第6話「ギター」

 冴えない高校生活の中で、家に帰ってギターを弾く時だけは、体にまとわりつくドロドロしたものを忘れることができた。そして夢中でギターを弾きながら、すーっと止めていた息を吐き、ゆっくり深呼吸をする。朝、家を出てから帰るまで、全く息をしていないようなそんな感覚、そんな息苦しい毎日を過ごしていた僕は、ギターが無ければ窒息してしまうところだった。ギターは僕のアクアラング。ため息は泡となって水面に向かった。


 そして僕はギターを弾き続けた。でも闇雲に弾き続けても、ギターを持ってジャンプしても、呼吸が出来るだけで世界は何も変わらなかった。ビートルズがレボリューションと歌っていたけれど、僕の世界に9番目の革命は起きなかった。現実の水の中でもがき続け、いくら水をかき分けてあがいても、浮上して本当の空を見ることは出来なかった。僕が見ていた空はいつだっておぼろげで、水の向こうのひしゃげてサイケデリックな空だった。本当の空はどんなものなのか、想像するばかりの毎日を過ごしていた。


 いつしかギターを置くとすぐに胸が苦しくなるようになった。ギターの弦が切れると世界との繋がりが失われたように感じる自分がいた。僕はこんな風に考えていた。きっと誰かがこのだらしない地獄に垂らした蜘蛛の糸は六本あり、六本揃っていなければ役に立たないのだと。六本の弦が張られたストラトキャスターはいつも部屋の角を陣取り、僕の生活を見つめていた。お前も大変だな、という声が聞こえた気がした。

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