てっけん!

梧桐 彰

人知を超えたプロローグ

「ついに真の敵と立ち会う日が参りましたわね」


 緊張した声で、女子大生がつぶやいた。


「いやぁ武者震いが止まらないっすよ」


 その隣に立つ、空手着に黒帯を締めた女子高生が答えた。


 2人の前にはクマがいる。巨大なヒグマだ。ゆっくりと立ち上がり、大きく口を開けて交互に2人を見下ろしている。


 鋭い牙、真っ赤な舌。身長3メートル。体重400キロというところか。


「千年の時をへて積み上げられた空手の奥義、見せておやりなさい。クマに礼!」


「オス! この地上最強の空手家ことあたし様が、今、必殺の奥義を」


 柵をよじ登り、そいつが今まさにクマの前に立ちはだかろうとする寸前、私の俊足が間に合った。


「アホかっ!」


 会心の回し蹴りが、空手着を着た女を蹴っ飛ばす。


「がるる?」


 小さくうなると、檻の中のヒグマはくるりと背を向けて、『あれ、エサくれないのか』とかそんな感じの横目でフンと鼻を鳴らし、トコトコすみっこへ戻っていった。


「なななな、お前、なんてことすんだよ! 道場の外で人けっとばすなよ!」


 空手着の中身が、きいっと私に抗議した。この女はネコ。我が空手部のポイントゲッターだが、残念なことに頭の中身はポップコーンである。


「それはこっちのセリフだ! 空手着で動物園に来るだけでおかしいのに、クマにケンカ売るとかどういう神経してんのよ! 追い出される前に着替えてきなさい! サラ先輩もなんでけしかけてんですか!」


 同じくらいの大声で私が言い返す。


「何を弱気な! せっかくのクマと戦うチャンスを主将が止めるなんて! そんなことでは敵に勝てませんわ!」


 サラ先輩までが一緒になって言い返してくる。この人はうちの部活の監督らしいが、残念なことに頭蓋骨の中にはバクチクが詰まっている。


「先輩こそ大学生にまでなって、何かがおかしいと思わないんですか!」


「えー、いーじゃーん」

「クマたおそーよー」

「食べよーよー」


 このモブキャラどもは残りの空手部員であり、脳髄はだいたいチョコロールとロリポップで構成されている。


 トイレから出てきたらまさかこんな事になってるとは思わなかった。なんでみんなで動物園に行きたがるのかと思ったら、やっぱりこれか。この先輩といいこの仲間たちといい!


「ネコ先輩の夢なんだし、やらせてあげれば良かったんじゃ?」


 傍らに立っている後輩のアリスちゃんが、袖を引っ張りながら言ってくる。なお、こいつの頭脳はワタアメである。


「檻の中に入れるわけないでしょ! 警察呼ばれるわよ!」


「あとユーハ先輩、スカートで回し蹴りやめたほうがいいですよ。水色でかわいかったですけど」


「事件起こすよりマシよ! もうさっさと合宿所に帰りましょう!」


「えー、もっと遊びたいですよう」


「か・え・る・の!」


 顔を真っ赤にしながらネコの手を引いてクマの檻から離す。自己紹介が遅れたが、私は神楽坂優葉かぐらざかゆうは。これは数週間前から書き始めた、私が主将をつとめる女子空手部の観察日記である。

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