第10話 チエダイの思惑


 俺が上で隠れていた特大のシイバの樹はラグンの集落の中心だった。

 上からは見えない建物の中にはヴァナラ族は居て、そこにはラグン族の長もいる。彼らのラグンの長で、リータの父チランジである。

 俺が見えていた大きな板の間はスペースはラグンの皆が集まる場所で、モンジュを取り囲んでいたヴァナラ族は、長であるチランジの指示を待っていたのだ。

 ヴァナラ族は我慢していたのだ。短慮を起こせばモンジュの想いが無駄になってしまうから。

 俺とマヒシャがチエダイの人間を殴った事は反乱だった。あのチンピラはヴァナラの指導者オンコット将軍の使いなのだから。


 つまり、俺とマヒシャはついさっきまで、殺されそうな情況だったのだ。

 多くのヴァナラ族が我慢していた中で勝手に暴走した外人二人。そりゃ、死刑になってもおかしくない。

 助かったのはリータが庇ってくれたのと、俺のスキルのおかげで事実が判明したからだ。


「もう一度問うぞ、オンコット将軍が明後日にはこの里に攻め込むのは最初から決まっておったのだな?」

 怒りを抑えた声は、ラグンの長チランジだ。


「そう、そうだ~よ。オズボーンのやり方らよ。あの卑怯者のよ~」

「そっすよね。俺ららって、小猿なんって殴りたいないのよ、ううう、ごめんよ、、、死ぬなんよ、、、やりすぎらよ、、、」


「つまり、モンジュが手強いから先に始末する気だったんだよな?」

 俺がチランジの手伝いをした。バログ達はろれつが回ってない。俺のスキルの影響である。


「そうら。オンコットを薬漬けにするだけでも汚にゃいのによ。ラグンの猿も奴隷にする気なのら、、、」

「ひどい、やりくりら、、、俺ら冒険者だったのに、、、猿を騙して、ドレになんてしたくにゃいよ」

 何故、バログたちが情報をペラペラ喋るのか?それは俺のスキル『医薬』を使って、酒の能力を引き出しているのだ。

 酒の効力の一つ。自白剤の能力である。

 酒は百薬の長なんて呼ぶが、アルコールは薬でもある。そして、酒やコーヒーは身近な自白剤でもあるのだ。

 俺のスキルは薬に自分の魔法を載せる事ができる。効果抜群なのだ。

 まあ、バログ達がチエダイのやり方に不満を持っているというのは本音なんだろう。小悪党は小悪党なりに流儀があるらしい。

 

 そして、殺されそうだった俺達だが、チエダイのリーダーが最初からラグンの里を支配下に置こうとしていた事が判明した。

 モンジュは強く人望も指導力もあるので、彼の高潔な人格を利用して騙まし討ちにしようとしていたのだ。

 この事実が分かって、俺達への憎しみと罪は無くなった。ガチで殺されかねなかったので本当に助かった。


「それで、お前らが帰って来なかったら、すぐに大部隊で攻めて来るのか?」


「ふん、俺らがろうとか関係ねー。最初から明後日ら」


 チエダイのリーダーにとって、もうスケジュールは決まってたのか。

 だが、明後日か、、、

 俺的には惜しいな、もう一日あればあちこちに散っている仲間達が戻ってくるのにな。



「なんという事だ。最近の様子がおかしいと思ったら」

 チランジはまだ、オンコット将軍を信じていたらしい。だが、現在の彼は傀儡そのものだ。


「大丈夫だよ! お父さん。サトシ君がいるもん! なんとかしてくれるよね?」


 うん? なんだ、俺か?

 もしかして、俺の見栄を信じているのか?

