アロエのせい


 ~ 十一月二十二日(水) お昼休み 15% ~


   アロエの花言葉 迷信



 教科書目玉焼き語変換作戦は、実に効果的だった。

 おかげですらすらと問題を解けるようになったこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 ……まあ、そのおかげで俺は一分たりとも自分の勉強ができずに徹夜する羽目になりましたけど。


 今日の穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんでパイナップル状に束ねて。

 そこから、アロエをにょきにょきと何本も生やしている。


 そんなデンジャラス・クイーンに近付く者はいない。

 なぜなら、朝からくしゃみをするたびにとげとげのアロエごとヘッドバンギング。


 俺、切り傷だらけにされてるんだけど、それ一本貰ってもいい?

 切り傷にも効くよね、アロエの汁。



「いーしょ」

「あぶなっ! ……風邪?」

「違うのだよロード君。朝ごはんの時、胡椒を吸い込んでから止まらなくなっちゃ……、いーしょ」

「あぶなっ! ……サンドイッチの方を向いてくしゃみするのだけはやめてくださいね、教授」


 なるべく簡単なものにするようお願いしたおかげだろうか。

 今日の調理は挟むだけ。

 とは言え丁寧に包丁を入れたりマスタードを塗ったり、凝るところは凝っている。


 ……そんな時間があったら勉強して欲しいんだけど。


「道久君の作ってくれた問題、分かりやすいの。そのおかげで、目玉焼き語じゃない問題も解けるようになってきたの」

「そう言ってもらえると嬉しい。朝まで頑張って問題作った甲斐があったよ」

「あたしこそ嬉しいの。あたし、頑張るの。留年はごめんなの」


 おしゃべりしながらも手際よく調理は進んで。

 机に並べられた、マスタードが薄く塗られた目玉焼き入りレタスハムサンド。


 前に文句を言ったからね。

 マスタードの量、それくらいなら美味しく食べることができそうだ。


「でも、道久君の体が壊れちゃうといけないの。ごはんをたくさん食べるの」

「……なあ、テストの間だけお弁当作ってもらったら? 俺も購買で済ませるから」

「この時間が一番のリフレッシュタイムなの。取り上げられたらいやなの」


 そうは言ってもなあ。

 結構タイムロスだよね。


「じゃあ、手っ取り早い手があるの」

「ほう? どんな?」

「表札をいくつも集めるの」

「試験に受かるっていうけど。そんなマニアックな迷信よく知ってるね」


 君はたまにおばあちゃんみたいなこと言うね。


 そう言えば、穂咲んとこのおばあちゃんも博識だったよね。

 ……もっとも厳格な方だから、話しを聞いてる間の正座が辛いって事は覚えているけど肝心のお話はまるで覚えてない。


「お茶を先に淹れて……。よし、完成だロード君! たっぷり食べっ、……るがっ、……いーしょ」

「くしゃみ止まりませんね、教授」

「……誰かに噂されてるの」

「それも迷信ですって」


 一回が噂。

 二回が悪口とか言うけども。


 間違いなく、ハムに振りかけた胡椒のせいでしょう。


「きっと、勉強に目覚めたかっこいいあたしを噂して……、いーしょ」

「そんなに何回もくしゃみしてたら、なんの噂をされているやら分かったもんじゃないけどね」

「勉強ばっかりで、お話もしてないから嫌われてるかもしれな……、いーしょ」

「それはないさ、大丈夫。勉強してる時は誰だって気を使ってくれるさ」


 さて、それでは食べますか。

 手を合わせて、いただきますと言うが早いかサンドイッチにかぶりつく。


 うん、美味い!


 マスタード特有の、辛さの向こうに感じるこの旨味がたまらなく……っ!?


「ぐふぉ!? からっ!!! 辛いっ!!!」


 マスタードの量は大したこと無かったのに!

 なんだこりゃ!?


「……からしだから、怒りながらずーっと練ったの。でも、ただの迷信なの」

「それは迷信じゃありません!」


 『からしは怒って溶け』。

 それは迷信じゃなくて。

 練れば練るだけ辛くなるんだよ!


「ちょ……、水……」

「そう思って、先にお茶を淹れておいたの」


 おお、助かる!


 気が利くなあと思った矢先に気付いちゃったけど。

 見越してるんなら最初からここまで辛くしなさんな。


 マスタードを洗い流すかのように。

 じっくり口内を泳がせていると、今度は違う攻撃を食らうことになった。


「ごくんっ! うええっ! しぶいーーーー!」

「昨日のお茶っ葉だから薄いと思ってたっぷり浸したの。『夜越しの茶は飲むな』って言うけど、ただの迷信なの」

「それも迷信じゃありませ……、うええ」


 出し切ったお茶は渋みばっかり出るわけで。

 だからそんな言葉が生まれたわけなんですけど。


 昔の人の知恵が言葉になって現代まで残ってるんだからさ。

 ちゃんと覚えてるならそれを生かしなさいな。


 まったく、穂咲のせいでひどい目に遭った。

 どうして君はそんなにバカなのでしょう。


「いーしょ。いーしょ。…………二回の時は信じないことにしてるの。悪口なんか言われてないの。これはただの迷信なの。…………それとも道久君、今、あたしの悪口言った?」

「もちろんそれは迷信です」


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