サザンクロスのせい
~ 十二月七日(木) 放課後 家庭、古典、数学A ~
サザンクロスの花言葉 まだ見ぬ君へ
今日の出来はと訊ねると、良く転がったというバカな返事が返ってくる。
そんな、自分の進級を鉛筆任せにするある意味大物、
軽い色に染めたゆるふわロング髪を緩めに編んで後ろに下ろして。
そこにピンク色をしたサザンクロスの花をちりばめている。
お花屋さんではサザンクロスとよばれるクロウエア。
星形の小花が可愛いのですけど、それを髪に直接張り付けると。
まるで子供が書いたお姫様のようにバカっぽくなるのです。
さて、そんなお姫様が教授となる時間。
テストは終わったというのにフライパンを取り出して、ひき肉を炒め始めて。
あっという間に出来上がった目玉焼きマーボ丼を食べ終えたところで、先生が教室に顔を出した。
そんな先生は俺に用があったようで。
穂咲には待ってなくていいからと言い残してついていった。
「なんでしょう。テスト中ですし、廊下に立たせる気なら教科書とノートと筆記用具と机と椅子を準備して下さい」
「最後の一つで立ってる意味がなくなったな。だがそうではない。実はな、家庭科の先生に呼び出されたんだ」
「……はあ。行けばいいじゃないですか。俺は帰りますけど」
「藍川の件でもか?」
「さあ先生。急ぎましょう」
先生を追い抜いて、廊下を突き進む。
そんな俺の心は不安でいっぱい。
家庭科のテストは今日やったばかりだけど。
何があったんだろう。
本来声をかけられていた先生を背に、家庭科準備室への扉を開く。
そこには、テスト用紙を手にした家庭科の先生が困惑顔で座っていた。
「先生! 何でもしますから、何かを何とかしてください!」
「落ち着け秋山! ……すいません。何があったのでしょう。役に立てばと思ってこいつを連れてきたのですが構いませんか?」
「ええ、ひょっとしたら助けになるかもしれませんね。実は……」
そう言って俺たちに見せてくれたテスト用紙。
穂咲の名前が記されたその紙には、信じがたいことが書かれていた。
「…………うそだ。俺はこんなこと、信じたくない」
「私を呼び出したことも納得です。これは、大変な事態だ……」
青ざめる二人を前に、家庭科の先生も不安な表情をさらに濃いものにする。
そして、声を震わせながら話し始めた。
「藍川さん、先日の授業で騒ぎを起こしまして。それにいつもテストでは一桁の点数しかとったことが無いので真っ先に確認してみたんです。そうしたら……」
「いや、おっしゃりたいことは分かります。すぐに職員会議を開きましょう」
緊迫した様子の二人の会話なんか耳に入らない。
俺はあまりのショックに膝を落として。
胸から溢れ出す悔しい気持ちを、涙ながらに言葉にした。
「俺だって……、俺だって百点なんて取ったこと無いのに!」
そんな叫びに眉根を寄せる二人の教師。
お二人みたいに優秀な方にはこの気持ち分からないでしょうね。
「秋山君。あなたが悔しいとかそういう事じゃなくて……」
「そうだぞ秋山。これは何らかの不正行為が……」
え?
「いやいや、不正なんかないですよ? あいつ、家庭科の範囲は一瞬で覚えちゃったんです」
二人ともそんなはずないって顔してるけども。
えっとですね。
「おばさ……、あいつのお母さんがそれを面白がって、暇さえあればテストしてたらしくて。完璧なのよって自慢されましたから。でも、まさか百点なんて……。俺はどうしたら……」
今後、あいつに頭が上がらなくなりそうな気がする。
総合点でも負けるんじゃないの?
それにしてもお二人さん。
俺の説明に目を丸くさせてるけど。
……なに? そんなことで大騒ぎしてたの?
「だって秋山君? 藍川さん、今まで一桁しか……」
「今まで一分たりとも勉強してないのに点が取れてる方が奇跡です。今回はしっかりやったので……、ほら、調理実習の時だって教科書広げてたでしょ?」
言われてみればと頷いてくれた家庭科の先生。
そうね、もうちょっと説明しておこうかな。
「……穂咲、将来は飲食店をやりたいらしくて、調理士の免許を取りたいと思っているんですよ。だからようやく勉強し始めたみたいなんです」
「まあ、そうだったのね……。疑ったりして悪いことをしたわ。……まだ見ぬ将来の料理人、応援してあげないと」
「ええ。応援してあげてください」
家庭科の先生は、ようやく笑顔を浮かべてくれた。
どうやら疑いも晴れたよう。
さて、こっちはどう?
そう思って隣に目を向けてみれば。
「泣く!? ちょ! 先生!」
「くぅ……。あの藍川が……、そんな夢を……」
そこまで感動しないでよ。
あんたは出来の悪い娘を持った父親か。
「まったく情けない。生徒を信しんでどうするんですか」
「うるさい! 今すぐ立ってろ!」
……先生。
困ったらそれを言えば丸く収まるとでも思っているのでしょうか?
「テスト期間中は勘弁してくださいよ。テスト明けに支払いますから」
「そう思って今日まで我慢していたんだ。これで十回分。まとめて立たせてやる」
さすがにおかしいだろ。
どう突っ込もうか考える俺をよそに、先生は手帳になにやら書いて、ページを一枚破るとそれを手渡してきた。
「……なにこの回数券」
「ちゃんと二学期中に使い切れよ、回数券」
「十回って言ってたじゃないですか。十一枚綴りなんですけど、回数券」
「そういうもんだろう、回数券」
なんか納得。
仕方がないので、溜息と共にポケットに押し込んで部屋を後にした。
……それにしてても、まだ見ぬ料理人、か。
なんとなしにコックさん姿の穂咲を想像してみる。
でも、どうにもしっくりこない。
そしていろんなタイプのコックさんウェアを着ている穂咲を想像しているうちに、気が付いた。
……だぼだぼのYシャツ姿が一番似合ってら。
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