ベゴニアのせい


 ~ 十一月二十九日(水) お昼休み 35% ~


   ベゴニアの花言葉 不格好



 急に頭に入れた知識なんて、あっという間に揮発するもの。

 登校中、いつものようにテスト範囲の問題を出してみた所、正答率が三割五分になってしまったこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき

 今後は君の事を炎天下のかき氷と呼ぶことにしよう。


 そんな穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪を鉢植えの形に結って。

 そこに赤、白、ピンク、黄色と、色とりどりのベゴニアを活けている。


 バカっぽいだのなんだの言っている場合じゃないけども。


 やっぱりバカに見えるんだ。



 そんな穂咲と共に、本日は購買に来ている。

 お昼休みの購買だ。

 それはそれは、まるで戦場のような有様なのです。


「おばちゃん! コロッケパンと焼きそばパン!」

「俺はホットドッグとメロンパン!」

「シーチキンマヨ、もう売り切れ? じゃあおかか頂戴!」


 …………すごいね。

 順番とか無いんだ。

 ここは力があるものが勝つ世界なんだ。


 一歩間違うと、醜悪にすら映る。

 これじゃまるで…………。


「まるで、ほにゃららにたかるピーのようなの」

「濁したって駄目です。反省なさい」


 きょとんとして見つめなさんな。

 ちょっとは考えてから物を言いなさいよ。

 女子でしょ? 君。


「おう! おまえら待たせたな!」

「こんにちは、カンナさん。もうお昼休み始まっちゃいましたよ?」

「いいんだよ。一通りハケてから出品して欲しいって言われてんだ」


 そう、今日はワンコ・バーガーのプレゼン日。

 実際に店頭に並べて、お客さんの反応を見たいとのことらしい。


 乗り掛かった舟と言うか、日ごろの恩も返さなければいけないし。

 こうしてお手伝いに来たわけなのだけど……。


「カンナさん、よれよれじゃないですか。そんなかっこでプレゼンしたら不利じゃないの?」


 いつもはきっちりとしたカンナさん。

 今日は髪もボサボサだし、服もだらしないし。

 穂咲にシャツの裾をスカートに押し込まれているほどだけど、大丈夫?


「このプレゼンの準備で寝る間もなくてな。でも、格好悪くても一生懸命が伝わればそれでいいのさ」

「かっこ悪くても一生懸命か…………。まるで今ぶち当たってる難問みたい」


 ……我ながら驚いて、慌てて口に両手を当てた。

 まさかぼやいちゃうなんて。

 恥ずかしい。


「秋山らしくねえな、青春してるのか? いいぜ、お姉さんに相談してみろ」

「俺だって青春くらいしますよ。……えっとですね……」


 俺は逃げ出そうとする穂咲の首根っこを掴みながら、ここしばらくの有様を順序だてて説明した。

 話は随分長くなってしまったのに、カンナさんは真剣に聞いてくれる。


「……ってわけで、こいつは勉強しようとしないし、俺もしつこく勉強しろって言うのためらっちゃってるんですよ」

「ふむふむ。…………で?」

「はい? いやいや、で? ではなく。どうしたらいいのやら」

「はあ!? それで悩んでるのかよ。バカじゃねえの? お前らは何のために学校に通ってると思ってたんだ?」


 カンナさんが、ぼさぼさ髪を掻きながら。

 呆れた顔で俺達を見下ろすけども。


「えっとね、みんなが楽しくなるようにどうしたらいいか教えてもらうためなの」

「君はそんな目的で学校に通ってたの? そうじゃなくて、学校ってとこは……」

「バカ穂咲のくせにちゃんと分かってんじゃねえか。なのに、なんでよそ様に迷惑かけてんだよ」

「ええっ!? ちょっ、何言ってるのカンナさん!」


 学校は勉強するとこでしょ!

 ……ああ、あなた、元・不良さんでしたっけ。

 だめだよめちゃくちゃなこと教えちゃ。


 慌てる俺には見向きもせずに、カンナさんはいつものように穂咲の肩に腕をかけて話を続ける。



 …………そして、俺は頬をはたかれたほどの衝撃を受けた。



「目いっぱい仕事しながらお客さんの反応見ることぐれえできるようになっとかねえと、目玉焼きやなんて到底無理だぞ? だから、目いっぱい勉強しながら周りの事をよく見れるようになれなきゃだめだろうが」

「…………あ! ほんとなの! でも、あたし、それができないから……」

「子供はそれができねえから学校で練習するんじゃねえか。ほれ、早速やってみろ。勉強しながら、うちの商品食ってる連中の反応をちゃんと確認しとけよ?」

「自信ないの……。勉強の方がおろそかになりそうなの」

「それじゃ逆なんだよバカ穂咲。てめえ、バイトの間もレジをおろそかにしてばあさんたちの面倒見に行くけどさ、いつも言ってるじぇねえか。レジが先だ」


 ニヤリと笑って話を終えたカンナさんが、バーガーの詰まった段ボールをカートから降ろし始める。

 そんな姿を見つめていた穂咲は、キッと真剣な表情になって、教科書を広げながら手近なベンチに腰かけた。


「師匠! お願いします!」

「誰が師匠だバカ穂咲! ほれ、他人事じゃねえぞ。てめえもやるんだよ、秋山」

「……うす、師匠」

「ったく、てめえらは……」


 俺達をにらみつけながら売り場へ向かうカンナさんの後姿。

 くたびれた服に、ぼさぼさの髪。

 なのに、その背中はぴしっと伸びて。


 不格好なのに、なんてかっこいいんだ。


 思えば、カンナさんは職場でいつもパーフェクトに仕事をこなしながら、俺たちが困った時には的確な指示を出してくれていた。

 カンナさんと同じだけの仕事をこなせと言われたら、必死にやれば出来そうな気がしていたけども。


 ……甘い考えだった。

 それじゃ、ぜんぜん足りないんだ。


 これが視野というものか。

 大人と子供の違いという物なのか。


「さあみんな! これから購買の新メニューお試し会を始めるぜ! 協力してくれるとお姉さん嬉しいんだけどな!」


 張りのある大声が響き渡ると、丁度歩いていたみんながポップな包装紙に興味を示してカンナさんの元に集まっていく。

 その様子を見て、遠くにいた人たちも寄って来る。


 普段は閑散とし始める時間帯の購買が、あっという間に大賑わい。

 そして大人気商品、トマトブリトーの美味さに歓声が沸き上がると、お昼休み直後かと勘違いするほどの人だかりができた。



 この現象を引き起こした、たった一つの起爆剤。

 第一印象のインパクトがあるポップなデザインの包装紙。


 プレゼンに勝つために、わざわざ作ったんだ。

 こんなアイデアを、あれだけ忙しい仕事の合間に考え付くなんて。



 ……俺はカンナさんみたいな大人になることができるのだろうか。

 そのためには、まずはレジが先か。


 久しぶりに胸のつかえが取れた心地で教科書に目を落とす。

 そして英文を目で追いながら、周りに気を配る練習をしてみたら。


 すぐ隣で、穂咲が一心不乱に勉強している様子が伝わって来た。

 教科書に集中しながら、頑張ってお客さんの様子を窺おうとする気持ちがはっきりと分かった。


「…………ナポレオン・ボナペティーめしあがれ

「そうだね。みんな、沢山食べてくれるといいね」


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