シンビジウムのせい
~ 十二月十四日(木) 一時間目 ~
シンビジウムの花言葉 高貴な美人
「秋山。座ってろ」
「いや、無理です。廊下に立ってていいですか?」
「いいわけあるか。ちゃんと席に着くよう最善を尽くせ」
「そうなの。席に着くよう努力するの」
「他人事だと思ってお前まで言いますか」
テストが終わればいつものペース。
面倒なことは全部俺に押し付けるこいつは
今日は軽い色に染めたゆるふわロング髪を南国娘風、大きめの三つ編みにして肩から垂らして。
そこに妖艶なシンビジウムをたわわにぶら下げています。
ピンクの花びらが蝶のように複雑な形をしたシンビジウム。
その高貴なイメージは、穂咲ではなくこの人にこそ相応しいはずなのに。
今は僕の席で腕に顔をうずめて、ヒックヒック泣いているのです。
えっと、これはあれかな、健治君がらみかな。
だとしたら、俺にどうこうできるはずないのですが。
とは言えせめて、自分の席でやって欲しいのですけど、日向さん。
「日向さん、ごめんねあたしのせいで……」
そして、日向さんの隣にしゃがみ込んで優しく肩に手をかける神尾さん。
さっきから謝ってばかり。
でも、事情を聞けるような図々しさも根性も持ち合わせてなどいないので。
先生に助けを求めると、顎先で何とかしろと急かすだけで役に立たず。
穂咲の方を見ると、バントのサイン。
……犠牲になれとか、うまいこと仰る。
このままって訳にもいかないし。
しょうがない、犠牲になりましょう。
「……こんな事を聞くのも心苦しいんだけど、良かったら訳を教えて?」
もちろん神尾さんに尋ねたつもりだったんだけど。
日向さんがすっごく怒った顔をがばっともたげて机をバンバン叩き出した。
「傷ついてるのに! 秋山、そんなこと聞くなんてデリカシーないっしょ!」
「うわあ! ごめんね日向さん!」
「あたしに謝ってもしょうがないっしょ! いいんちょに謝るっしょ!」
え? どういうこと?
訳が分からないので目をぱちくりさせていたら。
どはーと、でっかいため息をついた日向さんが鼻息も荒く説明し始めた。
「あんなひどいことするような人だと思わなかった! 聞いてよ秋山! 健治君、いいんちょのことバカにしたの!」
「えっと……、でも、そこまで酷く言ったわけじゃ……」
「編み物かご下げてるのが男受け狙ってるとか言われたのに!? アイツ、いいんちょのこと何にも知らないくせに! 人の夢をバカにするなんて最低!」
「だからって、なにもはたかなくても良かったんじゃ……」
ええっ!?
健治君のことひっぱたいちゃったんだ!
ありゃりゃ。
あんなに惚れ込んでたのに。
そりゃ、泣きたい気持ちも分かるなあ。
「……ということです監督。今日の所は、俺はダッグアウト裏で立ってます」
「だれが監督だばかもん。だったらお前が日向の席で……」
監督の名采配が下されようとしたその時。
教室の扉が勢いよく開け放たれた。
そこに現れたのはちょっと遊び慣れた雰囲気のイケメン。
健治君とは彼の事だろう。
「千歳ちゃん! 俺、目が覚めたよ! ありがとう!」
「いまさら何よ! もう近寄らないで!」
うわあ、ドラマみたいなことになってるんですけど。
穂咲が興奮気味に食いついているんですけど。
ねえ、知ってる? 今、授業中だよ?
とは言え止めようもなさそうだけど。
俺の立ち位置、ちょうど二人の視線を遮るようなところ。
仕方がないので先生の横に立つ。
肘で小突かないでください。
むり。
俺には無理。
「そんなこと言わないでくれよ千歳ちゃん!」
「うるさい! 帰って!」
「俺、友達思いな君の事が……、すきだ!」
おおおおおお!
真剣な表情で教卓の前まで迫る健治君。
両手を口に当てて目を見開く日向さん。
盛り上がるクラスのみんな。
大興奮して立ち上がる穂咲。
なんか最近、こんなのばっかりだ。
「……先生。あれは立たせなくていいんですか?」
「お前は無粋なやつだな。そんなことだからモテんのだ」
そりゃ悪うござんした。
日向さん、オーバーリアクションで頭を抱え始めちゃったけど。
すっごい葛藤してる。
悩んで悩んで。
頭を抱えてぐねぐねして。
そして健治君の顔もまともに見れないまま。
「お、おとも……、いいえ! 話しかけないでっ!」
おおおおおお!
なぜか湧き上がる拍手。
いや、なぜかってこと無いか。
だって俺も拍手しちゃってるし。
でもあなたはやめといたほうがいいんじゃないかな、先生。
「くそっ! ……今日は諦めるけど、必ず心根を治してまたアタックするから!」
「ど、どうせ三日坊主でしょ!」
「見ていてくれ! じゃあな!」
健治君、悔し涙を浮かべながら出て行っちゃった。
凄いね君。
真似できないよ。したくもないけど。
しかし、すっかり立場が逆になったね。
限界ギリギリでお断りした日向さん。
へろへろと崩れ落ちてるけども。
こりゃ、落ちるのも時間の問題だ。
……でも。
毅然としてたな。
素敵だった。
「あはは。あたしのことなんか気にしないでOKしちゃえばよかったのに」
神尾さんがいつもの苦笑いで頬をかくと。
またもや日向さんは机をバンバン叩き出した。
「そうじゃないっしょ!? アイツ、人が真剣に取り組んでいるものを平気でバカにしたのよ?」
「でも、考えを改めるって、反省してるみたいだし……」
「はっ! どうだかね!」
すぐそばでブンブン首を振って頷く穂咲も気になるけど。
もはやそんなの些末な話。
「ねえ先生。立たせないでいいんですか? これ、終わんないですよ?」
「ほんとうに無粋だな、お前は」
「………………じゃ、粋なとこ見せましょう」
「是非そうしてくれ」
こうして今日は珍しく、穂咲じゃない連中のせいで俺は廊下へと向かった。
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