第8話「バンドはじめました」

 音楽の熱にやられた僕らは、その熱に引きずられるようにバンドを結成した。ギターが二人、ベース、ドラムの四人。ボーカルは決まってなかった。とにかくバンドを始めることが大事で、細かいことは誰も気にしてなかった。僕らは自転車のカゴにアンプを入れ、ギター、ベースを担ぎ、畑の真ん中のおのちの家に集合した。無闇に全速力で走り、ヨコは一度アンプを落として畑に自転車ごと突っ込んだ。それでも僕らは笑っていた。なんだか闇雲に楽しい気持ちが充満していた。

 部屋に入ると、そこには真新しいドラムセットが置いてあった。「おー! これがドラムか! 」と全員が興奮していた。ドラムがある部屋はかっこいい! と誰もが口にした。おのちはちょっとだけ得意げだった。


 僕らはそれぞれのアンプにスイッチを入れ、音を出すことにした。少し広いおのちの部屋で、1人はベッドの上、1人は本棚の前、1人は勉強机の前で楽器を構えた。ボーカルもいないし、ボーカルアンプなんて勿論ない。適当に誰かが大声で歌えばいいんじゃないの? とヨコが言い、僕らは全員頷いた。ドラムセットにおのちが陣取る。カウントもどうやっていいのかわからないので「せーの」で音を出す。僕らはとにかく演奏を開始した。馬鹿デカイ音が鳴り響き、窓がピリピリと動く。ペケペケとモコモコな二本のギター、ベースはガラガラ鳴るだけ。リズムは誰1人合っていないし、チューニングもかなり怪しい。それはもはや音楽と呼べない闇雲に掻き鳴らされた雑音だった。さらには四人が叫ぶ声。そんな無茶苦茶なノイズを撒き散らしながら、僕らはとてつもなく興奮していた。


 俺達、今、バンドやってる!


 その事実だけで充分だった。自分の振り下ろした手が弦を弾き、音となって世界に生まれてくる。まるで赤ちゃんが何人も何人も生まれて来るような、カマキリの子供が湧いて出るような、そんな風に過剰な音が溢れ続けた。それは僕の中にあった腐りかけの何かや、乾いてしまった何かや、崩れてしまった何かも一緒に引き連れて、埼玉の片田舎に飛び出していった。防音などされていない部屋で、僕たちは思う存分音を出した。そのガラクタでクソみたいなくせに瑞々しい音は、この部屋に収まることを良しとせず、外にも勢い良く飛び出していった。でもこの音が誰かに届くことなんて誰も考えてなかった。ただ夢中で音を鳴らしたいだけだった。頭の中は清々しいくらい空っぽで、音が全てを満たしていた。演奏を止めると耳がボーッとして何かに包まれているような気持ちだった。それは繭なのか、ライナスの毛布なのか、それともこんな世界から逃避するための防空壕なのか。僕らは何も知らずに自分を守る膜みたいなものを発見していた。それは迷い道にはまり込んだ僕にとっては偉大なる発見だった。何を演奏したかはまったく覚えてない。ボウイかジュンスカかブルーハーツだった気がするがそんなことはどうでも良い。それは自分達の音であって誰かの曲ではなかった。僕達が演奏した、僕達の曲だった。


 帰り際、おのちのお父さんは本当に嫌そうな顔をしていた。その顔が頭にこびりついて離れない。雑音の塊を何時間も聞かされたらそりゃそうなるだろう。でも僕達は無闇に痛快で、意味もなく爽快だった。みんな大満足な顔をしていた。その日は久しぶりにこの街の風景が歪んでいなかった。自宅に戻ると、その日はたくさん夕飯を食べた。夕飯の後はPOGOのヒステリックジェネレーションを爆音で聴いた。まとわりついたものに少しだけヒビが入った気がしていた。ジメジメしてうだるような暑さの、高校二年の夏が終わろうとしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る