ストレリチアのせい
~ 十二月十三日(水) 五時間目 ~
ストレリチアの花言葉 女王の輝き
先週、もう一生勉強をしない宣言をしたというのに。
猫背になって、机に広げた参考書にかじりついているのは
今日は軽い色に染めたゆるふわロング髪を高い位置でポニーテールにして。
一番高い頂に、まるで南国の鳥が豪快に羽ばたいているようなフォルムのストレリチアを活けている。
燃えるようなオレンジ色をしたストレリチア。
またの名を極楽鳥花。
バカっぽいとか言うとくちばしで突かれそうなので口が裂けても言いません。
そんなバカっぽい穂咲が、こんなに集中して読んでいる本。
テストで満点を取ったご褒美とのことで、家庭科の先生から栄養士資格試験の参考書をプレゼントされたのですが。
皆さん、こいつのこと甘やかし過ぎ。
ちょっとだけご無沙汰だったがり勉モード。
この状態でも随分と周りが見えるようになってきたようですが。
それがまさか、マイナスに働くなど思いもしませんでした。
学期末らしく、自習となった五時間目。
提出不要というまったく意味をなさないプリント。
これを配った先生が教室を後にすると、みんな思い思いにおしゃべりを楽しみ始めるのです。
かつては誰がどれだけ騒ごうとも気にもしなかった穂咲。
でも、最近ではそんな声がちゃんと耳に入ってくるようで。
それを逆に言えば。
集中したいのに騒ぎが耳に入って来てしまうようで。
「みんな、静かにして欲しいの!」
この日、珍しく。
ピリリとした声を皆に対して投げかけた。
……勉強したいのに、参考書に集中したいのに。
みんなの騒ぎに邪魔されて。
きっとそんな思いで口にした言葉。
気持ちは何となくわかる。
でもね、みーんな思ってる。
君に言われても。
普段だったなら、苦笑いを浮かべつつも、みんな素直に従うだろう。
しかし今は、テストも終わった学期末の自習。
こんな自由時間みたいなタイミングで静かにしろと言われても。
クラスから伝わってくる、不満気なため息が俺を慌てさせます。
「ごめんみんな! でも、えっと、穂咲が言いたいのはそういうのじゃなくて!」
そんなフォローを入れた俺に、冷たい声がかけられる。
「道久君も静かにするの!」
「うおい! 誰のせいでこんなに慌ててるとおもぷぎゅ!」
なんでしょう、左手で俺の口を押えたりして。
そして右手の人差し指を自分の口に立てたりして。
……あ。
静かにしろってそういうこと?
何かが聞こえるの?
固唾を飲んで見守るみんなの耳に、この誤解の元凶がようやくその鳴き声を漏らした。
…………ぐう。
教室の中央あたり。
お腹が鳴るのを恥ずかしがって俯く数名。
なんで君たちは5時間目にお腹を空かせているの?
「……あ、このメンバー。昼休みに駆り出された掃除当番?」
今日は各クラスの掃除当番が呼び出されて。
花壇の掃除に駆り出されたんだ。
それにしてもごはん抜きとはどういうこと?
「俺達、掃除の範囲間違えちゃって……」
「先生に見えない駐輪場の周りまで綺麗にしてたら、終了の合図が聞こえなくて」
「だから掃除してる間に昼休み終わっちゃったの」
あちゃあ。
奉仕活動しといてそんな目に遭うなんて可哀そう。
かと言って先生たちのせいにするのも忍びない。
しかし、さすがは穂咲。
こと親切については他の追随を許さないね。
あの騒ぎの中でよく聞き取れたこと。
そんな親切女王様。
ちょっと見直した直後にとんでもないことをのたまわれた。
「では! これよりうちのクラスは、お昼休みの延長戦なの!」
……さすがは穂咲。
こと、おバカについても他の追随を許さないね。
「延長してどうするのさ」
「その間に、みんなはお弁当を食べるの! みんなも協力するの!」
おおと盛り上がる一同に、輝くばかりの微笑を投げた女王陛下が指示を飛ばす。
「男子は全員、外から先生たちが入ってこようとするのを全力で阻止するの! 女子は出入り口に机を積んでバリケードにするの!」
「ちょ、陛下。何言い出した?」
気勢を上げた皆が、あっという間に指示に従って動き出す。
そんな騒ぎを割るように、廊下に集まった先生たちの荒げた声が響く。
「こら! お前たち、これはどういうことだ!」
「すぐに教室に戻りなさい!」
「そうはいかない! 俺たちは正義を守るイージスとなる!」
「そうだ! 俺たちが時間を作る! 今のうちに早く!」
とうとう騒ぎが怒号に取って代わり、閑静だった五時間目の校舎の一角に、戦場のような熱狂が生まれた。
「教師に暴力を振るうとは何事だ!」
「俺達は手を挙げていない! 肩を組んで壁になってるだけだ!」
「ええい、そこを通せ!」
「俺たちには、俺たちが信じる正義があるんだ! 断じて引くもんか!」
……ひとつ、気付いちゃったんだけど。
最初に穂咲が異変に気付いたのは大したものだ。
でも、そのこいつがここまで騒がなければ。
静かにお弁当を食べれば済んだんじゃないのかしら。
「こ、こんなことされたら弁当なんか食べてられないよ!」
「そうよ! 我慢するから、早くやめて!」
困惑する六人の腹ペコさんたちに、穂咲は厳しい目を向けて諭すように語る。
「それは逆なの。皆のためを思うなら、本能のおもむくままにかっ込むの!」
女王の一喝に、ムキになってご飯を食べ始める六人。
強引に突破しようとする教師陣に、不退転の覚悟で挑む勇者たち。
それを鼓舞して、鋼の意志を数倍させる美女の歓声。
……そしてここに立つのは、呆れ顔の俺!
「食べ終わったぞ!」
「こっちも! 食べ終わったわ!」
涙と共に、空の弁当箱を高々と掲げる六人。
そこには、米の一粒すら残っていなかった。
「よし! 全員、速やかに撤収なの!」
女王の撤収命令を受け、誰もが整然と、何事も無かったかのように席に着く。
そんな教室に、真っ赤な顔で、怒鳴り散らしたいのを徳俵いっぱいギリギリで耐えている様子で先生が入ってきた。
「………………そこでぼけっと突っ立っている秋山。廊下でバリケード役だった連中の名前を言え」
「知りません」
「その間、教室から声援を送っていた全員の名前を言え」
「気付きませんでした」
「首謀者は誰だ?」
「さて、なんのことやら」
火山、とうとう大爆発。
溢れるマグマと共に、先生は大声を俺に叩きつけた。
「では貴様は! 何の役なのだ!」
「…………たぶん、生贄じゃないのでしょうか」
こうして俺は、活火山に首根っこを掴まれて職員室へ連れて行かれた。
……みんな、否定しないんだね。
そんな涙ながらの敬礼、いらん。
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