。
「花火、始まったね」
彼女は目を細めて言う。
「川岸に行こうか」
花火が良く見える場所に彼女を連れていきたかった。僕は彼女をせかして祭りの人混みから離れた空き地に行く。そこは地元の人でさえ知らない穴場で、幸いにも誰もいなかった。
極彩色の花が夜空を染め上げる。快晴で雲もなく、自己主張の激しかった星たちがその光を抑えて舞台の主役を譲っているようだった。
「はあ、綺麗ね」
熱っぽい瞳で夜空を見上げる彼女はまるで幼い子供のようで。
そこから僕らは一言も発することなく、しかし手を繋いだまま打ち上がる花火を眺めていた。
時間は経ち、最後の一発が夜空を覆う。なかなか消えない花火は祭りの終わりを惜しんでいるようでもあった。
余韻に浸る間もなく、僕の方を向き直り彼女が言う。
「さようなら」
あえて目線を合わせずに僕も言う。
「さようなら」
しばらくして横を向くと彼女は霞のように消えていた。
家に帰って水槽に金魚を離す。
「そろそろ大きい水槽も必要かな」
その水槽の中では何匹もの金魚が泳いでいた。
翌日、僕はある所を訪れた。
「6年か」
ふと思い出したように口から漏れる言葉だが、今まで1度たりともこれまでの時間を忘れたことは無かった。
「真尋くん。いらっしゃい」
彼女ーー知世の母親が迎えてくれた。ここは夏祭りを共に楽しんだ彼女の家だ。
「こんにちは、おばさん。毎年来てしまってごめんなさい」
「いいのよ。きっとあの子も喜んでるわ」
「ありがとうございます。挨拶させてもらいますね」
そして僕は、仏壇の前に座る。そこには笑顔の知世の遺影が立っていた。
丁度夏祭りの日に彼女は亡くなった。僕との待ち合わせに向かう途中に車にはねられたそうだ。
その日以来、現実が受け入れられずにいた僕は、次の年の夏祭りにも彼女との待ち合わせ場所へ行ったのだ。
そこで彼女は待っていた。少し上でまとめた髪と、涼やかな金魚柄の水色の浴衣という亡くなったときと同じだという格好そのままで。
それから夏祭りになると待ち合わせにやってきて金魚をせがみ、言葉少なに花火を見てはまたねと言って消えていく。それは彼女なりの現世への未練のあらわれだったのかもしれなかった。
けれどもう彼女は訪れないだろう。これまでまたねと別れた彼女が、昨日はさようならと告げたのだから。ならば僕も改めて言おう。
「さようなら」
彼女の母に礼を言って外に出ると、太陽がまだ夏は終わらせないとでもいうかのようにカンカン照りだった。
僕は空を見上げて、目に滲む熱いものを太陽のせいにすることにした。
夏祭りと花火の彼女 泳ぐ人 @swimmerhikari
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