第20話 少名毘古那
突然、ゲベルの身体が空中に浮き上がった。
かに、見えただけだ。
ゲベルは後ろから首を鷲掴みにされ、吊り上げられているのだ。
「オンコットさん!」
後ろから、無言でゲベルを締め上げているのはグッタリと動けなかったはずの老猿人オンコットだった。
俺は瞬時に理解した。
さっきのがヒントだ。
奴らがパリヤを黙らせたのは、薬を使った奴らの洗脳が完成していたからだ。
だけど、薬は常用すれば、どんどん効き目が落ちる。特に薬を全く使わないからこそ、猛烈に効果があったヴァナラ達には。
誰よりも薬漬けにされたオンコットさんは一番効き目が薄れていたんだ。
だから、奴らがオンコットさんの側を離れて支配力が落ちた。
こいつらが、常にオンコットさんの横に居たのは、護衛ではなく彼から自由を奪う為、自我を無くした人形にする為だったのだろう。
そして、光が数本バルカルに突き刺さり、継いでゲベルにも命中する。
彼らは、一瞬強く痙攣して倒れ伏した。
その光を俺は知っている。
魔法で作られた光の手裏剣。電撃が付与されてスタン効果がついている。
「お疲れっす。サトシ君」
声と同時に人が突然現われた。
「シノブ君?! ってそんな装備あったんだ?」
俺と同じ会社の作業服にヘルメットと防塵マスク。
マスクをしててもあの手裏剣で誰だか分かる。
彼は同じ日本人で同期入社のシノブ君だ。仲間内で唯一身体的変化が無かった人でもある。ただ、彼の身体能力の飛躍は凄まじく、使える技術は多岐にわたる。技の多彩さでオオヌキさんに次ぐほどだ。
でも、何で此処にいる?
だが、俺がその疑問を口にする前に突風が吹き荒れた。
俺の小柄な身体が浮き上がりそうになるほどの強風。
突然こんな風が吹くか?
って、これも俺は知っている。
「俺もおるで! セイレーンの微粒子を吹き飛ばしたった」
「助かるよタロウさん」
俺は頭上の仲間に返事をした。
背中から生える大きな羽、赤ら顔、なにより異様に伸びた長い鼻。
俺達日本人の中で最も派手に変化した男、タロウさんだ。
彼は風魔法の達人であり、高速で飛行できる能力を持っている。空を飛べるのはタロウさんの他はゆっくり飛べるオオヌキさんだけだ。
「おう、平成のジェット・リンク参上やで!」
どや顔を俺に向けるタロウさん。
気のいい人なんだけど、ちょっと何言ってるか分からない時がある。
「でも、何でいるの? 何時から?」
「ごめん、最初からかな。タロウさんも俺が隠してた」
「ええ? まじで? 出てきてよ~。シノブ君がいたら助かったのに」
シノブ君得意の陰行の術かよ。
俺も似たような魔法・透明化は使えるが、シノブ君の技は特別だ。
何しろ、姿も音も消えうせて、陰行のまま移動しても術は解けない。
ゲベルとバルカルは攻撃を受ける瞬間までシノブ君の存在に気が付かなかっただろう。
ま、俺も分からなかったけど。
「シノブ君達が隠れていたのは私の指示です。許してください」
「え? 課長まで」
俺は全速でお辞儀をする。
きっちり背筋を伸ばして角度は30度。
「お疲れ様です!」
当然の事だ。俺はもう解雇にはなりたくない日本のサラリーマン。
「いやいや、疲れているのはサトシ君でしょう? もっと楽にしてくださいよ」
課長は笑顔を俺に向けるが、今は小人の俺から見ると186センチの長身に長い鼻、長い耳、大きな口の口角を上げた笑顔は悪魔みたいで怖い。
「一人で無理させて悪かったですね。戦闘が始まる前に帰りついたんですが、すぐに事情がわかりましてね。サトシ君の手並みを見たかったんですよ」
「いえ、全然大丈夫です! 余裕でしたから」
「確かに。もう勝負はつきました。サトシ君の勝ちですよ」
課長は俺の勝ちを確信したから、シノブ君に指示を出したのだという。
何故か?
オンコットさんの容態を心配したからだ。
寝たきりだった猿人がいきなり暴れまわったら、それこそ身体に悪い。
今、オンコットさんはゲベルとバルカルが動かなくなったのを感じて攻撃を止めて、動きを止めている。
「さて、解呪をしてオンコットさんの手当てをしてあげて下さい」
「はい」
モンジュ達、周囲のヴァナラの洗脳も解呪する必要もあるからな。
「それと、モンジュ王子とヴァナラ達に私達を紹介してください。あなたの人脈が頼りですよ。少名毘古那」
「はい、お任せください」
また、あの変なコードネームで俺を呼んでるよ。
正直、少名毘古那てなんやねん としか思えない。
課長は日本のアニメや漫画が大好きだからな。どっかで見たんだろう。
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