第19話 セイレーン


「消えた? お、お?おおー!おおっー!!」

 何故かテンションの上がっているパリヤが騒いでるが、他のヴァナラ達の気配は少し虚ろだ。

 そのパリヤの傍にチエダイの二人が近づいていく。

 彼らは胸の辺りまで前開きの白いゆったりした揃いの服を着ている。膝の辺りまである長袖の服で、膝下にやはり白いズボンが見えている。そして腰に揃いの太いベルトを締めて帯剣している。

 彼らがパリヤに接近すると途端に、その若い大猿は黙り込んだ。

 薬か魔法かその両方なのかまでは、分からない。だけど、コイツラはコンビでヴァナラ達を支配している。


「モンジュ、見ての通りだ。お父さん話はコイツらの出した幻だぞ」

 俺は堂々と接近してきたチエダイを指差す。

 彼らは有りもしない幻をでっち上げている。そして、少数の利害を共にするパリヤのようなヴァナラを利用しているのだ。

 チエダイ共は帯剣のみで、他の武装をしていない。それほど、肉眼で分かるほど。彼らと俺達は接近していた。 

 

「何してる? 奴らを捕まえろよ」

 だが、モンジュだけでなく、カプルも他のヴァナラも反応しない。 



 俺は周囲に漂う不穏な気配に気が付いた。

 安物の視覚魔法に気を取られていたが、いつの間にかこの辺りに満ちる不快な因子が存在する。


「セイレーンを撒いたな。チエダイ共!」

 俺は課長から教えてもらった薬剤を思い出した。

 判断力を低下され、自我に影響を与える幻覚系魔法薬『セイレーン』だ。

 課長はこの悪用されると危険な薬を詳しく教えてくれた。その解除方法もな。

「解呪!」

 この薬は簡単に人の思考抵抗力を奪う。ヴァナラ達があんな安い幻視術が効く訳だ。同時に洗脳も仕組まれていたんだから。


「みんな、大丈夫か?」

 俺が周囲を見ると、周囲のヴァナラ達は皆体が重そうだ。

 ちょうど、俺の攻撃抑制剤を吸った時のように。


「貴様何者だ? 何処の組織の人間だ? 何故邪魔をする?」

 見ると、パリヤの側を離れチエダイの二人がさらにに接近している。

「とぼけるなよ。広範囲で解呪魔法を編んで薬の種類まで当てやがった。この世界の人間じゃねぇな」


 バログ達の情報によると、こいつらはゲベルとバルカル。どっちがどっちかは、分からないが、息のあったコンビで合体魔法を得意とする魔法剣士らしい。

 詳しい事はバログ達も知らなかったが、合体魔法は俺と同じ広範囲に薬の効果を広める事と幻視術なんだろう。 

ただ、広範囲魔法は消費魔力が半端無い。一人で魔法を編む俺と、二人で分担するこいつらは消耗度が違う。


 ていうか、俺ヤバイ。

 俺は丸腰で攻撃魔法もない。

 そして、俺とチエダイの二人以外みんなボーっとして動けない。

 その情況で、刃物も手にした男が二人、俺に向かって来ている。


「おらっ!」

 俺は、不意打ちでスリングショットで素早く右側の男に丸薬を放った。

 

「痛っ」

「大丈夫かバルカル?」

 こっちがバルカルだったらしい。

 男は不意を疲れて丸薬が当たったが、平気な顔をしている。

 こいつらには、攻撃抑制剤が効かない。

 俺と同じく薬物への耐性持ちか、何かの対策をしているんだろう。

 こいつらも、薬品を扱っているしな。

 ていうか、もうどうしようも無い。


「これ薬だ。このチビ、薬をぶつけやがった」

「さっさとこいつを始末しよう。猿共の洗脳をしなさないとな」

「ああ、あとモンジュ王子を始末したら仕事は終わりだ」

 バルカルとゲベルの目の色が変わる。

 はっきりと俺に殺意を向けてきた。


 でも、俺は丸腰。

 得意の薬は効かない。

 頼りにしてたヴァナラ達は皆動けない。

 そして、刃物を持った大男が二人が向かってくる。


「待った! 俺、ラグンの黄金を隠し場所を知ってる」

   

「ああ?!」

「でまかせ言うなよ」


 はい、デマカセです。

 でも、ゲベルとバルカルの歩みは止まった。


「ラグンの森には金山なんか無いはずだ」

 左側のゲベルが俺に猜疑心の強い目を向ける。だが、話を聞く気あるようだ。

 それが今の俺の生命線だ。


「無いよ。だが、彼らも馬鹿じゃない。交易用に黄金を少し蓄えているんだ」

 コレは嘘じゃない。チランジが俺に約束した報酬の出所だ。

「後で、ラグンのヴァナラを制圧すれば、それお前らチエダイで山分けだろ? だけど、今その情報があれば、お前ら二人で独占だぞ」

 俺は全力で彼らの気を引いている。逃亡するにも、準備がいるんだ。

 焦って背中を見せれば、その背中を斬られるくらい俺にも分かってるからだ。

「もちろん条件はある。俺の命だ。保障しろ」


 俺の言葉を聞いたゲベルとバルカルの視線が交錯する。

 その時、俺の右手にはスリングショット。左手は自然に腰の位置に移動させる。

 腰には、各種丸薬に加えて煙玉も用意しておいたのだ。

 目の粘膜に直接作用する物理的薬物だ。薬の耐性が有っても効果あるぞ。現に俺の目もダメージ受けたからな。

 視覚を奪えば2対1でもなんとかなる。

 最悪逃げる事もできる。

 俺が取っておきを使う決断をした時、ゲベルとバルカルの二人も視線で会話し俺の話をどうするか決めたようだ。

 つまり、俺とチエダイの二人が互いに睨み合っていた。

だから、俺も奴らもそれに気が付かなかったんだ。


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