第一部 冬の時代編

第1話 人知を超えた試し割りとは

「iPad Air5枚割りいきまーす!」


「やめろおおおおおお!」


 振り下ろす手刀へ全力で突進。全体重を乗せた飛び蹴りが命中して、間一髪、電化製品は全て無事だった。ナイスだ私。誰か絶賛しろ。うわあ、一番上の青いケース、私のやつだ。ちょっとだけ貸してって何かと思ったら。


「なななっなにするんだ! このあたし様の偉業を止めるなんて、貴様さてはただ者じゃないな!」


 私の蹴りに一度はすっころんだが、純白の空手着に黒帯をしめた女は一瞬で立ち上がった。


 繰り返すがプロローグでクマに挑戦しようとしていたこの女はネコという。二宮美弥子にのみやみやことか言うのが正式名称らしいが、あんまりネコっぽいから私がそう命名した。それ以来本名を呼んだことがない。


 輝く緑色の目に健康そうな張りのある肌。地毛なのに三毛のウェーブ、それをきつい三つ編みにまとめてまるで組みヒモだ。こいつは小学生の頃からの知り合いである。そして常に私と仲が悪い。


「毎日見てる顔でしょうが! あんた人のタブレットなんだと思ってんのよ!」


「こんなことやった奴いないだろ! なんで邪魔すんだよ!」


「前代未聞なのは経済的な理由! 物理的な理由じゃない!」


 遅れたが説明しよう。ここは学校法人セント・ポール学園という女子校であり、ここはその武道場である。これでも外からはお嬢扱いされているミッション系スクールらしい。しかしながら、その生徒たちが品行方正なご令嬢にしつけられるのかというと、


「くそう、あたし様の挑戦を寸前でパーにしやがって! 絶対に真っ二つにできる自信があったのに!」


 こんな奴がはびこってるのが実態である。普通はこれをお嬢様とは言わない。そもそもあたし様ってなんなんだ。俺様っていう男はまだいるかもしれないが、あたし様ってのはこいつ以外に見たことがない。


「自分のでやれ自分ので! 私のを壊されてたまるか!」


「いや、あたし様のは修理中なんだよ!」


「すでに割ったの?」


「割れなかったから修理中なんだよ!」


「アホかっ!」


 いや、もしかしたら、私たち以外はお嬢様なのかもしれない。しかしながら、とにかくこの部にその単語は当てはまらない。私たちの毎日はわけのわからんチャレンジと、それに続くド突き合いによって構成されているのである。


「アホとはなんだ失礼だな! もう許さん、あたし様の連戦連勝を更新してやるからそこに直れ!」


「さらっとサバ読むな! 私が今んとこ50勝49敗で勝ち越してんのよ!」


「記念すべき100戦目にユーハをぶちのめすのは、このあたし様ってことだな。いいだろう、かかってらっしゃい」


 さらに説明が遅れたが、ユーハってのは私。こと神楽坂優葉のことである。プロローグでは省略したがセントポール学園高等部2年生。こいつと同じく空手2段。長い真っ黒なストレートヘアと高めの身長と、10年やってる空手がちょっと自慢。認めたくないのは首の下が平らなことだ。


「行くわよ……」


 両手を緩やかに握ってみぞおちの前に配置。体を横に両脚のつま先は前後に向ける。軽快なステップで間合いを詰め、先手必勝を狙う。


 対する眼前のアホは左手を上段、右手を中段に構えて深く腰を落としている。カウンターを狙ってるようだ。


「愚か者め。今日のあたし様は一味ひとあじ違うぞ。なにしろ学食の天ぷらうどんに一味ひとあじ唐辛子を通常の3倍かけて食ったんだ。これで通常の3倍の発熱量で戦える。ユーハは死ぬ!」


「すっごい良いこと教えてあげるわね。それ『いちみ』って読むのよ」


 ネコの右側に回りながら隙をうかがう。


「はじまったよー」


「がんばれー」


「今日もユーハだと思う」


「あたしネコ」


「今日から賭けるの板チョコだっけ?」


「うん。キャラメル2個とかしょぼすぎ」


 周りの部員がノートに今日の勝敗をつけ始めた。なるほど私のiPadが一番上になってたのはこの展開を予測してたんだな。残りの4つは壊れないのを知っててこいつらがネコに預けたんだ。絶対そうだ。そうに決まってる。どこの誰だってタブレット壊されそうになったら青くなるはずだ。またハメられた。


「いくぞあたし様の超絶奥義スーパーウルトラミラクルインスタバエ……」


「うっさい!」


 突っかけて左拳を出した。


「にゃろめっ!」

 

 ネコが私の腕が伸びるタイミングで回し蹴りをしかけてくる。目の前に迫るアホの足。けれどこのパターンはもう慣れた。かわしつつ右拳を中段へ。


「あーしょお!」


 パアンと軽快な突きの一撃。完璧なフォーム。

 あとは残心をとれば私の華麗な勝利……


「やったぜ」


 げ、この女、腕つかみやがった!


「いくぞ秘儀、一本背負い!」


「たわーっ!」


 ぶんなげられた。受け身をとって一回転。


「もらったあ!」


 飛び込んできたネコが裏拳をコメカミにスパーンと当てて引く。


「一本!」


「一本!」


「やった、板チョコゲット!」


 周りから黄色い声が走った。


「私のほうが先に当てたでしょお?」


 立ち上がりながら抗議する。


「ノンノン、おまえ引手とってない。引手とらないと一本じゃない。フランス人嘘つかない。というわけであたし様の勝ちだな」


 フランス人の血なぞ一滴も入ってない女が親指を立ててウィンクで主張する。確かに空手には引き手という、当てた手を手元に戻さないとポイント無効というルールはある。が、それ以前だろ。


「突き手からめとって背負い投げとか空手でもなんでもないでしょうが!」


「グダグダ言ってんじゃねえよ。いいか、強いのが空手だ! あたし様は強い! つまりあたし様の勝ちだ、OK?」


 たたみこまれる。全く成立していない三段論法+ドヤ顔。次こそボコボコの刑に処してやろうと固く心に誓った。


「まあおまえの努力を認めて、ほうびにこれをくれてやろう。これからも精進しろよ」


「私のiPadだ、返せっ!」


[続く]

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