第11話 戦闘準備


 翌日はラグンの森はハチの巣を突いたような大騒ぎとなった。

 オンコット将軍の命令でヴァナラ族の戦士が集められラグンのの森に攻め寄せてくる事が分かった。その為、全住民が避難するからである。

 ヴァナラ戦士の強みは立体的な機動力なので、森から離れるのだ。樹木などがあれば彼らの能力は発揮される。そうなると、人数の多い攻撃側が有利なるのでメル山の標高の高い岩場に移動したのだ。

 そこは俺が希望した条件にも合致しているし、岩場に移動すればラグンの里が燃える事は無くなるのだ。

 

 俺も準備は手伝った。

 マハ・メルの洞窟に戦えない老人や子供を匿っている。ちなみにモンジュはフンヌの里との混血でラグンのヴァナラ族はカプルのような灰色の毛並みが普通らしい。純白の美しい毛並みを持つのはリータ一人だという。

 その毛並みはヴァナラ族にとって特別な意味がある。彼女が男だったら、実は今回の問題は起こらなかったのだという。

 ま、そうなったらリータがチエダイに狙われただろうが。


 マヒシャは怪力を生かしてラグンの人たちの防御施設の設営に大活躍していた。

 チランジらは傾斜のきつい岩場を防衛拠点に選らんだ。

 ここなら高低差がラグンの味方になる。さらに、樹木やその代わりがない地形なので攻撃側の動きが丸見えになる。

 問題は長期戦は難しい事だろうが、その物資を運ぶのにもマヒシャは進んで動いている。

 もしかすると、マヒシャなりに辛い現実に向き合っているのかもしれない。


 昨日、捕虜になったバログたちから情報が入っていた。

 

 彼らの世界では、オークだけでなく多くの魔物が絶滅しているそうだ。魔王は既に滅ぼされ、魔物対人間などいう構図は無い。残った魔物達は保護対象になっているらしい。

 だから、マヒシャの希望は意味を失くしてしまったのだ。異世界に亘っても同族であるオークの姿は何処にも無いのである。


 また冒険者達も、その存在価値を失った。平和の中で失業した者も多かったのだそうだ。その為、彼らは残されたフロンティアである異世界に進出してきたのだ。

 その冒険者のギルドの名がチエダイ騎士団。平和な時代に取り残されたはぐれ者、戦闘専門職の集まりらしい。


 ちなみに、バログとバインは戦闘の専門家ではなく情報屋が本職だったらしい。それもダンジョンの地図を作成したり討伐モンスターを観察してその情報を提供する職人だったそうだ。

 その職業柄、異世界転移にも詳しく、請われてチエダイの騎士団に参加したのだという。ただ、彼らより高度な情報を持つものが現われ彼らの立場はとても怪しい物になったそうだ。

 そして、バログ達は『日本』の情報は知らなかった。

 まあ、当然だ。彼らが発見したのは膨大な異世界転移のルートの一部に過ぎないからだ。

 つまり異世界への道を発見したのは数多の冒険者で、それは複数の、もしかすると数世代に亘る事業だったんだろう。

 こいつらの世界では異世界転移の謎は、ある程度共有されている。ただ、誰もが転移ができるという訳でもない。自由に異世界を行き来するのは不可能だ。

 ある程度自由に異世界を渡るには俺も貰っているあるアイテムが必要だ。そして、それはとても高額のアイテムなのだ。

 だから、チエダイの奴らは限定的にしか異世界に移動できないし、最先端である『日本』の情報は知らない。

 それは、チエダイと俺の就職した会社は関係がないという事を示している。俺は少なからずホッとしていた。

 ただでさえ、完全に仕事と関係の無い紛争に巻き込まれているのだ。

 もし、チエダイの騎士団がうちの会社の営業部で俺達に見せた黄金の出所だとしたら、俺は確実に首だ。というか損害賠償かな?


 安心した俺は、しっかり戦闘準備に勤しんでいた。

 当然、自分が死なない為にも準備している。透明化薬に加え消音、消臭薬まで用意していた。小人の身体の機動力があれば何とか俺だけは逃げ出せると思う。

 ぶっちゃけ、関係ない紛争で死にたくないからな。


 実は俺の作戦に齟齬が生まれている。

 バログ達の情報で、オンコットの護衛に2名の魔導師が必ず付き従っている事が分かった。言うまでも無く護衛と言うのは方便で実態は監視とオンコット将軍を支配下に置く為の存在だ、

 でもまあそれは俺も想定してた。チエダイの立場なら監視の人間は絶対必須だからな。それ以外の問題があるのだ。

 腕利きの冒険者が3名いるかも らしい。気まぐれな連中で来るかどうかははっきり分からない。だが、彼らは戦闘がしたくてわざわざ異世界にやって来た狂犬だそうだ。

 

 はぁ。そんな奴らと絶対関わり合いになりたくないよな。

 異世界人が見た目ほど強くないのは分かってる。

 でも、命は一つしかない。

 大体、俺には命懸けで戦うような義理は無いんだよな。

 てか、戦う魔法もスキルもないけどな。


 とりあえず準備は終わった。マヒシャにも協力してもらって、万一の宝くじも用意したくらいだ。

 あと俺にできる事は、なんとか敵軍の襲来が延期とかになるように祈って寝るだけだ。

 だって、明日の夕方には課長や仲間達が帰ってくるのだ。

 誰か一人でも仲間が早く帰ってきてくれたら、どうせならシン君がいいよな。

 シン君なら一人で十分だ。彼さえ居てくれたら、俺の作戦なんて必要ない。彼なら余裕で敵軍を無血で降伏させちゃうな。

 いや、アキラさんやシノブ君でもいい。

 彼らの戦闘力があれば、俺が命を賭ける必要は無くなるのだ。

 正直言って怖い。なにが一番怖いかって言うと俺の心のどこかワクワクしている部分がある。それは否定できない俺の心だ。

 異世界に来て小人の身体になって魔法も使えるようになった。戦闘が得意じゃなくてもヴァナラ族の為に役に立てると思うと、胸が熱くなっちゃうのだ。

 あの英雄を期待するような眼差しは怖い。俺らしくなくなる。

 日本での俺は喧嘩さえまともにした事無いのに。

  

 俺は、情け無い事を思って一人、錬金ルームの床で寝た。


 出来たら、このまま、そっと帰ってしまいたい。 

 まあ、一人じゃ日本に帰れませんけどね。

 

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