ワビスケのせい


 ~ 十一月三十日(木) 一時間目 80% ~


   ワビスケの花言葉 簡素



 頼れる大人、カンナさんの一言が実に効果的でした。

 もうダメかと諦めていたところから、必死に勉強を再開して巻き返しを図る崖っぷちさんは藍川あいかわ穂咲ほさき


 気付けば俺より勉強進んでいるようだけど。

 ひとを踏み台にしないように。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は耳の下で輪っかにリーススタイルにして。

 まるで真っ白なツバキ、ワビスケが二輪、三輪と咲いた枝を、リースの中に活けています。


 そんなバカっぷりに突っ込みたいのはやまやまなのですが、今日はやめとこう。

 どうでしょう、この集中っぷり。

 恒例、木曜一時間目だというのに劇団が鞄から現れる気配すら感じません。



「さすがに昨日は家でも勉強したみたいだね」

「ドラマは録画してあるの。テストが終わったら二時間スペシャルなの」


 おお、穂咲の口からそんなセリフを聞くことになるとは。

 負けてられないや。


「俺も頑張んなきゃ」

「もちろんそうするの。そして頑張って勉強したご褒美に、今日のお昼は手間暇かけたミックスフライ定食なの」


 おお! それは楽しみ!

 ……ではなく。

 かけないでくださいよ、手間暇。


「いいよわざわざ揚げ物にしなくて。簡素なごはんにして、休憩なり勉強なりに充てなさい」

「ええっ!? たくさん準備したのに! 嫌なの!」


 うおう。

 久しぶりにやらかしましたねお嬢さん。

 最近は俺も意識してなかったけど、今は授業中なのですよ?


「今叫んだのは、秋山か? それとも秋山のせいでやむを得ず声を荒げることになった藍川か?」

「おいこら」

「先生、道久君がひどいことを言うの!」

「酷くないでしょうに。俺はお前を心配してだなあ」

「男らしくないぞ秋山。黙って立ってろ」

「でも先生。こいつ、教室でフライ揚げるつもりですよ?」


 穂咲の肩を持っていた先生も、この一言に口をつぐむ。

 随分前だけど、スプリンクラー作動させたこともあるからね。


 悩んで悩んで悩んだ挙句。

 先生は珍しく正常な沙汰を下した。


「藍川。さすがにそれはやめろ」

「先生まで酷いこと言うの!」

「酷くないだろう。俺はお前を心配してだなあ」

「男らしくないですよ先生。黙って立っていてください」

「調子に乗るな。廊下で明日の朝日を拝みたいのか?」


 この寒さで廊下に一晩いたら朝日を拝む前におだぶつです。


「という訳だから。購買でなんか買ってきてやるから今日はそれで我慢しろ」

「みんなが邪魔するの! あたしは、揚げ物したいのー!」

「うおい穂咲!」


 って、外に行っちゃいましたけど。

 復活したと思ったら、妙なところでパンクしちゃいました。


「……どうするんですかこれ? 先生のせいですよ?」

「ばかもん。……誰がどう見たって貴様のせいだろうが」


 にらみ合ってはみたけども。

 お互い、結果は分かっているようで。


 ただのきっかけ待ちなのです。


「……あの、あたしが言うのもほんとに僭越なんですが……」


 おずおずと席を立つ神尾さん。

 大丈夫。

 最後まで言わせやしませんよ。


 俺は神尾さんに手をかざして最後のセリフを止めて。

 席を立ち、先生と共に、穂咲が開けっ放しにした扉へと向かった。


「ふ、二人とも、廊下で立ってなさい! ……なんちゃって……」

「え!? まさか、言いたかったの!?」


 なんたること。

 真面目な神尾さんにあるまじき行動。


 ……いや、でも分かる気がする。

 誰しも言ってみたい言葉だよね、それ。


 でもね。

 やり過ぎ。


「……神尾。分かってるな」

「ひぅっ!? ごめんなさい! ごめんなさい!」


 こうして、教師とクラス委員に挟まれて、俺は複雑な思いと共に廊下で過ごすことになった。



 ……それにしても、またふりだしなの!?


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