 嫌疑が晴れた以上、俺には他人事なんだけどな。

 だが、リータのキラキラした目を見るとそんな事言いにくい。

「ああ、コイツらの話なら薬でオンコットさんを操ってるんだろ? それなら、なんとかなるかな」

 

 俺の言葉に周囲のヴァナラ族がどよめきをあげた。

 その時、俺は生まれて初めての立場に立った。その場に居る全てが俺の言動に注目し、期待しているのだ。

 今や俺はサルバトーレ(救世主)・サトシである。


「では、サトシ殿、間違いなく将軍を治せるのだな?」

 俺は猿人達の祈るような視線を向ける人垣に囲まれ、チランジに問われる。

 その隣には彼の妻ビバシャ、その前にモンジュとリータもいる。全てが俺に熱い願いの眼差しを送っている。


「ああ、病気じゃない。オンコットさんの周囲にいる異世界人共の仕業だ」

 正直、絶対治せる? と言ったらわからん。だけど、一応薬だけじゃなく、回復魔法も得意な俺だ。解呪だってある。なんとかなるだろう。 

 なにより、チエダイの連中は現地民のヴァナラ達をかなり軽く見ている。それなら薬でも魔法でも俺に対処できないって事は無いと思う。根拠は半日もかからず終了した個人技能訓練。つまり課長達の俺への評価だけなんだけどね。

 それから考えたら俺がオンコットさんの呪いは解呪できる気がするのだ。 

 それにこんなに期待されたら、ついつい調子に乗ってしまう。

 きっと、世界を救う勇者ってこんな感じなんだろうな。


「だが、父の周りにいる魔術師達は強大だ。バログのような小物とは違うのだ。それに、奴らは父の権力を騙って兵を挙げる。我らラグンの里では敵わない。」

 モンジュが悲しそうな顔して俺を見ていた。どうも、彼の育ったフンヌの里はこのラグンよりかなり大きく、さらに配下のヴァナラの里まで兵を動員して反乱に当たるらしい。


「うん、それは大問題だよな」

 実際、物量は圧倒的でヴァナラ族全体にオンコット将軍への不信はあるが、反乱軍よりは信頼されている。実際、チランジもカプルもオンコット将軍への信頼は根強い物があった。

 そして、チエダイがデカイ顔をしているのもオンコット将軍の後ろ盾があるからだ。ヴァナラ族は別にチエダイなどに服してはいない。

 そして、バログ達の情報を細かく聞いた事で俺に出来る事がある事がわかった。

「俺に作戦がある。少しの間だが敵兵を無力化できるはずだ。乗るか?」


「まさか皆殺しでは無いだろうな? 敵とはいえ同じヴァナラ族だ。一人も殺したくないのだ」


「俺だって殺戮は嫌だよ。てか、そんな手段は持ってない」

 ぶっちゃけ薬のスキル持ちの俺なら毒薬も作れる。情況が味方したら大量虐殺も可能なのだが、そんなのは俺だってやりたくない。

 

「うむ。それではサトシ殿の話を聞こう」

 チランジが重い口を開いた。長である彼の発言は重いのだ。


「作戦は単純なんだけど、少し条件がある。適切な地形をラグンの里の皆で考えて欲しいんだ。上手くいけば誰も死なない。オンコット将軍が正気になれば問題解決だろ? 他のヴァナラ族の生活も助かるはずだ」

 俺は自分の考えを彼らに話した。


 チランジ率いるラグンのヴァナラ達は戦いを決意した。

 情況を整理してみたら、明日にも敵が攻めてくるんだから、戦うか逃げるかの二択だ。その判断も仕方ないだろう。

 そうと決まれば、ラグン側としてはオンコット将軍が攻めてくる前になんとか準備を進める必要があるわけだ。

 

 それにチランジは俺に高額の成功報酬を約束した。さすが、森の長だよな。世間知らずの娘と違って人使いが分かってる!

 正直、やる気が出る。

 今まで俺が日本でやらされたサービス残業とはとえらい違いだ。

 というか、サービス残業を押し付けるような奴は経営者でもなんでもない。俺は絶対に○ニクロの服は買わない。

 おっと、思わず熱くなってしまった。

 クールになって、俺に出来る事だけを考えないとな。

 そう考えると、俺も少し仕込みの時間が必要だったので助かる。

 とりあえず一旦宿舎に帰って、必要な物整理して足らない分は作らないとな。

 

 そして、忙しくなる前に情報収集は済ましてしまおう。

 敵の戦力の情報とか知りたい事は多い。

 だけど気になるのはマヒシャの事だ。

 バログはオークについて知っていたが、気になる事も言っていた。



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