カリンのせい
~ 十一月二十一日(火) 五時間目 1% ~
カリンの花言葉 可能性がある
結局昨日はずっと逃げ続け、ろくに勉強もしていない。
期末試験まであと数日というのに、試験範囲どころか中学の範囲さえ怪しいこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、耳の下で輪っかにリーススタイルにして。
その中に、カリンの枝が可愛く揺れているのです。
ピンクの小花が四つ、五つ。
五枚の丸っこい花びらが重なり合って、実ににぎにぎしい。
髪は素敵。
珍しく、ほんとに可愛いと思います。
なのにどうして本体はこんなにも素敵じゃないのでしょうか。
滅多に見ませんよ。
上に向けた顔に、開いた本を乗せて眠っちゃう人。
「ほら、現実逃避してないで起きなさい」
「もう数字はいやなの。一か月くらい見たくないの」
本の世界からくぐもった声が響いてきますけど。
「駄目です。君が開いてるページ、まだ六月の内容ですから」
「…………あと半年分もあるの?」
「そう。あの渡さんが半年かけて勉強してきた内容を、君は今日一日で覚えるのです。一秒だって無駄になんかできません」
「むちゃなの~!」
よく分かっている。
無茶は承知。
……可能性なんかない。
でも、放っておくわけになんかいかない。
穂咲の机の前に立って。
顔に乗せた教科書を取り上げて机に伸してやる。
すると穂咲はしぶしぶ、うつろな目でシャープペンを握り直した。
……普段から人気者ではあるけども。
今日は朝から皆さんに声をかけられっぱなしだけれども。
そのせいでこう不機嫌になられてはこっちが困る。
放課後遊びに行かないかとか。
ちょっと困ったことがあってとか。
週末、飼い猫の面倒を見てほしいとか。
全部却下です!
「道久君、みんなに冷たいの」
「冷たくて結構。ほら、教科書を見なさい」
「ああ! しょせん、あたしに高校生をまっとうするなんて無茶な話だったの!」
「諦めるんじゃない!」
全力で励ます俺の肩を誰かが叩く。
もう、邪魔しないで。
空気読んでよ。
「昨日から凄いな。教師にでもなったつもりか?」
「お構いなく。どうせこいつは授業に追いつけません。それより今は一秒でも惜しいので、邪魔をしないでいただきたい」
「……………………はい」
まったく、昨日は逃げるこいつをスルーしてるし。
人間的には中々良い事を言うけれど。
穂咲に甘すぎる先生なのです。
さてと、穂咲の様子は……。
「ぐう」
「こら! ちょっと目を離すとこれだ! シャキッとしなさい!」
「うう。でも、問題が悪いの。なんの魅力も感じないの。確からしさとか、はっきりしない言葉なの。絶対なんの役にも立たないの」
「屁理屈はつらつら出て来るんだね。どれどれ……、よくある赤玉白玉問題か。これはだな、九個の玉子を順番に二個取り出して、それがL玉、M玉の順番になるのは何回に一回かという……」
「四回に一回なの」
…………ん?
「勘で言いなさんな」
「だって、L玉は六個なんだから九回に六回で、そのあとM玉は八回に三回になるから、七十二回に十八回はその順番なの。だから四回に一回なの」
「うそでしょ?」
「うそじゃないの。四回に一回なの」
いや、そういう事じゃなくて。
……ひょっとして。
「目玉焼き温暖化の原因になっている二酸化炭素やメタンなどの事を何と言う?」
「温室効果ガス」
「『目玉焼きを運んで下さる方がいらっしゃった』を古語で言うと?」
「めだまやきのおおきみいまそがりけり」
「ほんとうそでしょ!?」
「うそじゃないの。合ってるの」
「おお! 可能性、見えた!」
君のバカのくせ、掴んだよ!
そうかそうか、どう解釈するかで悩んでただけなのか!
「なんとかなるかもしれん! ようし、俺が必ず赤点回避させてやるからな!」
しばらくきょとんとしたままだった穂咲が、俺の笑顔を見てぱあっと微笑む。
でも、せっかくの上り調子に水を差してくる邪魔者がいた。
「さすがにやかましい! 立ってろ!」
「それは聞けません。今からこの問題を全部目玉焼き語に翻訳しなきゃいけないので……、って、先生! 何やってるんですか!」
「……………………はい。なんのことでしょう」
「その例文じゃダメです! ちゃんと目玉焼きに関係した文章にして!」
ムッとしなさんな。
そんな文章がこいつに読めるはずないだろ?
「ほら、先生! 目玉焼きに関係した英語で!」
「…………サニースタンドアップ」
「スタンドじゃないです、サイドです」
「サニースタンドアップ」
なんのこと?
立て?
…………おお。
「俺はサニーさんじゃないから立ちません」
「サニースタンドアップ」
「…………悪いのは、穂咲です」
「では、ターンオーバー」
両面焼き?
他の意味は、ひっくり返す。
あるいは。
………………入れ替わる。
「悪い穂咲と善良な俺、廊下に立つのを入れ替えろと?」
「ターンオーバー」
悔しいけど、なんか上手いから納得いった。
でも、ひとつ確認しておきたいことがある。
「穂咲。『めだまやきのおおきみ』ってどういう意味?」
「大きな黄身なの」
説明されてもなお分からないけど、俺は確かな手ごたえを感じた。
「行ける!」
「いいから早く廊下へ行け!」
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