第22話 エロスとタナトス


「何が起こってるんだ?」

 俺は仲間に声をかけた。 

 駆けつけた俺が森の出口に辿り着くと、最初に見えたのは仲間達の背中だ。俺と同じ会社支給の作業服が並んで立っているので直に分かった。


「お疲れサトシ君。今は2回戦目が終わって、3回戦が始まった所だ」


「あ、シン君も、皆もお疲れ。巻き込んでゴメン」

 彼は俺達日本人のリーダーのシン君。年齢はまだ25歳だが彼がリーダーなのに俺達全員異論が無い。ちなみに、俺と同じく小人化してる。

 ただ、俺と違って能力は攻防自在だ。あと、クナドというレアスキルを持ちでもある。


 俺はシン君に疑問を返さなかった。何の3回戦か? と


 何故そんな事になったのか? それは全く分からないが情況はよくわかった。

 今、マヒシャと女騎士のレスリングの試合中だ。

 ただし、男女限定のな。

 鍛え上げられた二人の肉体が、ほぼ全裸で絡み合っているんだから、やはりレスリングと言ってもいいだろう。


「サトシ君大胆だよね」

「もう! 最低です!!」

 

 はい?

 俺が最低? 大胆?


「あれ? カノンちゃんご機嫌斜めだね?」

 俺は並んで立っている男女に返事をした。

 彼らは、カノンちゃんとアキラさん。俺達日本人チームのツートップ、前衛を担当する攻撃の要だ。

 ま、戦闘の前に調査が俺達の仕事だけど。


「当たり前です! 気分悪いですよ! こんなの見せられて!!」


「いや、えっと、、、ゴメン?」

 俺は、詰め寄ってきた美少年に一応、謝った。喧嘩したくないからだ。


「もう、反省してないじゃないですか!」


 そりゃ、怒れられてる意味も分からんもん。


「落ち着きなよ。課長も褒めてただろ? サトシ君のおかげで死人も怪我人もゼロだよ」

 長身のグラマー美女が美少年を諭してくれている。

 ややこしいが、美女の方がアキラさん。 

 日本で最初に見た彼は、服の上からでも分かる引き締まった肉体を持った青年だった。そのイケメンが異世界に来た途端、何故かグラマーな美女へと変化した。

 もっとも、俺達の中では控えめな変化に過ぎない。だが、性差が変わっても全く動じないどころか、むしろ活き活きとするアキラさんはちょっとキモイ。


「だからってさ。 見てよ、周りのお猿さん達まで、もう!!」

 確かに、よく見ると男女のレスリングを見学してるだけではなく、あちこちで自主練や場外戦が行われている。 


 それを涙目で顔を赤らめながら訴える美少年。

 ややこしいが、この美少年がカノンちゃん。

 日本では大人しい清楚な女性だ。ちなみ最年少の19歳。

 さらにややこしいが、彼女の場合異世界に来ても女性のままだった。

 最初は、だ。

 カノンちゃんの場合、自身に危険が及んだり興奮したりすると、初めて変化する。男性化するのだが、正確に言うと戦士化と言った方がいい。

 つまり、彼女だけ形態変化を頻繁に繰り返すことになる。


「ま、落ち着いて。女の子のカノンさんが恥ずかしいのは分かりますが、これはサトシ君の高い技術を生かした好判断ですよ」

 また課長が足音を消して近くに立っていた。

 上司に褒められたのは嬉しいが、このオッサンはキモイし怖い。


「え~? 技術って何ですか?」


「私が、貴方達に支給した装備にも『ネーレウス』は有りますが、サトシ君がこの世界で作った薬剤よりかなり効き目は弱いです」

 ネーレウスとは、俺が最初にマヒシャに渡した攻撃抑制剤の事だ。これは全員が持っている。


「でも、その分副作用は抑えて作られているんですよ。それを逆手に取って自作の薬を使うとは、参りました」


 んん?

 副作用?

 そういえば、聞いたような気がするな。

 完全に忘れていたけど。


「エロスとタナトスは双子の兄弟。背を向け合って反発しているようで、手を取り合ってもいるんです。抑制された攻撃性は他の部分を亢進するのですよ」

 課長はいつもの笑顔で皆に説明している。俺を弁護してくれているのだろうが、カノンちゃんの目は怖いままだ。


 つまり、俺が大量に作った攻撃抑制剤は、副作用がある。違う何かを亢進するという事だ。

 ま、情況を見るとその何かは推測可能だよな。


 わざとじゃない。

 仕方なかったんだ。正直一人で大変だったしな。

 カノンちゃんの視線はとても痛い。

 もう、取り返せないくらい嫌われたかな? 


 でも、でもな。

 激しく攻撃に転じるマヒシャを横目に見て、これで良かったような気もする。

 彼は童貞卒業できたしな。

 頑張れマヒシャ! 

 いいぞ!

 鋭い腰使いだ!!



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