第13話 進軍


「懸かれ!!」

 モンジュの朗とした声が全軍に響く。

 ラグンの猿人達は一斉に投石器を振るう。中身は石ではなく俺が作った薬だ。その薬を丸く固め、物理的衝撃で気化しやすいように細工してある。その薬を遠征軍の前に着弾させて空気中に撒き散らす。

 最初は風上から薬を燃やして煙を吸わせる作戦を考えていたのだが、そうなると炎が敵味方を焼きかねないと却下されたのだ。ラグンのチランジたちはあくまで仲間の命を案じている。怪我をさせたくないらしい。

 幸い一定方向の風が吹き続けてラグン側が風上という俺の希望通りの地形なので容易く俺の魔法を薬に載せる事ができる。

 できるはずだ。はずなんだけど、ちょっと緊張してくる。

 なんせ失敗できない。

 俺のMPの大半を使う広範囲魔法だからだ。

 だが、ビビッてる暇はない。

 風に攻撃抑制剤が漂っている今、この瞬間しかチャンスはない。

 

 俺は、訓練で一度使っただけの広範囲魔法を使った。俺の身体から魔力が消費されていくのが分かる。

 大量のMPを一気に使ったのだ。

 

 それでも、使用した魔力に比してその効果の強さと範囲は数倍の影響力を誇る。

 本当は、怪我した仲間、多数の負傷兵なんかをまとめて回復するテクニックだ。


 飛んできた投石を警戒して大盾の後ろで騒いでいる猿人達が急速に静かになっていく。進軍してきたほぼ全てのヴァナラ族が活動を停止した。

 成功率は80%ほどだろうか? ほとんどのヴァナラ族がボンヤリとして動かない。この成功率の高さは、彼らの戦意が最初から低かった事がかなり影響しているだろう。

 遠征軍のヴァナラ族もラグンの同族と戦いたくなかったのだろう。

 

「よし! みんな行くぞ!!」

 遠征軍から戦意が無くなったのを見て取ったモンジュは俺達に号令をかけた。

 これからが勝負だ。

 オンコット将軍を取り戻せれば、俺達の勝ち。

 失敗したらラグンの猿人達は皆奴隷だ。俺も命の危険がある。


 俺たちは、案山子と化した遠征軍の包囲を抜け一気にオンコット将軍の本陣に迫った。

 俺はマヒシャの肩に乗り広範囲魔法を逃れた奴らに直接攻撃抑制剤を撃ち込んでやった。魔法で、ではない。日本から持ち込んだ俺の切り札スリングショットで丸薬を飛ばしているのだ。つまり、高性能なパチンコである。某猟師漫画を読んで買ってしまった物だ。 

 本人に直撃しなくても周囲に当たれば薬成分が気化して効果を発揮する。


 この研修旅行、最初に聞かされた時にスマホが使えない場所で5日間泊まりだと言われたのだ。そして、手渡された小さなリュックに5日分の荷物をまとめろとの業務命令。しかも場所は富士の樹海。もしやサバイバル合宿かと思ったんだよな。それで護身用に持ってきてしまった。

 そのリュックは異世界に私物を持ち込める特殊なアイテムだったんだけどな。


 俺がマヒシャの肩の上で移動していると、高く掲げられた4本の白旗は森の中に立てられ、その周囲は白い陣幕が張られている事が視認できるくらいの距離になった。

 そして、俺が異変に気付いたと、同時に先頭を走っているモンジュの声が鳴り響く。


「避けよ!」

 言うなりモンジュは横っ飛びして身をかわす。 

 飛びのいた辺りに打撃音を土煙が巻き上がる。


「マジかよ。かわしやがった」

 誰もいない場所、俺達から見て右側から声がした。

 だが、俺はそちらを見なかった。

 俺は反対方向、向かって左から魔法を感じたのだ。

 考える間も無く俺は咄嗟にアンチ・マジック・シールドを張った。


 ギリで間に合ったシールドに猛烈な爆風が襲い掛かる。

 俺のシールドは俺達全員をカバーする事ができた。俺は 攻撃魔法は無いけど、回復や防御は得意だ。 

 ただ、爆風のエネルギーをまともに受けた為、俺のMPが急速に目減りしたのが感じられた。


「うそやん、魔法防がれたで」

「お前ら、それどころじゃないぞ!オークだ!オークがいるぞ!!」

 そして、忽然と3人の人間が姿を現した。

 目の前真ん中に長剣と盾を持った背の高い女がいる。盾だけでなく全身を覆う金属製の鎧を身に着けている。

 メル山は蒸し暑いのに、よく着れるよな。

 ま、此処は高原の分涼しいけど。


「クララまで喋るなよ。全員の不可視が解けちゃっただろ」

 右側に立つ長身長髪の男が話した。長い髪を太い三つ編みにして後ろに垂らし、胴体と手足に金属ではない防具を身につけている。彼は、右手に剣、左手に魔法を蓄えている。


「オークの肩に小人がおるで。あんたやろ、ウチの魔法を消したん!」

 左側にいた赤毛の女が、真ん中の女の後ろに走って隠れる。額に宝石のついたサークレット、胸にもデカイ石のついた首飾り、さらに指輪と左腕の腕輪にも宝石が付いている。

 手に杖を持つだけで、防具は一切身につけていないが、宝石だらけで重そうに見える。何故なら、俺を小人呼ばわりしたが、コイツも大概チビなのだ。


 こいつらが何者か特長からすぐに分かった。

 バログ達の情報にあった腕利きの冒険者達。

 わざわざ戦いたくて異世界にやってきた戦闘狂たちだ。



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