カランコエのせい


 ~ 十二月一日(金) お昼休み 50% ~


   カランコエの花言葉 たくさんの小さな思い出



 案の定、昨日のパンクから一気に調子を落としたようで。

 まるきりやる気が無くなってしまったしょんぼり娘は藍川あいかわ穂咲ほさき


 そんなしょんぼりとは裏腹に、今日は軽い色に染めたゆるふわロング髪をつむじの辺りでお団子にして、そこにカランコエを株ごと豪快に活けている。


 オレンジで星型の小花がこれでもかと群れ咲くカランコエ。

 肉厚でのこぎり状の葉っぱも相まって、凄いインパクト。

 神尾さんの席がいつもより10センチばかり下がっているけど、それでも邪魔。


 ……昨日、一時間立たされて筋肉痛が辛いと嘆いているのに。

 なんかごめんなさい。



 そんな、後方を威嚇して歩く迷惑さん。

 お昼休みになったというのに机に突っ伏して。


 ころころ、ころころ。

 独特な音を奏でるのです。


「なぜ今からえんぴつを転がしますか」

「しっかり練習しておくの。本番で一番いい数字を出せるように仕上げておくの」


 それじゃカランコエじゃなくてカランコロンです。


 なんか、うしろ向きな上におかしな事を言っているけども。

 ちょっと危険ゾーンじゃなかろうか。

 こんな調子じゃ、全教科60点以上は無理そうな気がする。


「ねえ、そんな不確実な物じゃなくて勉強しなさいよ」

「はあ。……やる気が出ないの」

「そうだ、ごはんの事で集中が乱れちゃってたみたいだから、試験期間中もカンナさんに出張販売を申し込んでおいたから」

「それじゃなおさらダメなの。違うの」


 ころころ、ころころ。

 何が違うと言うのでしょう。


 困り果ててため息を突いた背中。

 バシンとはたかれて思わず伸びた。


 ……日向さんだ。

 

「秋山! ほんと分かってないっての!」

「え? なにが?」

「まったくこれだから男子は……。穂咲! この間のリベンジするっしょ! 健冶君にあげるシチュー、一緒に作ってよ!」


 日向さんの申し入れに、ぱあっと笑顔を浮かべて頷く穂咲。

 ……なんだ。

 あのことが気になって勉強できずにいたの?


 いつものように調理セットを鞄から引っ張り出して。

 日向さんが持って来たシチューの材料を手早く切り始めているけども。


 一人で作っちゃ意味無いんじゃない?

 それに、また不思議味のシチューになるんじゃないの?


 そんな不安が顔に出ていたのかな。

 穂咲は俺の表情に気付いたようで、不安な気持ちが伝染してしまった。


「……道久君は、あたしが料理したら嫌なの?」

「え? ……そんな時間があったら勉強して欲しいけど。でも今は別だよ。日向さんのために張り切って作りなさい」

「…………そうじゃ、ないの」


 あれ? 違うの?

 なんか、料理を始める前のカランコロン穂咲に戻っちゃったけど。


「かーっ! 秋山はやっぱ何にも分かってないっしょ! ごはんも作らせてもらえないんじゃ、居場所が分からなくて落ち着かないって!」


 日向さんが俺の頭をバシバシ叩きながら言うと、穂咲は急ににっこり微笑んで。

 そして少し寂しい笑顔のままで、野菜を鍋に沈めていった。


 ……居場所?

 穂咲の居場所って?


 風の向くままネコの進むまま。

 ふらふらどこかへ漂って。


 唯一定位置があるとすれば、それは教授の姿になる時だけ。



 …………そうか。



 自分の価値を認めてもらえる場所。

 君にとっては、今の場所が一番安心できる所だったんだね。


「……なにか、分かったような気がする」

「ん? 秋山、なんか気付いた? でもシチューはあたしと穂咲のだからあげないでしょ! パンでも買ってきなよ!」


 日向さんが、なんでこんな事を言ったのか。

 それも今なら良く分かる。


 元気で明るくて美人さん。

 密かに憧れている男子が沢山いる女の子。


 でも、それだけだったら普通は女子にやっかまれるものなのに。

 君が男女問わず、みんなから人気がある理由。

 女心をよく分かっていて、それをこうして救ってあげているからなんだね。


「……しばらくあったかいお昼ご飯食ってないから、なんか元気でない。俺にもシチュー頂戴よ、穂咲」


 正解とばかりにニカッと笑って、親指を上げる日向さん。

 その様子に目を向けるでもなく、そして表情すら変えることなく。

 穂咲は鍋から灰汁を取りつつ頷いた。


「まったく、しょうがない道久君なの。しょうがないから分けてあげるの」


 その声にも抑揚は無い。

 でも、心底わかる。


 これは、いつもの穂咲の声。

 普段の穂咲が、ようやく帰ってきてくれたんだ。



 バカげたアレンジが加わってない普通のシチュー。

 目玉焼きが乗ったクリームシチュー。


 俺は、いまいちなのと楽しそうに笑う穂咲と共に、美味しくいただいた。





「リフレッシュ完了なの! これで頑張れるの!」


 鍋を片した穂咲は、教科書を広げて机に向かう。

 そんな姿を楽しそうに見つめていた日向さんに、俺は話しかけた。


「うーん、俺はまだまだだな」

「そりゃそうよ! 健治君ならそれくらい気が付くと思うけどね! じゃ、このシチュー持って玉砕して来るわ!」

「そんな後ろ向きの全力疾走でどうするの?」


 思わず突っ込む俺に、あははと手を振る日向さん。


「大丈夫! そう簡単に落とせないことくらい分かってるって意味っしょ! だがあたしはいく! なぜなら、そこに山があるからねっ!」


 なんだか台風のような勢いで教室を飛び出して行っちゃったけど。

 あんな姿を見せられたら出て来る言葉なんか一つしかない。


「かっこいいな」

「そうなの。千歳ちゃん、かっこいいの」


 ……そんな言葉の余韻に浸る間もないままに。

 教室に戻って来た日向さんは、竹を割ったようにさっぱりと大声をあげた。


「断られた!」


 唖然とするみんなが見つめる中、一分ぐらい大声で泣く。

 それが終わると何もなかったかのように、神尾さんに編み物を教えてくれとせがみだす。


 こんな姿を見せられたら出て来る言葉なんか一つしかない。


「かっこいいけど慌ただしいな」

「そうなの。かっこいいけど、目が回りそうなの。でも……」


 後ろの席に振り返り、神尾さんにまとわりつく日向さんを見つめながら。

 穂咲は笑顔で呟いた。


「千歳ちゃんと一緒にいると、一時間のうちに沢山の思い出が出来るの」


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