ウィンターコスモスのせい


 ~ 十一月二十日(月) 三時間目 0% ~


   ウィンターコスモスの花言葉 忍耐



 好きなのか、はたまた嫌いなのか。

 いつからだろう、俺は考えるのをやめた。


 きっちり十五センチ離れた机。


 俺の左側に腰かけるのは、家族同然の幼馴染。

 この、校内で知らぬ者などいない、頭に花を咲かせる女の子の名は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪が、今日はハイツインに束ねられて。

 その結び目に、ウィンターコスモスの花がこれでもかと挿してある。


 黄色から白へとグラデーションする花びらが美しいウィンターコスモス。

 でも、それを頭から生やすとご覧の通り。


 バカにしか見えません。


 ……いや、バカにしか見えない、では無く。

 バカなのですけど。



 普段、バカという言葉が成績の優劣を表す事は無い。

 バカだけど成績がいい、とか。

 バカじゃないのに成績は悪い、とか。

 そういった使われ方をする。


 でも、ここまで勉強ができない奴はバカと呼んでいいのではなかろうか。


「ほら! 目を閉じるな! この公式を丸暗記しろ! 中学校の範囲だぞ!」

「数学は無かったことにして欲しいの。眠いの」

「お前は人類史を書き変える気ですか? 数学が無ければお前の大好きなテレビだってこの世に存在しなくなっちゃうんだから、頑張りなさいよ」

「はいなの……」


 まったく、ちょっと目を離すとすぐにこれだ。

 真面目に勉強しなさいな。


「……秋山。今は何の授業中か分かっているか?」

「何言ってるんですか! まずは苦手な教科から! こうしないと穂咲はペース保てないんです!」

「いや、そういう事じゃないんだが……、うむう」


 なにやら言いかけたまま結局やめて。

 用がないならちょっと黙っててください、英語教諭は。



 ……期末試験まであと二週間。

 今回、一教科でも六十点を下回ったら留年の可能性があると脅されている。


 そもそも授業中の素行が最悪の穂咲だ。

 成績優秀だって問題になってもおかしくない。


 せめて、ツッコミどころを学校側に与えるわけにはいかないんだ。



 先生と余計な話をしていた間に。

 穂咲は既に、集中を切らして教室を見渡している。


 皆さん、苦笑いで手を振ってくれたり、頑張れーとか声をかけてくれるけど。


「こら! 遊んでないで集中しなさい! みんなも甘やかさない!」

「違うの。奈緒ちゃんが具合悪そうなの」

「保健委員! 原村さんを保健室へ! だからお前はその公式を覚えなさい」

「あと、六本木君が消しゴム落として困ってるの」

「俺が探す! だからお前は公式使ってそのページの問題解いてなさい」


 まったく集中力の無い奴だ。

 俺は席を立って、六本木君の席を目指す。

 先生が何か言いかけてたけど、そんな暇あったら穂咲を見張っててください。


 えっと、消しゴム……、これか?


「ほら。六本木君も穂咲の邪魔になるから、こんなの落とさないでよ」

「あはは、わりい道久。しかしすごい鬼教官っぷりだな」

「あんなに厳しくやったら逆効果なんじゃない?」


 六本木君の隣から、渡さんが苦笑いと共にたしなめてくるけども。


「甘やかしてる時間がないんだよ。あいつ、高校入ってから一分たりとも勉強してない。中学の範囲まで忘れてる」

「それは……、凄いわね」

「でも、藍川らしいじゃねえか。原村とか俺の困り顔見ただけで、すぐに察してくれるなんて」

「なんだってあいつはその注意力を勉強に回せないんだか……」


 こと、親切については頭が回る。

 それは認めなくはないけども。


「あの子、そういう子じゃない」

「ああそうだ。諦めろ」

「そういう訳に行かないでしょうに。……あれ? 穂咲は?」


 気付けば、一番前の窓際の席に。

 ウィンターコスモスが一輪ぽつんと置いてある。


「逃げやがった! なんてヤツだ!」


 俺が憤慨していると、六本木君と渡さんが立ち上がって両肩に手を置いてきた。


「……あの子、そういう子じゃない」

「ああそうだ。諦めろ」


 ええいやかましい。


「俺は諦めないからな! 探しに行く!」


 まったく、先が思いやられる!

 怒りに身を任せながら教室の扉に手をかけると、背後から響く先生の大声。

 あなたまで邪魔しますか!


「秋山! お前が厳しくやるから逃げたんだろう。藍川の代わりに廊下で立ってろ」

「ええ!? 不条理な! ……穂咲を探しに行けないなら、せめて自分の勉強していたいんですけど」


 あいつの勉強に付き合ってる間はほんとに目を離せないからね。

 自分の勉強時間、睡眠時間削らなきゃ作れないんです。


「なるほど、テスト前だからな」

「そうそう。勉強させてくださいよ」


 文句をつける俺の元に先生が来る。

 そして教科書を一冊手渡された。

 えっと、どういうことです?


「これを音読しながら立ってろ」

「……オウ。アメイジング」

「そう、そんな感じだ」



 ……こうして今日の学校は。

 泣きながら校内を走る女子生徒の噂と、どこからか声が聞こえる、妖怪・アメリカ版二宮金次郎の噂とでもちきりになった。


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