第10話「悪い知らせ」

 同窓会当日。数日前からその日のコーディネートを考えていた。チェックメイトとホットドッグプレスを読み漁り、その日のファッションを考えた。なんなら隠し持ったホットドッグプレスのセックス特集も取り出し、何も起こるはずないのに興奮して自分を慰めた。そんな数日を経て決定したコーディネート。少しケミカルウォッシュ的なジーパンに、セントジェームスっぽいけど何かが決定的に違う地元の店で買ったボーダーT。色は薄い紫。そして足元はケイパの白いスニーカー。リーポックではないことがこだわりだった。一応本物。そして髪型は念入りに天然パーマを伸ばすのだけど、湿気にやられて腐ったマッシュルームヘアみたいになっていた。髪につけるムースの量も増え、ちょっと硬くなった。ゴワゴワ。


 最高の出来ではなかったが、自分にできる最高の用意をした。埼玉の田舎の高校生が出来る精一杯のお洒落をした。これで小泉香織ちゃんに会う。鏡の自分に問いかける。しかし鏡の中の自分に魅力は全く感じられなかった。自信なんてこれっぽっちもなかった。緊張して朝ご飯も余り食べられなかった。女の子と話すのも同窓会の電話を貰って以来だった。別に告白しようと思ってるわけでもないのに、ドキドキが止まらない。家の玄関を出る時に「よし」と呟いた。言ったそばから何がよしだよ……と思う自分もいたが、ため息の何千倍もマシだと自分に言い聞かせた。そして同窓会の場所である、地元のボーリング場に向かう。右手と右足は先を急ぐように一緒に前に出て、お互いの焦り具合に苦笑いした。


 ボーリング場では、もう既に歓喜の輪が出来ていた。

「久しぶりー! 」「キャー! 変わんないねえ! 」

 みんなが口々に再会を喜んでいる。中学時代はクラスの輪の中にいて、それもどこかお調子者ポジションだった僕は、高校生活での惨状など忘れて輪の中に入って行った。男とは勿論、女の子とも気軽な感じで喋る。本当はちょっとドキドキしていたけれど、昔と同じように話は弾んでいた。


 まずはチームに別れてボーリングをすることになっていた。チーム分けの最中も小泉香織ちゃんを探していた。だけど姿は見えなかった。小泉香織ちゃんが好きなことは誰にも言ってなかったので探すそぶりは見せず、ただなんとなく気になりながらボーリングをプレイした。気もそぞろでスコアは良くなかったが、それでも久しぶりのクラスメイトとの時間はとても楽しかった。時間もあっという間に経っていた。


 ボーリングを終えて僕らはファミレスに移動した。高校生でまだ酒を飲むなんて芸当も覚えておらず、僕らは健全にジュースを飲みながら昔話に花を咲かせた。みんなが夢中で話している姿に懐かしさを感じて、僕の胸の中は暖かくなっていた。でも僕の頭の中は小泉香織ちゃんの不在でいっぱいだった。いつもクラスの中心にいて、こういう集まりには絶対に出席して真ん中で笑っているタイプ。そんな彼女がいないのはどう考えても不自然だった。偶然隣に座った幹事で送別会の連絡もくれた上家に、我慢できずそれとなく聞くことにした。

「そういえばさ、小泉来てないね。誘ったの? 」

 僕は平然を装って聞いた。本当は胸が破裂しそうだった。すると上家から返って来たのは意外な言葉だった。


「え? 知らないの? 香織、入院してるんだよ」


 僕の頭の中は真っ白になった。理解できたのは、彼女が今日はやって来ないということだけだった。

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