カラーのせい
~ 十二月五日(火) テスト前 数学Ⅰ、世界史、現代社会 ~
カラーの花言葉 素敵な美しさ
昨日の時点で不安だらけ。
そんな俺の心配が伝わったのか。
朝から一心不乱に教科書を見つめるのは、
今日は、軽い色に染めたゆるふわロング髪を両サイドでお団子にして。
そこにカラーの花束をひと揃えずつ挿している。
ミズバショウにも似た包み状のカラーは花びらがそこまで開かずラッパ状になる。
これをスーパーで見かけるアスパラガスみたいに、茎で束ねてプレゼントするのが一般的なんだけど。
耳の横に挿されましても。
弥生時代?
そんな穂咲は、席に着いても教科書とにらめっこ。
テストまでまだ間があるとは言え、いい傾向です。
俺も見習って、今のうちに詰め込まなきゃ。
そう思って鞄から教科書を取り出した瞬間、すぐ後ろの席から声がした。
「あれ? 鉛筆が無い」
「神尾君にしては珍しいミステイクだね。僕の鉛筆を使いたまえ。二本で足りるかな?」
「ありがとうね、岸谷君」
……うん、さすがは岸谷君だ。
素早くスマート、紳士な対応。
かっこいいなあ。
感心しながら教科書を広げたら、急に穂咲が立ち上がって大声を上げた。
「気付くのが遅れたの! 次は頑張るの!」
「うわびっくりした! ……鉛筆の話?」
「うう、困ってたのにお役に立てないなんて……」
すっかりしょげて座る穂咲の頭。
神尾さんがぽんぽんとして慰めて。
……しかし驚いた。
たしかにちょっと出遅れたとは言え、カンナさんに言われた通り、勉強しながらでも周りの事に気付いているじゃないか。
そうか、穂咲は成長しているんだ。
それに引き換え、俺はどうなんだ?
胸を張って、昨日より成長していると言えるのだろうか。
少しうれしくて。
少し寂しくて。
少し不安で。
そんな気持ちで穂咲を眺めていたら、今度はかなり後ろの方から声がした。
「あれ? 消しゴム忘れちまったよ」
「しょうがねえな、半分切ってやるよ」
「ああ! また遅れたの!」
再びあがった穂咲の叫び声に、クラス中から笑いが巻き起こる。
すると、消しゴムを手で半分に切りながら、六本木君が声をかけてくれた。
「なんでもかんでも藍川に取られてたまるか! 俺たちにもたまには親切させろ!」
再びあがる笑い声。
恥ずかしそうに席に戻る穂咲はちょっと寂しそう。
……六本木君の言う事はもっともなんだけど。
でも、親切は穂咲の居場所なわけで。
なんとか提供できないものだろうか。
考えあぐねる俺の席の前。
気付けば渡さんが立っていた。
「穂咲、勉強頑張ってるわね。ヤマを教えてあげようか」
おお、成績優秀な渡さんのヤマ。
俺にも教えて欲しい。
そう思って身を乗り出したら、穂咲はまたもや大声を上げて立ち上がった。
「それなの! 香澄ちゃんに勉強教えてあげるの!」
「え!? 学年十傑の渡さんに何言ってんのお前!」
とんだお釈迦様に説法。
渡さんも、見たことない表情になっちゃった。
お願いするわって言葉を出したい喉と、それを飲み込もうとしてる口がバトルしてる苦い顔。
……ちょっと面白い。
「こら穂咲。迷惑なだけだよ、やめなさい」
渡さんをフォローしてあげたら、穂咲がものすごく落ち込んじゃった。
ああもう、どうしたら。
「……なら、私に教えてよ」
なんと神の助け。
声の主は、宇佐美さん。
この申し出に、ぱあっと笑顔を浮かべた穂咲が教科書を持ってお邪魔する。
そして一生懸命教え始めたようだけど、要領を得ないから分かりにくい。
「なんかごめんね、宇佐美さん」
「いや、別に。……人に説明するのが一番の勉強になるらしいし。一石二鳥」
そう言って、熱心に説明する穂咲の頭をポンポンと撫でて。
……確かに君の言う通りだ。
穂咲の勉強にもなって、穂咲が落ち着く「親切」という居場所。
まさに一石二鳥。
いつも穂咲のことを気にかけてくれて。
この頭の良さ。
宇佐美さん、素敵だな。
ぼーっと二人の様子を眺めていたら、宇佐美さんが振り向きながら、柔らかく笑ってくれた。
「……私は、誰かに親切にしてるこの子が好きなんだ」
「うん。……なんか、分かる」
「でも、秋山は嫌い」
「えええええ!?」
ちょっと怖くて冷たい印象のある宇佐美さん。
でも、そのクールな仮面の下はとても優しくて。
そんな彼女にはどうやらお茶目な所もあるらしい。
涙目になった俺から顔を背けると、小さく舌を出していた。
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